二人の誓い



「あー! 起きた起きたっ!」


奏汰かなた兄ちゃんが起きた!」


「……あ、れ?」


 うっすらと目を開けた奏汰がまず最初に見たものは、のぞき込むようにして自分を見つめる大勢のあやかしの子供たちの顔だった。


「うわー! 良かったあ! 大丈夫? 奏汰にい?」


「ほらほらー! 急いで姫様のこと呼んで来て! 兄ちゃん起きたって!」


「う……っ。いっつつ……」


 目を覚ました奏汰を見て、わっと蜘蛛の子を散らすように畳敷たたみじきの大きな部屋の中を駆け回る子供たち。

 奏汰はなんとかその身を起こそうとしたが、瞬間的に全身を走った激痛にうめき声を上げることしかできなかった。


「まだ無理しちゃだめだよー! 奏汰にい、もう七日も寝てたんだよ? もしかしたらもう目を覚まさないかもって、お医者様も言ってたくらいだったんだから!」


「七日……そうだったのか……」


 目を覚ましたとは言え、まだ奏汰を不安げに見つめる一つ目のあやかしの少年のその言葉に、奏汰は深い息を吐き出して目を閉じた。


 勇者の青の反動を緑で無理矢理に押さえつけ、さらには最も反動の強い勇者の銀の発動中に、二度目の青を同時発動までしたのだ。

 奏汰にとってもこれほどの力の酷使こくしは、かの大魔王との戦い以来だった。


「それも、まだついこの前のことなんだけどな……」


 奏汰は呟くようにそう言うと、横になったままの姿勢で正面の木張りの天井を見つめた――――。


 異世界に跳ばされてから今日までの七年間。


 奏汰は眠りにつく度、傷ついて目を覚ます度。彼はそこにかつて自分が母と共に住んでいた部屋の、懐かしい天井が広がっていないかと期待した。


 それまでのことは全部夢か幻で、自分はただ長い夢を見ていただけで――――。


「どうしたの? 大丈夫? 奏汰にい……」


「……ああ、大丈夫。みんなが無事で良かった!」


 そんな思いを振り払い、奏汰は自分を見つめる一つ目の少年の小さな頭に手を置き、安心させるように優しく撫でた。


「――――奏汰っ!?」


 その時、奏汰の目覚めを子供たちから知らされたなぎが息を切らしながら部屋に駆け込んでくる。

 凪の声を聞いた奏汰は自分の心がどこか安心するのを感じ、顔だけを向けて笑みを浮かべた。


「ごめん。なんか俺、ずっと寝てたみたいで……」


「ごめんではない……っ! 本当に心配かけおって……! あれからまったく目を覚まさぬから、私も……どうしたら良いかと……っ」


 目覚めた奏汰を見留みとめた凪は、そのままの勢いで奏汰に触れようと手を伸ばした。

 しかし凪は奏汰の今の状態にすんでのことろではっと気付くと、伸ばした手を止め、うつむきながら奏汰の寝かされた布団のすぐ横にちょこんと正座の姿勢となって座った。


「……すまぬ。あれほど奏汰に無茶をするなと言っておきながら……っ。私が、私が不甲斐ふがいないばかりに……! また、お主をこのような……っ」


「凪……」


 自らの小さな足の上、両の手を震えるほど握り締めて嗚咽おえつを漏らす凪。

 凪はただ下を向き、ぼろぼろと大粒の涙をこぼしていた。


 凪のまとう白と赤の布地に涙が落ち、その場所の色を薄く変えていく。


 目の前で肩を震わせて涙を流す凪の姿に、奏汰もまた胸が張り裂けそうな思いを味わっていた。

 かつて凪が奏汰に伝えたのと同じように、奏汰もまた、凪にそのような悲しい顔をして欲しくなかった。自分のことで、そんな辛い思いをして欲しくないと確かに感じていた。そして――――。


「……凪、お願いがあるんだ」


「……お願い、じゃと?」


 奏汰はそう言うと、自分の手をわずかに伸ばし、震える凪の手に添えた。


「俺……もっと強くなるよ。もうこんな無茶をしなくていいように。皆だけじゃなくて、自分のこともちゃんと守れるように。どんなにたくさんの敵を倒しても、そのたびに大切な人を泣かせてたら勇者失格だろ?」


「奏汰……お主……」


「正直……俺は今までずっと、ただ家に帰りたいってだけで……母さんに会いたいってだけで頑張ってた。この時代に来たときも、帰れなかったのが凄く辛くて……わけがわからなくなって、何にも考えてなかった。だから――――」


 凪は泣きはらした青と黒の混じり合った瞳を奏汰に向け、添えられた奏汰の手を、我知らずに握り返していた。


「だから……俺に力を貸して欲しい。俺がちゃんと。もう誰にも、今の凪みたいな辛い顔をさせなくていいように」


 凪の大きく透き通った眼差まなざしをまっすぐに見据みすえ、奏汰は一切の迷いを振り払ってそう伝えた。


「……心配かけてごめん。


「そうか……っ! 奏汰は、本当に良い奴じゃ……っ。う、うぅ……っ」


 奏汰のその言葉を聞いた凪の双眸そうぼうから再び涙があふれる。しかしそれは先ほどまでとは違う意味の涙だった。


「私も……私ももっと強くなるのじゃ……っ! 奏汰と共に、どんな鬼でも祓えるよう……私も……もっと強く……っ!」


「ああ……! 二人でやろう!」


 いつしか強く握り合わされた手を取り合い。奏汰と凪――――まだ年若い二人は笑みを浮かべてそう固く誓い合った。


 誰よりもまず、自分自身を守れるように。

 そして、大切なお互いを守れるようにと。


 そして、そんな二人を部屋の外からそっと見守る黒と金の着物に身を包んだ女性――――玉藻たまも


(ありがとうございます、つるぎ様――――どうか、姫様の支えになってあげてください。もう一人きりになってしまった可哀想な姫様の、支えに――――)


 そう願いながら瞳を閉じた玉藻のまぶたの裏。今よりもずっと幼い頃の凪が、に囲まれて満面の笑みを浮かべている光景がありありとよみがえる。


 それもまた、凪にとってもはや二度と戻ることのない過去だった――――。


 涙がこぼれるのも構わず、奏汰に微笑みかける凪の横顔。その横顔を見つめる玉藻は安堵あんどの吐息をほうとつき、その心中しんちゅうで二人の行く末に幸あれと祈った――――。


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