決闘の招き


「け、決闘っ!? ですかっ!? ちょ、ちょちょちょ、見せてくださいっ!」


「ああ。結局あの人、俺と六郎ろくろうにこれだけ渡したらそのまま消えちゃってさ」


 突然の陽禅ようせん来訪から暫くして――――。


 時刻は正午を過ぎ、昼食を終えた奏汰かなたたちは、一度収穫したどじょうをまちの店に納めると、そのまままちを連れて神代神社へと戻っていた。

 

 結局、あの場では陽禅と刃を交えることはなかった。


 陽禅は相変わらずの憂いを帯びた様相で六郎を心配そうに見つめていたが、筒状に巻かれた書状を奏汰に手渡すと、そのまま何も言わずに去って行った。


 そしてその事実を聞いた新九郎しんくろうは、早速陽禅に渡された書状を手にとってその内容を確認する。


「ふむふむ……? ――――以下、神代に連なる者に決闘を申し込む。剣奏汰つるぎかなた神代凪姫命かみしろのなぎひめ徳川𠮷乃とくがわよしの、黄の小位・六業ろくごう。二日後。戌ノ刻いぬのこくを刻限とし、尋ヶ原じんがはらにて待つ――――」


「にょにょ……! なかなかに力強い、達筆な字じゃな!」


「いやいやいや!? 見るとこそこじゃないですよ!? っていうかもバレてるしっ!? あ――――それにほら、まだ続きがありますよっ!」


 なぎの言う通り、その果たし状はとても陽禅がしたためたとは思えない、太く力強い字で描かれていた。

 そして新九郎の目線の先。その文面は一度そこで途切れていたが、僅かな空白を置いて詳細な条件が記載された部分が下方に続いていた。


「――――我らが同胞、六業に告ぐ。この果たし合いにて赴くは黄の大位、陽禅。及び緋の大位、煉凶れんぎょう。我らが見事神代を討ち果たせし時は、我らが元へと帰陣せよ。果たした後、我らが神代に敗れた際は――――六業及びその縁者への、我らからの干渉は断つ」


「なるほどの……あの者達の狙いはこれというわけじゃな」


「……これはサ。陽禅サンのやり方じゃないよね。そもそも、あの人こんなに字上手くねーし!」


「なら、このもう一人の煉凶って人――――これ、俺が凪の所に来て一番最初に戦っただろ?」


「のじゃ。確かにあやつなら、見た目からして果たし合いとか好きそうじゃしな!」


 その果たし状に連なる二つの名前に、奏汰はこの江戸で戦った初めての強敵――――赤銅色しゃくどういろの巨体に大剣を持つ大男の姿を思い浮かべた。


「でもでも! この最後に書かれてる、もし負けたら六郎さんやまちさんには今後一切手出ししないっていう部分。本当に信用していいんでしょうか? 何の保証もないですけど――――」


「ソレな……陽禅サンはわからねーけど。よ。他の鬼が全部俺を襲ってきても、前に約束してたンならあの人は襲わない。そーいう人なンだ、あの人は――――」


「どちらにしろじゃ、まずはこの果たし合いを受けるかどうかということじゃろうな。奏汰よ、お主はどうするつもりだったのじゃ?」


「俺は――――」


 隣に座る凪からそう問われ、奏汰は凪の持つ青と黒の混ざり合った瞳をまっすぐに見つめ返した。


「――――俺は受けようと思ってた。勿論、命がけになるから凪や新九郎の気持ち次第だけど」


「ほむ……なぜじゃ?」


 そう話す奏汰に、しかし凪はすでに全てを理解しているという表情で、念を押すようにしてもう一度尋ねる。


「あの人たちは、普段いつどこから襲ってくるかもわからない。この三日、まちのことをつきっきりで守ってみてわかったんだけど、いつ襲ってくるかもわからない奴相手に、完璧に誰か一人を守り続けるってのは――――無理だ」


「それは、そうですよね……」


「それに比べたら、こうして場所や時間まで決めて向こうから出てきてくれるのはむちゃくちゃこっちに有利だ。戦いの準備も出来るし、玉藻たまもさんや四十万しじまさんとの協力だって出来る。こんな有利な状況であの人たちと戦えるなんて、この先あるかどうかわからない」


「うむ――――! その通りじゃ!」


 奏汰のその言葉に、凪はなぜかとても嬉しそうにその顔をほころばせ、隣に座る奏汰の手にそっと自身の小さな手を添えた。


「お主はもう一人ではない。私や新九郎だけでもない。その気になれば、最早この江戸中に奏汰の力になってくれる者が大勢おる――――それを奏汰が気付いてくれるようになったこと、私はとても嬉しく思うのじゃ!」


「そうか……そうですよね。確かにここには戦うのは僕たちだけって決められてますけど、立会人を呼んじゃいけないとかは書かれてないですし、皆さんに連絡したりしちゃいけないとも書かれてない――――奏汰さんの言う通りですっ!」


 凪だけではない。正面で果たし状に目を通していた新九郎もまた、改めて文面を確認した上で何度も頷くと、両手もろてを挙げて奏汰の言葉に同意した。


「ならば、私ら三人は決まりじゃな。 ――――六郎よ、お主はどうする?」


「――――やるに決まってンよ。こんだけ皆に迷惑かけて、助けて貰ってさ――――俺だけ戦えませーんって……ンなの! けど――――」


「けど?」


 互いにその決意を確認し、頷き合う奏汰達。最後に確認を求められた六郎もまた決意を宿した瞳で応じたが、六郎は最後にそこに自身の言葉を付け加えた。


「あの二人相手には難しいかもしれねーけど――――もし無理だって、死ぬって思ったら遠慮せず逃げてくれ。そんときは、もう俺のこととかどうでもいい。俺なんかが撒いた種でカナっちや凪チャン、新チャンが死んだりしちゃいけねーよ」


「六郎……」


 口調こそ軽いものの、六郎のその言葉には明らかな覚悟があった。恐らく、果たし合いの最中に自分以外の誰かが危機に陥れば、六郎は自ら投降し、他の者の盾となることも考えているのだろう。

 

 ややもすれば、敵の狙いはそれにあるのかもしれなかった。しかし――――。


「お兄ちゃんは、どうでもよくないよ……」


「え……?」


 しかしその時、悲壮な決意を宿した六郎の足元にすがるようにして、小さなまちがその両手を六郎に添えた。


「――――お兄ちゃんは、大事だよ。私にとって、お兄ちゃんはとっても大切な人なの。初めてあの川で倒れてるお兄ちゃんを見たとき、私もとってもふしぎなんだけど――――って、思ったんだよ――――」


 そう言って足元から六郎を見上げるまちの姿に、六郎はかつて失われた記憶の向こうに見た、の面影を我知らず重ねた――――。




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