第五章 偽りか真実か
大位の鬼
「私が
「小位である
「しかし私は違う。私はよりその本質に基づいたあらゆる物理現象を支配下に置くことができる。かつて君たちが戦った、三人の小位。彼らを増やしたのも私の力によるものさ――――」
あまりにも予想外の事態に立ちすくんで息を呑む
完全に同一の姿でそこに立つ三体の
「私が先日見せた、この光の屈折を伴う力の行使もその一端さ」
「これは私の周囲に存在する空気中の水分と塵を一所に集積させ、物理的圧力を持つまでに密度を高めた壁のようなもの。まあ、結局は物質だからそこにいる君にのように、極限まで研ぎ澄まされた一撃には斬られてしまったけど――――」
「――――それでもあの勇者君のように、ただ威力だけをいたずらに高めた攻撃なら、こちらもそれに相当する量の物質を集めるだけで防げる。燃える傍から無限に障壁を生み出せばいいだけだからね」
「ほむほむ、にゃるほどの? ――――さっぱりわからんのじゃ!」
それは完全なる余裕からか。かつてよりも
しかしそんな余裕すら見せる陽禅に対し、力で圧倒的に劣る自覚のある
「凪チャン! アンタは隙を見つけて例の弓を頼むよッ! この三人に増えた陽禅サンは、俺の蛇みたいに小さくなったり弱くなったりしねぇ! 全員が一人だったときと同じ強さのはずだからさァ!」
「六業。なぜ私がこうして自身の力についてここまで語るか分かるかい? 一つは君に今すぐ無駄な抵抗を止めて欲しいから。そしてもう一つは――――」
「――――すでに、私の勝利が確定しているからだよ」
「ッ!?」
瞬間、目の前で笑う三体の陽禅。その全てが凪たちの視界から消えた。
正確には消えたのではない。凪や
「私が操れるのは物質だけではない。私の筋力、耐久力、反射速度――――それら身体能力も全て無限に引き上げることが可能だ。 ――――このようにねッ!」
「が――――ッ!?」
その動き、そして一撃の重さ。それはまるで、
目にも止まらぬ加速から懐へと踏み込まれた三人。
六郎はなんとか反応してみせたものの、先ほど同様直撃を受けて大きく弾かれ、新九郎もまたその一撃を二刀で受けつつ後方へと飛ばされる。
「は、速い――――! 奏汰さんと、同じくらいに――――ッ!?」
「いーや! 主の好きにはさせんのじゃ! 凪式――――
だがしかし、凪だけは陽禅のその動きに反応して見せる。
最も長く奏汰と時を共にしていた凪は、奏汰や大位の鬼が時折行使する超高速戦闘へと自身の術式を対応させるべく、常時展開・自動反応式の結界術をすでに自力で編み出していたのだ。
「っ! これは――――まるでレーダーだね」
「お主は話が長いのじゃ! 神式――――
自身の領域に踏み込んだ陽禅を感知した凪は、即座にその手に握る
だが陽禅は凪が見せたこの予想外の反応に若干驚きつつも、凪の一撃を突き出した不可視の手のひらで流麗にいなし、その棒を支点として空中で回転。凪のいる空中よりもさらに上空へと自身の位置取りを瞬く間に修正する。
「さあ――――地の利を取ったよ」
「やりおる――――っ!」
陽禅に上方を取られた凪はすぐさま自身の周囲に無数の神符をリング状に展開。滑るように空中で加速。
黄の力で集積した足場を使い、空中すら自在に歩いてみせる陽禅を相手に激しい乱打戦へと突入する。そしてその下方――――。
「おらああああッ!」
「ははっ! まさか君が正面から肉弾戦を挑んでくるなんてね。私としては君との距離が近くて嬉しいけど」
「小手先の力じゃ絶対に勝てねェンだ! でもこうして俺が近づいてりゃよ――――少なくともアンタが他のみんなのとこにいったりはしねーだろ!?」
その身に蓄えた力。その全てを身体能力の強化へと注ぎ込み、六郎は圧倒的格上である陽禅へと果敢に接近戦を挑む。
「――――君はいつだってそうして、自分以外の誰かのため力を使う」
「ンなことねえ――――! 俺は俺のことしか考えてねぇ! 今だって、こうしてカナっちや凪チャン、新チャン――――それにまちチャンにも甘えて――――生き延びちまって! いっつも俺――――俺ばっかりだッッ!」
陽禅の力には明らかに及ばないものの、一撃で大地を大きく穿ち、大気を振るわせる威力の打撃を間断なく繰り出し続ける六郎。
六郎のその言葉に、陽禅はその瞳に悲しみを宿して後退する。陽禅はこの期に及び、やはり六郎に対して攻撃することを躊躇していた。だが――――。
「けどよォ! だから出来ることやんなきゃ――――! アンタたちにも、カナっちたちにも、誰にも顔向けできねェッ!」
「六業……っ!」
その時、六郎が陽禅の後退を身をもって止める。
陽禅の肩にしがみつき、その細い体にひっしと抱きついて自身の深紅の瞳を陽禅の黄金の視線と交わらせ、決死の思いでその力を解放した。
「どこまで行っても俺は俺なンだ――――ッ! そこだけは、絶対に偽っちゃいけねぇンだよおおおおおおおおおッッッッッ!」
瞬間。陽禅を抱きしめた六郎の肉体が深紅のエネルギーを爆発させ、閃光の華と化した。
それはかつて六郎が六業であった時に奏汰たちめがけて最後に放ち、不発に終わった捨て身の光だった。そして――――。
「はああああ! 清流剣――――二連
「悪いけど、この中で一番劣るのは君だと踏んでいるんだ。私は早く六業を連れ戻さないといけない。早々に消えて貰うよ」
「くうっ!?」
六郎がほぼ真反の位置で凄まじい豪炎の渦を発生させるのと同時。
新九郎は陽禅が解放した圧倒的身体能力の上昇と不可視の領域。その双方によってみるみるうちに追い込まれつつあった。
力、速度、そして反応。身体に由来する全ての面において陽禅は新九郎を圧倒的に上回っていた。
しかしそれでも諦めず、必死に攻め手を探す新九郎に、陽禅は極めて事務的に、冷徹にその身にダメージを与えていく。
「君は戦う前に言っていたね。数の利は自分たちにあると。その思惑をくじかれ、こうして互いに補い合うことも出来なくなった時、ただの人間である君はあまりにも無力だ」
「っ! それが――――っ!」
新九郎にはとっくにわかっていた。今の自分では奏汰や大位の速度や身体能力には到底ついて行くことは出来ない。
この二ヶ月。師匠としてずっと見てきたからわかる。奏汰は戦闘の天才だ。
もし仮に新九郎と奏汰が完全な初心者の状態から同時に剣術を始めたとしたら、恐らく新九郎よりも先に奏汰の方が頭角を現わしただろう。
新九郎とて、若干十四歳で
勇者としての桁外れの反射神経、動体視力、身体能力を加味したとしても。天道回神流の無刀の極意をたった二ヶ月で完璧に習得して見せた奏汰に、新九郎は内心で自身との差を痛感していた。
「それがどーしたって言うんですかッ!? 僕が弱くて、力足らずで、すぐに死ぬ雑魚で! そんなのどうだって良いんですよッッ! 最後に皆が勝てば――――! 最後に奏汰さんや凪さんが貴方を倒してくれていれば――――それでっ!」
半ばその大きな
奏汰が成長すればするほど、強くなればなるほど。
いつしか新九郎は自身の力の限界と、その先に住む者共と自身の差を痛感するようになっていた。
「見上げた覚悟だね。なら――――遠慮無くそうさせてもらうよ」
「あ――――……」
その言葉と同時。陽禅が再び新九郎の認知速度を上回る。
新九郎の視界から霞のように陽禅の姿がかき消える。
新九郎はすぐに自身が持つあらゆる感覚器で陽禅の気配を探るが、それでも陽禅の存在を捉えることができない。反応することができない。
(死ぬ――――奏汰さん――――っ!)
それは、余りにも無情過ぎる新九郎と大位の鬼の歴然とした力の差だった。
最後の時。
新九郎はついに恐怖のあまりその目を瞑り、闇の中へとその心を
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