取り戻すための戦い


 両者相まみえる月下の尋ヶ原じんがはら


 鬼側からは五玉ごぎょくが、奏汰かなたたちの側からは玉藻たまも四十万しじまが下がり、半径数十メートルに渡って区切られた篝火かがりびの内に残された人影は、この決闘で果たし合う者のみとなった。


 人の側には奏汰、なぎ新九郎しんくろう。そして六郎ろくろうが。

 鬼の側には陽禅ようせん。そして煉凶れんぎょうが立った。


「皆さん、事前に話したとおりですっ! 僕たちは数で相手に倍する利を持ちます。離れていても、お互いの位置を忘れないで下さいっ!」


「うむ! 戦い方に関しては新九郎の言う通りにするのじゃ!」


「わかった!」


「陽禅サンと煉凶サンの力は、俺の知ってるだけじゃねェかもしれねぇ! 深追いはしちゃダメだよォ!」


 この果たし合いに立会人はいるが勝負開始の合図などはない。ただ周囲の者はその行く末を見守り、見届けるのみだ。


六業ろくごうへの情があるのなら、全ては使命遂行へと注げ。それがお前の力となる」


「わかっている――――っ。なんとしても、私はここで六業を取り戻すッ!」


 その巨躯で陽禅を見下ろし、彼女の決意を確認する煉凶。


 陽禅は煉凶のその問いにギリと奥歯を噛みしめながら答えるも、その視線は変わらず六郎のみに注がれていた。


「いいだろう。 ――――では、先に行くぞ」


 しかし煉凶はその視線に気付きながらも、特に心配りなどをする気配も見せず、まるでどこかその辺りへと散策に向かうかのような気軽さで巨大なる一歩を踏み出した。


 煉凶が持つ大剣の重さは数トンを軽く超えているだろう。しかし煉凶はそんな大剣の重量をまるで感じさせぬ所作で軽々と抱え構えると、次の瞬間には自身の周囲の領域を歪め、地面を抉り、削り取りながら一瞬で奏汰たちの眼前へと迫ったのだ。


「にょにょ! やはりあのでかい方から来たのじゃ! ほんっとーに見た目通りの奴じゃな!?」


「煉凶サンの能力はだ。正面からのぶつかり合いじゃ、黒曜の四位冠ともガチれるって聞いてる。つまりここは――――カナっちに任せンよォォッ!」


「っ! いいですか奏汰さん。僕の言ったこと――――絶対に忘れないでっ! 心の余裕っ! ですよ!」


「ああっ! 見ててくれよ――――師匠っ!」


 まるで空間そのものを圧搾粉砕あっさくふんさいするかの如き煉凶の猛襲もうしゅう。しかしそれはすでに新九郎や奏汰によって予想されていた動きだった。


――――!」


 煉凶の突撃を受け、凪と新九郎は左右へと即座に飛び退き、六郎はその身を闇の中に埋め、辺りに広がる影に沈んだ。


 しかし奏汰だけは聖剣をその背に担いだまま足を引き、片手を前に突き出した半身の姿勢となってその場に踏みとどまる。

 元より奏汰との交戦を望んでいた煉凶は眼前の獲物に目を細め、狂暴な笑みと共に全てを破砕する大剣の一撃を振り下ろした。だが――――。


「無刀の型――――旋天せんてん!」


「ぬっ?」


 それは、まさに瞬時の交錯だった。奏汰を叩き潰さんと振り下ろされた煉凶の大剣。その刃に奏汰はを的確に添えた。


 そっと、触れただけのように見える奏汰の手。しかしそれを受けた巨大な大剣はその切っ先を大きく逸らし、捻じ飛ばされるようにして回転。

 大剣の柄をその剛力で握り締めていた煉凶の巨躯ごとその旋回運動に巻き込んで空中へと跳ね上げる。


「ほう。これは――――」


 それは煉凶が全く予想だにしていなかった奏汰の流麗かつ完璧な流し受け。


 本来ならば、煉凶の山すら更地に変える膂力りょりょくによって振るわれた大剣を受け、あまつさえ逸らすなどどのような神域の達人においても不可能な芸当だ。

 あまりにも遠く隔絶された圧倒的力の前には、いかに研ぎ澄まされた技術でも抗しきることはできない。しかし――――!


「そしてここだ――――ッ! 垂直上昇ロケット勇者キイイイイイイイック!」


 しかし奏汰ならば出来る。


 一飛びで三千メートルを飛び、一発の拳で四十五トンもの衝撃を生み出す桁外れの膂力を持つ奏汰が、どうなるか?


 空中へと跳ね上げられた煉凶めがけ、奏汰は先ほどまでの清流のような動作から即座に燃えさかるような剛の動きへと転じる。

 全身から七色の輝きを放ち、流星にも匹敵する威力の跳び蹴りをついに煉凶の巨躯に叩き込んだのだ。


「グッ――――なるほど、


「はあああああああああ――――ッ!」


 煉凶の数百キロにも及ぶ巨体とその大剣を、奏汰は下方からの飛び蹴りで遙か上空まで吹き飛ばしていく。奏汰の放つ七色の光がもう一つの満月のように輝き、辺り一帯をまばゆく照らした。


 陽禅との戦いで一人突っ込んだ新九郎が、弟子である奏汰に伝えたかったもの。


 それは奏汰に今までの力押し一辺倒での戦いから、技術と力を組み合わせ、その上で相手の力を見極める戦術の極意。それを身をもって奏汰の目に焼き付けることだった。


 新九郎がこの二ヶ月、奏汰に根気強く教え続けた戦術と技術。それはたった今、ここで一つの結実を迎えようとしていた。


「のじゃ!? ど、どこまで飛んでいくつもりじゃ奏汰は!?」


「そうっ! そうです奏汰さんっ! 今の奏汰さんなら出来ると思ってましたっ!」


「――――いいね。この組み合わせ。実は思っていたんだ」


「っ!?」


 だがその瞬間、凪と新九郎。更にはその身を漆黒の蛇と化し、闇の中へと拡散していた六郎。三人の全ての体がそれぞれあらぬ方向へと凄まじい勢いで弾き飛ばされた。


 すでに結界を展開していた凪の周辺領域が激しく明滅めいめつし、新九郎はすんでの所で反応が間に合ったものの受け身を取り切れずしたたかに地面へと叩きつけられる。


 六郎は飛び散った自身の肉体を空中で集積し直すと、くるくると体勢を立て直して滑るように地面へと着地した。


「くそッ……やっぱ、も出来たのね、陽禅サン……ッ」


 三人は決して陽禅から目を離してはいなかった。上昇していく奏汰へと意識を向けつつも、その視線は確かに油断なく陽禅の姿を捉えていたはずだった。だが、しかし――――。


「な……なん、じゃと……っ」


「う……嘘ですよね、これ……?」


 否――――三人は今も陽禅の姿を間違いなく捉え続けていた。


 即座に結界を張り直して上空へと浮遊した凪と、尻餅をつきながらもすぐさま起き上がった新九郎が見た景色。

 それは普段からその精神に平静を保ち続ける凪をしても、彼女の心にぎらせるに充分な光景だった。


「先日はほんの小手調べさ。教えてあげるよ、おうかんする者。その力をね」


「そう、曲がりなりにも私は大位。小位である六業に出来ることは全て出来る」


「――――を伴ってね」


 三人の見つめる視線の先。そこには煌々と輝く篝火と満月の光に照らされた、が冷徹な笑みを浮かべていた――――。





 

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