第六章 勇気の剣

その光は勇気


 もはやその光が消えることはない。

 その輝きが潰えることはない。


 江戸の市中に住む人々は、青白く輝く満月のすぐ隣に現れた極光の光を見た。

 無数の色が混ざり合い、しかしどこか見た者に暖かさを伝えるような輝きを見た。


 そしてその光の中心――――。


 巨躯の鬼――――煉凶れんぎょうは今この場で起きた現象をどこまでも冷徹に観察していた。奏汰かなたがたった今見せたその光を我が物にしようとしていた。しかし――――。


「あまりにも不可解だ。何をした――――超勇者」


 煉凶はその長大な大剣を担ぐようにして上段に構え、ついにその力の検分を諦めた。


 理解出来なかった。


 まるで万華鏡のように乱反射する力と思いの奔流ほんりゅうは、煉凶の力を持ってしても見切ることが出来なかったのだ。


「俺はあの時――――俺の手が皆に届いて欲しいって思った。なぎ新九郎しんくろう六郎ろくろうに俺の手が届けば良いと思った。そんでもって――――……」


 煉凶の視線の先――――光の中心点に立つ奏汰の傷口から、燃え上がっていた緋色の炎が消える。


 穏やかに流れる力の粒子によって奏汰の切り裂かれた勇者装束がたなびき、鋭くもどこか透き通った印象を与える眼光が煉凶を見据えた。




『私は――――いつか奏汰が剣など握らずとも良いようにしてやりたいのじゃ。いつまでも私や新九郎とこのように手を繋いで、奏汰が楽しく暮らせるようになって欲しいと、心からそう願っておる――――』


『奏汰さん。あなたは大切な人なんです。そんなあなたの体に、大切じゃない場所なんてどこにもないんですよ――――』




 僅かに瞳を閉じた奏汰の心に、彼にとって掛け替えのない二人の声が再び届いた。それは奏汰の心に燃えるような火を灯し、その全身に更なる力を与えた。


「やっとわかったんだ。凪がどんな気持ちで俺の手をずっと握ってくれていたのか。新九郎が俺に何を伝えようとしてくれてたのか――――っ!」


 そしてその時。奏汰の眼前に一振りの無骨な剣――――奏汰の勇気が形となった聖剣リーンリーンが光の中から音もなく現れる。


「――――行くぞリーンリーン! 今ここで、俺たちに出来ることをやるんだっ!」


 瞬間。かつての大魔王との戦いでも、あの真皇との戦いでも傷一つつくことのなかった不壊ふえの剣――聖剣リーンリーンが砕け散る。


 否、それは砕けたのではない。変わったのだ。


 光の中に立つ奏汰の周囲に、八つの明滅する光が寄り添うように旋回――――浮遊する。


 青・赤・緑・紫・白・銀・黄――――そして翠。


 それら八つの輝きはどこまでも穏やかであり、そこにはもはや剣であったことを思わせる刃も、柄も――――敵意すらなかった。


 そう。この光こそが奏汰の辿りついた勇気の姿。

 聖剣リーンリーンの新たなる姿だった。


 かつて、どのような破壊と絶望の前にもその有り様を変えることの無かった聖剣が、奏汰の勇気が。今この時、ついにのだ。


「俺は――――っ!」


「――――!?」


 その奏汰の動きに、煉凶は反応出来なかった。


 油断したつもりはなかった。しかし現実として、煉凶が気づいた時にはすでに奏汰はすぐ目の前に迫っており、次の瞬間には奏汰が纏う閃光に弾かれ、凄まじい衝撃と共に後方へと吹き飛ばされていた。


「――――なるほど、それがお前の新たな力か。面白い――――見せてみろ」


 しかし煉凶はここで即座にを発動。亜光速の領域へと自身を突入させ、さらには肉体の反応速度、反射速度、身体能力全てをその亜光速戦闘へと適応させる。

 

 煉凶は自身が使用可能な、二つの勇者パワーを共に発動し、今度こそ奏汰の力を見極めるべく赤方偏移する視界の中をはしった。しかし――――!


「まだだ――――これでもまだ足りないっ! あんたやこの世界の皆を今すぐ真皇から助けることは、今の俺にはまだできないっ! だけど――――それでもッッ!」


「ッ――――捉え、きれぬか」


 最早、今の奏汰の力は


 軽々と亜光速を置き去りにし、確かに与えたはずの致命傷は逆行する時間の中で無為と化し、尽きることのない無限のエネルギーは際限なく煉凶の強靱な肉体を叩き、弾いた。


 それは奏汰がその手からついに剣を手放し、自らの傷ついた二つの手を、凪や新九郎。そして六郎や塵異じんい零蝋れいろうと繋ぐために使うと定めた事による力の発露だった。


 勇者の虹では自身に内包する力が暴走し、世界そのものから異物として追放されようとした奏汰の力が、この時は反対に世界へと受け入れられ、支えられているようにすら感じた。


 事実、今の奏汰は支えられていた。確かに繋がれていた。


 奏汰の無事の帰りを待つ、彼を大切に思う凪や新九郎、六郎や玉藻たまもといった、奏汰がこの地に来てから縁を繋いだ仲間たちによって――――。


「なん、だ――――? お前は、何をしている? 一体、これは――――っ!?」


「はあ――――ああああああああッ!」


 そしてこの時、ついに煉凶は気付く。


 覚醒した奏汰の光によって何度となく弾かれ、叩かれ、意識を保つのもやっとという超加速の衝撃を受け続けながらも、なんと煉凶は全く


 それだけではない。


 煉凶は奏汰からの一撃を受ける度、自身の内に暖かな力と光が蓄積しているのを理解した。その光が自身を構成する闇を押しのけ、を思い起こさせようとしているのを感じた。


「これは――――この光はまずい。やめろ、超勇者――――それ以上、俺に力を与えるな――――! 俺は緋の大位、偉大なる真皇に仕える戦士――――!」


「そんなもん知るか――――っ! これが俺の――――やり方だああああっ!」


 奏汰が吠える。その身に虹を超えた極光の光を宿し、八つの光を携えた一条の流星となって天をかける。


「やめろ――――! その光は――――やめろおおおおおおおおおッッッ!」


 かつて、どのような状況においてもその表情を崩すことのなかった煉凶の顔が初めて歪む。その色は恐怖。


 煉凶は自身の内で輝きを増す光の渦から逃げるように、闇に救いを求めるように悲鳴にも似た叫びを上げ、残された全ての力で迫り来る奏汰の流星にその大剣を振り下ろす。



 一閃。そして静寂――――。



 確かに振り下ろされた煉凶の大剣は奏汰の光によって弾かれ、その根元から折れ飛んでいた。


 もはや光そのものと化した奏汰は交差するようにして煉凶の身を閃光で貫き、その力の覚醒からついにただの勝敗を決した――――。


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