真実と結末
自分を呼ぶ声が聞こえた。
その少女を一人には出来なかった。
自分と同じ――――いや、それ以上の孤独を生きてきた少女を、置いていくわけにはいかなかった。悲しみの涙を零して欲しくなかった。
「
もう母の声は聞こえなかった。
「大丈夫だよ……俺はここにいるから……」
すると――――。
「え…………?」
奏汰が少女の小さな背に手を触れると同時。
奏汰と少女の周囲に、少女と同じように涙を零し、大切な人の名を呼ぶ多くの人影が浮かび上がった。
大人も、子供も、少年も少女も――――大勢の人が孤独と喪失と絶望によって打ちのめされ、闇の中でうずくまり、その場から動けなくなっていた。
奏汰と同じように母を呼ぶ声が聞こえた。父の名を呼ぶ声が、恋人の、友の、家族の名を呼ぶ声が聞こえた。
そして――――。
『奏汰ぁ……っ! どこに行ってしまったの……っ? お願いだから……帰ってきて……っ』
「かあ……さん…………?」
無数に浮かぶ絶望と喪失の中、奏汰はついにその光景を目にする。
それは闇の中、奏汰を必死に探し続ける母の姿――――。
奏汰を襲った事故の現場。それはとても酷い有様だった。
多くの死傷者を出し、普段奏汰と共に通学する子供たちも、付き添いの父兄も、その多くが重傷――――または命を落とした。
正面から建物に叩きつけられたトラックはその原型を殆ど留めず、辺りには子供たちのランドセルや、身につけていた小物が散乱していた。
あまりにも凄惨な事故――――。
しかし、十歳を迎えたばかりの奏汰はその事故現場で発見されなかった。
怪我をした子供たちも、その現場を目撃した大人たちも、皆奏汰が間違いなくその瞬間まで居たことを証言していながら、誰もその痕跡すらみつけることができなかった――――。
『奏汰は生きてる……っ。わかるの…………絶対に、今もどこかで生きてる…………っ!』
奏汰の母、
警察を頼り、時にはマスメディアに露出し、可能な限りの手段を使って奏汰を探し続けた。
母にはわかっていたのだ。奏汰が今もどこかで生きていること。
奏汰がどこか自分の知らない場所で迷い、泣き続けていることも――――。
闇の中。
奏汰は母が過ごした生き地獄のような日々を、ただ見ることしかできなかった。
葵にとって、それは正に絶望しかない七年だった。
毎日のように奏汰を探して各地を巡り、いつしか仕事すら辞め、オカルトや超常の類いにすら縋った。
当初は
『奏汰…………どこにいるの…………』
奏汰が勇者として地獄のような日々を送っていた七年の間に、葵も全てを失っていた。彼女に残された物など何もなかった。
最愛の我が子と過ごす筈だった全てが失われた。
葵には、もはや奏汰を求める意志以外、何一つとして残っていなかった。
そして――――。
あの日――――奏汰が大魔王ラムダと決着をつけようと天に昇った決戦の日。
別人のようにやつれ、ふらつく足取りで街を彷徨う母の頭上を闇が覆った。
闇が世界を飲み込み、周囲の人々が次々と闇にその命を奪われていく。
にも関わらず、葵はぶつぶつと何事かを呟き、ただ焦点の合わない瞳で歩みを続けていた。闇が自らの胸を刺し貫き、その命を奪おうとしていることにすら一切の関心を示さなかった。
『かな、た……? どこ…………なの……?』
全てが闇に飲み込まれていく世界で、母はその身を鮮血で染めながらも、最後まで虚空の先にいるはずの奏汰だけを見ていた――――。
それが、母の最後だった。
母の人生――――その全ては、それで終わりだった。
それこそが、全ての真実であり結末だった。
「あ…………ああ…………ッ…………ああああ…………っ」
その光景を奏汰は見た。最愛の母の結末を見た。
全てを理解した。
神によってねじ曲げられ、捨てられたと思っていたこの場所こそが、あれだけ帰りたいと願って止まなかった自分が生まれ、母と共に日々を過ごしていた世界だと。
そして――――その全てがとうに失われ、二度と戻ることがないことも。
「あ……ああ、あああああああああああああああああああ――――ッッッ」
慟哭が響いた。
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