勇者は見捨てず
「……お前がこの蜘蛛みたいな鬼のボスか?」
「へぇ……?」
闇の中に輝く
片手で傷ついた
そしてそんな奏汰の姿に。
「ククッ……いいねぇ。いい面構えじゃないか、
「――――俺に? そうか、お前はあの鬼の!」
「気付いたかい? そうさ、アンタが倒した
瞬間、双方が動く。
零蝋はその両の手から
だがなんと奏汰は新九郎をしっかりと抱きかかえたまま零蝋めがけて加速。
自身に浴びせかけられる
「う……っ。つるぎ……さん? あれ……僕……っ?」
「お!? 起きたんだな新九郎! 良かった……でもまだ無理しちゃ駄目だ!」
新九郎を抱えながら凄まじい機動で雑魚鬼の群れを
「びえええええ!? なにがどうなってこんなことにっ!? お、降ります! 今すぐ降りますから! 降ろして――――うっ! うっぷ! びゃあああああ!」
「悪いけど我慢してくれ! 吐くなら好きに吐いて良いからさ!」
「ぎゃーーーー!? 何言ってんのこの人おおおお!?」
勇者の緑によって癒やされ、ようやく目を覚ました新九郎だったが、今度は上も下も分からないほどに凄まじい奏汰の動きに目を回し、目尻に涙を浮かべながらしがみついて悲鳴を上げた。
「アハハハ! 随分頑張るじゃないか剣奏汰! そんな足手まといを連れてよくそうも動ける……けどねぇ!?」
「糸が……!?」
蜘蛛鬼の群れを引きつけて
派手に輝く
奏汰は再び燃えさかる勇者の赤でその糸を焼き尽くそうとするが、他の糸のように即座に破壊することができない。
「なんだこの糸っ!?」
「
「くそっ!」
「ひええええ!?」
その光景は正に悪夢だった。
空中で零蝋の糸に絡め取られた奏汰めがけ、数百を超える雑魚鬼の群れが飛びかかる。奏汰はその群れを腕の振りのみでなんとか防ごうとするが、それは蜘蛛の巣でもがく虫のように、さらに奏汰の動きを拘束することに繋がった。
「だ、大丈夫なんですか剣さんっ!? ま、まさかとは思いますが、僕のことをここにポイ捨てして逃げたりしませんよねっ!?」
「大丈夫! そんなことしないよ――――勇者は誰も見捨てないんだ!」
終わりなき蜘蛛鬼の群れ。一振りごとに糸が絡みつき、重くなる腕をきしませて交戦する奏汰。彼の持つ機動力と膂力はすでに封じられている。
圧倒的な物量の前に、徐々に蜘蛛鬼の牙が奏汰の体を引き裂き、
「つ、剣さんっ!? 傷が……血も出てますっ! さっき僕が言ったことは謝ります! 僕はもう大丈夫ですから! もう一人で動けます! だから降ろして! 見捨てるとかそういうのじゃなくてっ! どうしてかはわかりませんけど、この通りピンピンしててっ!」
「駄目だっ! 勇者の緑は使った時は治ったように感じるけど、その時だけなんだ! こんな中に今の新九郎を放り出したりはできない!」
「剣さん……っ」
「アハハハ! なんとも
完全に奏汰の命に王手をかけた零蝋は狂気の絶叫を上げると、その全身から何条もの
その糸は加速と共に互いに絡みつくと、一筋の巨大なうねりとなって二人へと迫った。
「ぴええええっ!? も、もう駄目だぁ……! つ、つるぎさぁああん……っ! 今までのこと、全部……謝りますから……っ! お願いですから……! もう僕に構わず、貴方だけでも逃げてえええっ!」
「――――いや、間に合った! さすが凪だ!」
「え?」
「なに!?」
瞬間、夜の闇の中に八つの
その光は江戸城を中心として町全体に散ると、大地に
「すまぬ! 遅くなったな二人とも!
「
八方の
その障壁は眼下の零蝋ですらもがき苦しむほどの
「アアアアア! おのれ神代の巫女オオオオオオ! よくもこのようなあああ!」
「にゃははは! 奏汰に気を取られすぎたの。最初はお主を探しに昇ったんじゃが、のこのこ自分から出てきおったから途中で封印術に切り替えたのじゃ!」
上空からふわふわと降下しつつ、閃光に照らされて猫のような笑みを浮かべる凪。
零蝋はその笑みを
「くううううう! 覚えておれ貴様ら! 我が夫の
闇の中に消えた零蝋の声が遠ざかり、蜘蛛鬼は一匹残らず焼け落ちる。
零蝋の巣に捕縛されていた奏汰と新九郎も、同時に自由の身となって地面へと落下した。
「あいてて……もう無理しないって言ったのに、いきなりこれかぁ……。やっぱり……もっと考え、ないと……」
「うわああああ!? 剣さあああんっ!?」
消耗から意識を失いかける奏汰を、新九郎は涙ながらに抱き留める。
そんな自身の胸元がすっかりはだけたままであることを、新九郎は全く気付いていなかったのだった――――。
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