もう一度その手を
二人は二卵性の双生児で、双子ではあったがその容姿も性格も、能力も全く似ていなかった。
明るく、物怖じしない性格の陽那はいつも多くの人に囲まれていた。
これといって勉強や運動が得意だったわけではない。しかし陽那には多くの人を惹きつけ、そうして集まった友人たちと上手く付き合う気配りや共感の力があった。
対して理那の人間性は陽那とは対照的だった。
理那は人付き合いが苦手というより、元から人にあまり興味を示さなかった。理那は子供の頃から途轍もなく賢く、同年代は愚か、大人を相手にした会話すら、理那の頭の回転が速すぎて噛み合わないことがしばしばあるほどだった。
運動もそつなくこなし、社会的に点数がつけられる分野ではあらゆる点で陽那に勝っていた。しかし――――。
「すごいすごいっ! 優勝おめでとう
「にはははっ! 当たり前っしょ! 俺なんて元からすげえのに、今日は陽那チャンの応援まであったンよ? 負ける理由がないってやつっ!」
大観衆の人混みの中、その首から輝くメダルをぶらさけ、未だ興奮に上気した顔で笑みを零す六郎と、そんな六郎に真っ先に駆け寄って声をかける切りそろえられた黒髪の女性――――陽那。
そんな陽那に向かい、やってやったとばかりにサイクルスーツに包まれた胸を張り、白い歯を覗かせて屈託の無い笑みを浮かべる六郎。そして――――。
「やあ、六郎君――――優勝おめでとう」
「ああ! 理那チャン! 理那チャンが来てたの、走りながら見えてたよ! 応援アリガトね!」
陽那に少し遅れ、やや俯くようにして六郎に声をかけたのは、栗色の長い髪の理知的な容姿の女性――――理那だった。
「いや、その――――。私はただ、陽那の付き添いみたいなもので――――別に、君を応援するためにとか、そういうわけじゃなくて――――」
「もー。理那はまたそんなこと言って! 理那もね、すごく大きな声出して六郎のこと応援してたんだよ? 私、理那があんな大声出せるなんて知らなかったもん。びっくりしちゃった」
「ちょっ……!? ひ、陽那! それは――――っ」
「にひひ! 大丈夫、全部聞こえてたよ! 二人の声、ばっちり俺のこのお耳に届いてたからさァ! 今日勝てたのは、二人のお陰よっ!」
「あ――――う、うん。それなら、良かった――――」
六郎のまっすぐな瞳に見据えられた理那はその頬を鮮やかに染めると、俯き気味に顔を逸らしつつも、誰もが見惚れるような柔らかな笑みを浮かべ、静かに頷いた。
「ねね、今日は二人のパパさんもママさんも来てるんだろ? せっかくだしさ、この後みんなでメシ食いにいかね? ちょーど陽那チャンと理那チャンの応援のお陰でガッツリ臨時収入も入ったことだしさァ!」
「あ! それいい! そうしよーそうしよーっ!」
「でしょでしょ! 理那チャンもいいだろ?」
突然思い付いたようにその顔を輝かせる六郎。六郎のその提案に陽那も両手を挙げて同意すると、六郎は理那にも声をかけた。
「えっ!? あ、ああ。そうだね――――なら、私は父と母を呼んでくるから」
「え? そんなの皆で行けば――――」
「いや――――いいんだ。陽那は六郎君と一緒にいなよ。せっかくだからね」
「理那――――?」
それだけ言うと、理那は一人その場を離れた。
背を向けていても理那には見えていた。
仲睦まじく二人で見つめ合い、心からの笑みを浮かべる六郎と陽那の姿が。
遅かった――――。
陽那に比べてあらゆる点において優れているかに見えた理那だったが、ただ一点。自分以外の他者に興味を持つのが遅かった。
六郎は、幼い頃からずっと三人で過ごしていた幼なじみだった。
あまり人付き合いが得意ではなかった理那を、六郎は決して一人にはしなかった。いつだって理那に声をかけ、何をしているのかと理那に尋ね続けた。
逆に理那は六郎に対して興味をそれほど持っていないように見えたが、それでも六郎はずっと理那のことを見ていた――――。
やがて、理那がそんな六郎の存在の大きさに気づいた時。他者との繋がりの重要性に気付き始めた時。
その時にはすでに、六郎は陽那と相思相愛の固い絆で結ばれていた。
(いや――――こんなことは長い人生においては良くある話さ。大したことはない。気にすることはない。この痛い教訓を次に活かせばいい。私にはそれが出来る――――出来るはず――――)
理那はそう自分に言い聞かせ、六郎への想いを忘れようとした。そうしていれば、いずれ自分にも新しい出会いがあると思っていた。
しかし――――結局その日は訪れなかった。
あの日、世界を黒い闇が覆った。
全ての光が消え、太陽も月も全ては闇に飲み込まれた。
「ごめんね……ずっと……大好きだよ……」
「陽那――――ッ! 陽那ぁあああああああああッ! なんで――――どうして――――!? なんなんだよ――――なんなんだよこれはああああああああああッッッッ!」
「あ――――ああ――――そんな――――っ」
あの日、全ての人々はあまりにも無慈悲に、等しくその全てを失った。
凝固した闇に刺し貫かれて息絶えた陽那を、六郎は絶望の
だが理那は――――理那はその光景をどこか遠くに、別の声を聞いていた。
それは闇からの誘いだった。
まるで自身の内外全てから響くような闇の招きが、理那に囁いた。
理那はその声を無視出来なかった。
見えてしまったのだ。闇が見せたその向こう側の世界が。
その心の底から切に望み、諦めようとしていた陽那としての場所を――――。
気付けば、理那はその闇の誘いを受け入れていた。
気付けば、陽那は消え、六郎もまた闇の中に飲まれて消えていた。
しかし理那だけは消えなかった。理那は、闇に見出されたのだ。
元より、どれほど強い心を持つ者であってもこの誘いに抗うことは難しかっただろう。しかし理那の心には、二人を見捨てて自分だけが助かったという深い闇が根付いていた。
かくして、理那はその
ただ六郎への執着と、二人を見捨てた者としての自責だけを抱え、それから目を逸らすためにひたすらに
そう――――陽禅は、人間だった頃の記憶を半ば保ったまま鬼となっていた。
それが真皇の狙いだった。そうすることで、理那の心がより深く闇に囚われることを知っていた。
六郎への純粋な想いと欲求を満たすため、全てを偽ってその手を血に染めていることも、全てが理那の心をより闇に落とすと真皇は知っていたのだ――――。
「だとしても――――! それでも私がやってきたことは到底許されることじゃない! 償わせてくれ――――大好きな妹を見殺しにして――――大好きな六郎を人形のように扱った! 消えさせてくれ――――こんな恐ろしい私を! 全て、跡形もなく消し去ってくれ――――っ!」
闇の中、自身へと伸ばされた力強い手を前にして、それでも理那は叫んだ。
もう限界だった。あまりにも積み重ねた罪が彼女を苛んでいた。たとえそう仕向けられたのだとしても、それを選んだのは彼女自身。
理那はそれを誰よりもよく理解していた。しかし――――!
「――――だめだよ、理那。そんなの理那らしくないよ」
「え――――?」
「俺たちさ、今までもずっと一緒だったろ? 三人でも全然足りないかもしれねぇけど――――俺も陽那も、理那と一緒に最後までいるからさ」
「そうそう! いつまでもこんな暗い所にいたら、心まで暗くなっちゃうよ。とりあえずここから出て、難しいことは全部それから考えればいいんだよ。ね――――?」
いつしか、理那を呼ぶ声は二つに増えていた。
それは理那がずっと謝りたかった、ずっと聞きたかった声だった。
「ああ――――……陽那っ!」
その声を聞いた理那はもはや言葉もなく、その瞳から涙を溢れさせ、自らに伸ばされた二人の手を確かに握り締めた――――。
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