少年剣士終了


 日の暮れた夜の武家町。

 夜の闇の中、人々の悲鳴と共に無数の銀閃ぎんせんが駆け抜けていく。


「うおおおおおっ! 勇者ウィンドミルーーーーッ!」


流水剣りゅうすいけん逆灯さかあかり!」


祓之二はらえのに! ほいほいさー!」


 奏汰かなた新九郎しんくろうなぎの三人が薄く明かりが灯る武家街の空を舞い踊る。

 各々の強力無比な一撃が鬼を蹴散けちらし、散り散りに吹き飛ばしていく。


 しかしそれでも無数の蜘蛛鬼くもおにはその口腔こうくうから強靱きょうじん粘性ねんせいのある糸を吐きかけ、俊敏な動きで次々と三人めがけて飛びかかる。

 すでにこのやりとりは何十回と繰り返され、三人の表情にも焦りの色が浮かび始めていた。 


「こやつら、一匹一匹なら大した相手でもないが、とんでもない数じゃぞ!」


「さっき打ち上げとうで他の皆さんにも連絡しましたから、そろそろ助けがくる頃だと思います! きっとそうですっ!」


 何十、何百と倒しても至る所から沸いてくる蜘蛛鬼に後ずさる凪。こうなってくると投擲用とうてきようのクナイもしっかり回収していく必要がある。

 すでに鬼の出現を知らせる打ち上げとうでの連絡は終えている。新九郎は二刀を構えながら、討鬼衆とうきしゅうの仲間達がやってくることに期待を寄せた。だが――――。


「いや、多分無理だ! 新九郎、あれってお前が打ち上げた花火と同じ奴だろ!?」


「ええっ!?」


 奏汰が言って指さした先。そこには暗くなった夜の空に、新九郎が打ち上げたものと全く同じ花火がいつくも上がっていた。


「あっれぇー……おっかしいなぁ……? どうしてあっちこっちで僕たちの打ち上げとうが昇ってるんですかっ!?」


「鬼が出たのがということに決まっとろうが!? しゃきっとせよ徳乃とくのっ!」


「やっぱりそうか! ってことは、ここの鬼は俺たちでやるしかないな!」


 武家街の至る所から打ち上がる花火。その閃光は夜の闇を切り裂き、あたりを暫しの間明るく照らす。

 

 花火に照らされ、僅かに開ける視界。しかしその間にも、あちらこちの家から女性や子供の悲鳴が聞こえてくる。


「勇者ローキイイイイック!」


 一軒の家の木窓をぶち抜き、それと同時に部屋の隅で震える親子に迫っていた蜘蛛鬼を瞬殺しゅんさつする奏汰。

 親子の無事を確認した奏汰は怯える二人に力強く頷くと、目にもとまらぬ速さで次々と民家の中に出現した蜘蛛鬼を木っ端微塵こっぱみじんに粉砕していく。


 蜘蛛鬼は何も奏汰達だけを狙っているわけではない。


 周囲は大勢の人が肩を寄せ合って住む住宅地なのだ。しかもこの蜘蛛鬼は、壁や天井などその気になれば至る所からわき出すように出現することができた。


 すでに辺りは大乱戦の様相をていしている。

 まるで際限の見えない蜘蛛鬼の圧倒的数。しかしその乱戦の中で、凪はあることに気付いていた。


「なるほどの……! 奏汰! 徳乃! 二人とも聞くのじゃ! この蜘蛛共の中にがおる! その親玉を叩くのじゃ!」


「そうか! そういうことか!」


「さすが凪さんっ! それで、この中のどれが親玉なんでしょうっ!?」


「まだわからん! 今から探るから、それまでなんとか耐えよ!」


 凪はそう言うと、自身の周囲にけがれをはらう結界を展開すると、大量の符を周囲に放って空高く昇った。


 地上に残された奏汰と新九郎は、互いに離れ、近づきを繰り返しながらも即席にしては見事な連携れんけいで周囲の人々を蜘蛛鬼の脅威から守り抜いていく。


「はっ……はっ……! ぼ、僕には劣りますけど……剣さんもなかなかやるじゃないですかっ!? えーっと……僕は今ので二百四十七体の鬼を倒しましたっ! 剣さんはっ!?」


「悪い! そういえば俺、数数えられねぇんだった! たはは!」


「えええええっ!?」


 民家の鬼をあらかた片付け、再び広い道へと飛び出した奏汰と新九郎。

 二人は互いにぴったりと背を預け合い、軽口を叩きながらもそれぞれの対峙する鬼へと油断なく構えを取った。


 そしてそんな二人の周囲。蜘蛛鬼がついにごうを煮やしたように奏汰と新九郎を中心として渦を巻いて集まっていく。どうやら二人をこの場で最も邪魔な存在だと認識したらしい。

 

「くる……! 左と上は俺がやるから、新九郎は右を頼む!」


「わかってますっ!」


 大きく渦を巻いた蜘蛛鬼の群れが、まるで津波のように一斉に二人めがけて襲いかかる。

 奏汰はまるで荒れ狂う暴風のように全身を凶器と化して鬼を寄せ付けず、新九郎もまた目にもとまらぬ斬撃ざんげきの雨で無数の鬼を切り刻んでいく。しかし――――。


「えっ!?」


「新九郎っ!?」


 それは一瞬の出来事だった。


 新九郎の片腕に、いつのまにか他の蜘蛛の吐く物とは違う、翡翠色ひすいいろに輝く糸が絡みついていたのだ。

 それに気付いた新九郎は即座にもう片方の刃でその糸を切断したが、それは致命的なすきを新九郎にもたらしてしまう。


「が……っ!?」


 一瞬で怒濤どとうのような蜘蛛の群れに飲み込まれ、弾かれるように周囲のへいをなぎ倒し、数十メートルも吹き飛ばされて地面へと叩きつけられる新九郎。

 しかも蜘蛛の攻勢こうせいは終わらず、弾かれた新九郎の息の根を止めようと、まるで一個の生物のようにうねりながら襲いかかった。


「――――だっ!」


 だが、その群れが新九郎に到達することはなかった。


 燃えさかる炎のような深紅しんくのエネルギーが突如として発生し、蜘蛛鬼の大群を喰らうようにして一息に飲み込んでしまったのだ。


「う……っ。つ、るぎ……さん……」


「大丈夫か新九郎っ!? 待ってろ、すぐに俺が治してやるからな!」


 そしてその直後、その体からぷすぷすと焦げたような臭いを漂わせた奏汰が傷ついた新九郎の元に現れる。

 奏汰は即座に体から放たれる輝きをからに切り替えると、その柔らかな光で新九郎の傷口を照らした。


 新九郎はその美しい横顔を泥で汚しながらも、どうやら討鬼衆のためにあつらえられた強靱きょうじんな胸当てが保護となり、衝撃による致命傷をまぬがれていた。


 無残に砕け散った胸当ての向こう側。衝撃でゆるんださらしと、そこから覗くおだやかに膨らむ胸元が見え――――。


「あ、あれ……っ? もしかして…………なのか?」


「――――まさか、こうも早々に憎きかたきと相まみえることができるとはね。きっとあの人も、闇の底で私のことを見守ってくれているに違いないよ」


「――――誰だっ!?」


 だが、奏汰にそれについて深く考える時間はなかった。

 新九郎を抱える奏汰の後方から、まばゆいばかりの翡翠色ひすいいろの光が射したのだ。


「アンタを探していたのさ、剣奏汰。私の名は零蝋れいろう――――翠の少位すいのしょうくらいを冠する者」


 その名乗りと同時。翡翠色ひすいいろの輝きの中から、巨大な蜘蛛の下半身に、豪奢ごうしゃな洋装の衣装に身を包んだ人間の上半身を持つ赤髪の女が現れた――――。




 

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