尋ヶ原の決闘
青く輝く満月の下。
そこだけが大きく円形に踏みならされ、青草の密集もそれほどでもないススキ原の上を、じっとりと湿気を含みながらも冷ややかな風が渡り抜けていく。
一帯の周囲にはしっかりと組み上げられた
数年前まで幕府の
周辺からは断続的に
そしてその尋ヶ原のちょうど中央。
肩口から漆黒の布地に
「よし……! みんな、準備はいいか!?」
「のじゃー! 私は準備万端心配ご無用じゃ!」
「は、はいっ! やれます! やってみせますっ!」
「俺も俺も! いつでもオッケーよカナっち!」
すでに奏汰の周りには
凪はその脇口からタスキを掛けて
六郎だけは普段通りの
その服の
「
「うちらの配置もあらかた仕上がった。だがだからって俺たちをあてにするんじゃねぇぞ? 俺たち討鬼衆はお前らを助けるために来たわけじゃねえ。ここに来る大位二体。お前らが仕留め損なった時に確実にぶち殺すために出張ってきてんだ――――抜かるなよ、新九郎」
「
「ほむほむ。そう心配するでない。今回はこの私も色々と新技を引っさげておるでの! 玉藻も見たら驚くのじゃ!」
「はい……っ!
そしてそんな奏汰達の元に、今回の果たし合いの立会人としてあやかし衆、討鬼衆を率いて訪れた玉藻と四十万がやってくる。
あの日、陽禅からの果たし合いを受けると決めた奏汰たちはすぐさま二人へと連絡し、こうして準備を整えて貰っていた。
「で――――お前が六郎だな。位冠持ちの鬼――――記憶がないとはまた都合のいいことを言いやがる」
「アー……いや、まあ……そうッスね。俺も正直都合がいいこと言ってると思うンで、返す言葉もないッス。ハイ……」
「今はこうして泳がせちゃいるが、この果たし合いで剣や新九郎相手に騙し討ちなんざしようものならこの俺が即刻ぶち殺す。肝に銘じておけ――――」
「この
「――――それでいいッス。そン時は、どうぞ遠慮せずやっちゃって下さい」
玉藻と四十万。双方は互いの胸中の違いこそあれど、六郎に対して鋭い警戒心を宿した眼差しと警告を向ける。
それを受けた六郎はややバツが悪そうに俯くも、しかし二人の態度は当然であると受け入れて頷いた。
実際、六郎自身でもなぜ今こうして真皇の支配から一時的にでも逃れられているのか。そこは全く不明のままなのだ。
突如としてその自我の主導権を真皇に再度掌握され、果たし合いの最中に奏汰たちを背後から襲うとも限らない。
そういった意味でも、四十万や玉藻のその言葉は厳しくありつつも、六郎にとってはどこか有り難く、心強いものでもあった。そして――――。
「キキキキ……おやおや、これはこれは皆々様。どうやらお揃いのようですねぇ……?」
「――――来たなっ!」
広大なススキ原に立つ奏汰たちの耳に、耳障りな甲高い声が届いた。
そして次の瞬間。彼らが立つ場所から丁度十メートルほど離れた草地の上に、三体の大位が、その強大な力で周辺領域を歪ませながらゆっくりと降り立ったのだ。
「そちらがこのように大挙して押し寄せるは百も承知。我らもこの紫の大位――――
まず現れたのは、まるで後に続く二人の先導をするようにして現れた小柄な四つの面を持つ鬼、五玉。
そして五玉から僅かに遅れ、灰色の軍服じみた制服と帽子を纏い、黒の革ブーツと革手袋を手足に身につけた陽禅が。
更には
「――――やあ
「久しいな
眼前に現れた三体の大位。過去数百年にわたり、大位三体が同時に並び立ったという記録は幕府にも残されていない。
その圧倒的な威圧感に、四十万は我知らず舌打ちし、玉藻すらその背に冷たい物が流れるのを感じていた。
だがしかし――――その身に破邪の力を宿した
「ああっ! 俺はそれで構わない! それよりも、俺たちが勝ったら六郎や他の皆には手を出さないって約束、本当だろうなっ!?」
「――――私としては不本意だけどね」
「六業の処遇はすでに我らが主、黒曜の四位冠の承諾を得た。信じるか信じないか。それは貴様らの自由だ」
「キキキ……! 真皇様の気が変わらぬうちは保証されましょうなぁ。それが明日なのか、何万年後なのかは我らには到底及びもつかぬ話ですがねぇ……?」
奏汰の張り上げたその声に、三体の大位は各々に別々の反応を見せた。
しかしどちらにしろ、奏汰たちが果たし合いを受けた理由は六郎の解放だけが目的ではない。鬼の中でも中心的な存在である大位の鬼。その戦力を削ぐためにこの場へとやってきたのだ。
「陽禅サン……煉凶サン……それに五玉サン……俺は、正直アンタたち皆のこと、今でも大事だと思ってる……。俺が真皇サマにどうこうされたとか、そういうの抜きで、アンタたちと一緒にワイワイやれたの、楽しかったって思ってる俺がいるンだ……」
そして前に出た奏汰の横。
心の底からの苦しみを吐露するようにして、沈痛な面持ちの六郎が続いた。
「アンタたちだけじゃない。
それは、六郎の心からの正直な思いだった。
周囲には四十万も、玉藻も討鬼衆もいるのだ。そこで鬼への忘れざる想いを吐露することは、今の彼の立場として大きな不利益になるだろう。にも関わらず、六郎はそう伝えずにはいれなかった。
「六業――――……っ! そう思っていてくれるというのなら、今からでも私たちのところに……っ!」
「けど――――ダメだッッ!」
その六郎の想いに胸を打たれ、思わず駆け寄ろうと手を伸ばす陽禅。
しかし六郎は、たった今紡いだ全ての言葉と想いを断ち切るように叫んだ。
「大切だから――――! 大好きだからダメなンだよ! 俺は陽禅さんにもずっと良くしてもらって――――でもそれは本当の俺じゃなくてッッ! そんな嘘っぱちの、嘘だらけの俺で大切な人と仲良くなんてしてられねぇンだ! 俺は――――ここで俺を取り戻すッッ! アンタたちとのことは、全部それからだ――――ッ!」
「ろく……ごう……ッ」
それはまるで、六郎のその叫びに呼応したかのよう。
満月を薄く隠していた雲が晴れる。
その下で見つめ合う黄の鬼二人。一方はその縦に割れた深紅の瞳に決意を、一方は金色に輝く瞳に迷いと憂いを宿す。
光と闇。
まだらに晴れた満月の光は、六郎や奏汰の側のみを静かに青白い光で照らした。
境界に隔てられた六郎と陽禅の視線は、確かに深く交わりつつも、最後まで同じ願いを見つめることはなかった――――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます