第二章 美少年の秘密

必殺の美少年


 夕暮れ時、旗本はたもと達が住む武家町の通り。


 武家屋敷と言ってもそのほとんどは小さな平屋の家ばかりで、神田町かんだまちの巨大な商家宅に比べると随分とつつましい。

 

 細くひしめき合った道の中を、夜食の売り出しに訪れる物売り達がよく透る声で宣伝しながら歩いて行く。

 

 そしてそんな夕暮れの武家町に、物売り達の声に負けない溌剌はつらつとした奏汰かなたの声が響いた。


「ははは! よくわからないけど、俺は新九郎しんくろうと一緒のチームで良かったよ!」


「も、もうっ……だから馴れ馴れしくしないでくださいよっ! 大体、なんなんですかそのって!?」


「仲間って事さ! よろしくな、新九郎!」


「なんと……。あれだけ堂々と喧嘩けんかを売られておきながら、よくあのように仲良くできるのう……さすが奏汰じゃ」


 赤と紫の混ざり合った日没の光に照らされながら、奏汰は隣に立つ新九郎に向かってニコニコと上機嫌で笑いかけている。


 出会ってからここまでかなりの敵意を奏多に向けていた新九郎だが、余りにも奏汰が親しげについて回るため、僅かずつではあるがその態度に軟化のきざしが見え始めていた。


 あやかし通りで子供たちやよわい数百年にも及ぶ高齢のあやかし達と親交を深めた奏汰だが、実は新九郎のように年の近い同性と触れ合う機会は江戸に来てから全くなかった。


 奏汰にとって新九郎は、江戸に来て初めての男友達のような感覚だったのだ。


「で、でも! いくら同じ隊になったからって、勝負まで無効になったわけじゃないですからっ! こうなったら、意地でも僕がを見つけ出して見せますっ!」


「それって、俺たちがあやかしの皆と夜回りした時にやられた、あののことだろ? 言われてみれば確かにまだがするな」


討鬼衆とうきしゅうがあの晩の後も結界を追っていたとはしらなんだ。流石といったところじゃな」


 手に持った赤樫あかがしの棒をひゅんひゅんと軽く振り回し、自身の調子を確認するなぎ

 新九郎の言う鬼の結界とは、奏汰と凪があやかし通りの夜回りの際に索敵さくてきを封じられた、鬼の気配を覆い隠していた結界術式のことだ。


 あやかし通り襲撃の後、幕府お抱えの術者達の調査によって発見されたその結界術の痕跡こんせきは、恐るべき事にすでに江戸全体に及んでいた。

 あやかし達や凪にも、そして討鬼衆にも悟られず、鬼共は実に用意周到よういしゅうとうに江戸への襲撃準備を完了しつつあったのだ。


「僕たち討鬼衆も、ここ一ヶ月はずっとその結界を構成する印の破壊を続けているんです。鬼の印は本当にどこにでもあって……それこそ、こういう何気ない草の陰とかに……ってうわああ!? あったああああ!?」

 

「なんじゃと!? 私にも見せるのじゃ!」


「俺も俺もっ!」


 道ばたの草陰を覗き込んだ新九郎の目の前。そこには剥き出しになった土の地面に、なにやら禍々まがまがしい瘴気しょうきを放つ手のひら大の紋様が無造作に刻み込まれていた。


「ほむほむ? なるほど、確かに鬼の気がこの印を中心に渦巻いておる!」


「でもこれ、ちょっと離れたら全然わからないな……。これを全部見つけるのは結構きついぞ……!」


「――――二人とも離れてっ!」


 だがその瞬間、二人が見下ろす鬼の術式から禍々まがまがしい邪気が溢れ出す。

 凪も奏汰もその寸前の新九郎の声に助けられる形で後方へ飛びすさったことで難を逃れたが、気付けばたった今二人がいたその場所に、全長二メートルほどの蜘蛛のような鬼が出現していた。


「すみませんっ! 説明し忘れてましたけど、この術式たまーに鬼が出てくるんですっ!」


「なんじゃとー!? そういうことはもっと最初に! 早く言わぬかっ!?」


「鬼まで出てくるってんなら絶対に見過ごせない! ここで片付けるぞ!」


 奏汰は即座に聖剣をびだし、凪は赤樫あかがしの棒をぶんぶんと振り回すと、目の前の鬼に対峙する。だが、その刹那せつな――――。


「――――清流剣せいりゅうけん陽火車ひびくるま


 二条の銀閃ぎんせんが奏汰と凪の側面からはしり、

 それと同時、蜘蛛型の鬼の全身が八つに泣き別れとなり、無数の光の粒になって昇華した。


 まばたきするほどの僅かな時の後、そこには流麗りゅうれいな所作で腰のさやに二刀を収める新九郎の姿があった。


「――――術式から鬼が出ると教えていなかったことについては謝罪します。すみません、本当に忘れてたんです……。今までも、鬼が出てくることは殆どなかったもので……」


 キンという涼やかな音を響かせて刃を収めると、新九郎は全人類が見惚れるような凜々りりしさと可憐さが同居した横顔で物憂ものうげにそのかんばせうつむかせた。

 それは、まるで例え鬼とはいえ自らの刃で命を奪ってしまったことを悲しみ、鬼という存在を哀れんでいるようですらあった。しかし――――。


「え!? もしかして、今の新九郎がやったのか!?」


「な、なんとお主……! まさか、ただのいけ好かないではなかったのか!?」


「ちょ……そうですけど!? お二人とも、今まで僕のことなんだと思ってたんですか!?」


 新九郎のあまりに見事な剣捌けんさばきに、信じられないとばかりに驚く凪と奏汰。

 特に奏汰は異世界で多くの剣の達人と出会っていたが、それら異世界の強豪達を含めても新九郎の剣の腕前は明らかに卓越したものだった。


「にゃはは! すまんすまん! 私らを助けてくれたのじゃろ? 礼を言うぞ、徳乃よ!」


「本当に凄い剣だった! ありがとな新九郎っ!」

 

「ふ、フフフ……!? フンフンフーン!? どうやら!? やっと!? 僕の力を理解できたようですねっ!? この調子で勝負も凪さんの心も僕が頂きますから、は今から出て行く覚悟をしておくことですっ!(ドヤッ!)」


 先ほど僅かに見せた物憂げな雰囲気はどこへやら。凄い凄いと凪と奏汰に褒めそやされて調子に乗り、あっという間にふんすふんすと胸を張ってドヤ顔になる新九郎。


 鼻息荒くドヤドヤしていても相変わらず途轍もない美少年のままの新九郎の姿は、逆にどこかおかしみを感じさせるものだった。だが――――。


「あ、れ……?」


 その時、新九郎の目が僅かに泳いだ。


 新九郎の目線の先、凪と奏汰の背後にある武家屋敷のへいの上。さらには板張りの屋根の上に――――否、新九郎の視界の中全ての至る所から、次々と先ほど倒した蜘蛛のような鬼が沸いて出てきたのだ。


「う、うわわあああああ!? 鬼が一杯いるうううううっ!?」


「にょにょにょ!? なるほど、これは――――!」


「――――やるしかなさそうだなっ!」


 周囲に現れた無数の鬼の姿に、今度こそ出番だとばかりに構える凪と奏汰。

 しかしそんな二人の姿を、周囲に現れた蜘蛛型の鬼の赤く光る複眼ふくがんは、ただただじっと見つめているのであった――――。

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