その勇者を信じて


「ハーーーーッハッハッハ!」


「オオオオオオオオオオオ!」


 虹の輝きが巨大な構造物を抜け、広大な虚空――――眼下に蒼い星を臨む宇宙空間へと飛翔する。その虹に追いすがり、閃光の華を咲かせる白と黒の領域。


 勇者と魔王。

 倒す者と倒される者。

 救う者と滅ぼす者。


 真の勇者エッジハルトと大魔王ラムダ。


 その存在の根底から互いに否定し合い、相反する二つの存在が今、互いの存在をかけて無限の激突を続けていた。


「四龍よ! 我らの敵を穿ち抜け!」


「龍か! 今すぐ悔い改めて我がしもべとなるならば新たなにしてやるぞッ! クハハハハハハハッ!」


 瞬間、エッジハルトの周囲を浮遊する四つの大剣に巨大な龍のオーラが浮かび上がり、その顎からそれぞれ異なる属性のブレスを撃ち放つ。


「くだらん! 余は大魔王ッ! 龍など腐るほど支配し、わッッ!」


 その四つのブレスによる破壊の渦を、大魔王はその両腕に白と黒の閃光を灯しながら円を描くように旋回。エネルギーの位相を逆転させ、エッジハルト自身めがけて反射する。


「甘いッ!」


 しかしエッジハルトにとってそのブレスは陽動。全身から虹の輝きを放って光速へと突入した真の勇者は、すでに大魔王めがけて致命の一撃を放たんとする。

 

 勇者の虹――――かつて奏汰と相対したラムダが手も足も出せずに敗北したその輝き。エッジハルトの力はその決戦で勇者の虹に目覚めたばかりだった奏汰の力を明確に上回っている。しかし――――!


「フンッ! 勇者の虹などと――――この大魔王ラムダがそう何度もと思わぬ事だなァ――――ッ!」


「ぬううううああああああ!」


 しかし大魔王ラムダはエッジハルトの放った虹の一撃を、なんと見せたのだ。


 秒を数えるごとにその力を無限に上昇させる勇者の虹。その力の最も恐るべきは力に限界がないことだ。

 しかしここにきて更に恐るべき恐怖の大魔王ラムダは、自身もまた勇者の虹と同等の指数関数的な力の上昇を果たし始めていた。


 無限に増していく二つの強大な力はやがて眼下の星をもう一つの太陽のように照らし、虚空側に鎮座する巨大な闇――――真皇闇黒黒しんおうやみのこくこくの本体をその空間に映し出す。


「どうした真の勇者とやら!? 所詮貴様らは神々に抗い、神々の策謀を破壊せんとしながら、その神から与えられた力にすがるしか能の無いよッ!」


「く――――ッ! どうやら、大魔王というのは伊達ではないようだッ!」


 極大と極大の力のぶつかり合い。それは眼下の青と虚空の黒に挟まれた領域に無数の光の放射を描き、激突の度に空間そのものを大きく揺らす。

 

「哀れな貴様に、なぜそのなのか教えてやろう――――それはがあの忌々しい神共が設定しただからだ。それを超える力は行使できぬよう、行使したとしても自滅するように神々が仕組んでいるのだッ!」


「それがどうしたというのだ!? 最早そのような反動などとうに克服した! この力は俺の肉体を傷つけることはないッ!」


「馬鹿が――――! そう思っているのはよッ! 真に神の予想を超え、その力を我が物としたのは余の知る中ではただ一人――――余を打ち倒した超勇者、だッ!」


「ッ!?」


 刹那、ラムダの魔力が極限の増加を見せる。


 そしてそれを見たエッジハルトの背に冷たい感覚が流れる。なぜなら、無限上昇するはずの勇者の虹の力の増加速度を、ラムダの光と闇の魔力の増加速度がからだ。


奏汰かなたはその勇者の力を自らではなく他者へと分け与え、などという神が最も恐れ、怒り狂うような力へとその虹を昇華させた――――! 余が大魔王として君臨していた際、最も恐れた人間の力――――結束の力としてなァ!」


 ラムダがその周囲の空間からにも及ぶ因果終滅砲ラムダヴァラーストラを同時に撃ち放つ。


「それに比べ、貴様ら至高の勇者共は千年以上もの間一体何をしていたッ!? 懸命に生きる現世の命を信じようともせず、うだうだと闇の中で策謀を巡らし、世を破壊する――――勇者どころか、貴様らにこそよ――――ッ!」


「貴様ぁあああああッ!」


 それはもはや恒星だけでなく、銀河そのものを消し飛ばす程の一撃。


 エッジハルトは自身を信じる龍の力と虹の力、双方を極限まで高めて聖剣へと宿すと、そのエネルギーの渦へとその刃を振り下ろす――――!


「ぐ――――ッッッッ!」


「フフ……そうだ。心底忌々しい奴よ、あの超勇者は――――」


 凄絶な閃光と共に拡散する膨大なエネルギー。ラムダは自身の因果終滅砲ラムダヴァラーストラを虹の輝きで迎撃するエッジハルトを見つめ、笑みを浮かべた。


「だが奴ならば、あの憎き神々の策謀全てを破壊できるやもしれぬ――――かつて余を打ち倒したあの少年は、それほどの存在だと――――」



 ――――――

 ――――

 ――



「――――信じているんですッ! 僕は、奏汰さんを信じてるッ!」


「そうかい! 尊いことじゃないか! でもそれだけじゃ駄目だ、! 僕はもう――――それを良く知っているんだよッ!」


 万色の極光と蒼き虹。二つの閃光が光速を超えて剣戟を繰り広げ、一進一退の火華を散らす。


 最強の勇者アナムは次々と十三にも及ぶ勇者の力を繰り出すが、対する新九郎しんくろう。ただ自らを加速させ続ける蒼だけを使い、アナムの攻撃全てに拮抗していた。


「そーですかっ! なら愛してますっ! 大好きなんですっ! どうだ参ったかあああああッ!」


「ッ――――ふざけてるの!?」


 新九郎の速度が更に上がる。


 自身の内から沸き上がる衝動と想い。そして父と母の声――――全てが新九郎を後押しし、総合的な力では圧倒的に勝る筈のアナムの万色を押し返し始める。


 かつて、勇者としてのエリスは長く使

 むしろ妹であるキリエの方が、勇者として順調に力を覚醒させていた程だった。


 しかしエリスの使う勇者の青は奏汰や他の勇者と違い一秒の時間制限がなく、反動で疲労することもなかった。


 


 それこそが最愛の勇者エリスセナの持つ才覚だった。


 やがてエリスセナは最後の戦いでその青を蒼へと昇華させ、光速すら超える超光速の領域へとその力を至らせた。


 その母の声が、今も新九郎に伝えていたのだ。


 十三もの光を持つ最強の勇者アナム。しかしそんな彼も。母から受け継いだ蒼の力のみが、無数の勇者の力を操るアナムに勝るただ一つの勝機だと――――!


「はああああああああああ――――! 天道回神流てんどうかいしんりゅう極意、蒼之終型あおのついけい――――ッ!」


「見事な剣だ! 確かにエリスは速かったけど、君ほどの剣の腕は持っていなかった――――だけどね!」


 自らの肉体そのものを一条の蒼と化し、ホールの中空を奔る新九郎。

 だがそれを見たアナムは自らの光刃を輝かせて迎撃の構え。


 いかに速くとも、いかに剣の腕が神域に達していようと、それでも尚アナムには

 銀と翠の力を組み合わせ、更にはによって、アナムには新九郎の動きが手に取るようにわかっていた。しかし――――!


「俺……だってサァ! 信じてンだ……! カナっちもなぎチャンも……絶対やってくれるって――――! やってくれたから……俺は今、ここにいンだからサァッ!」


「ッ! 六業ろくごう!?」


 刹那、アナムの後方から巨大な白い蛇が白銀の閃光を放ちながら襲いかかる。それはかつて奏汰たちに救われ、今この場において友として戦い続ける青年、六郎ろくろう


「やれッ! 総大将――――! 俺ごとぶった斬れッ!」


「ほ、ホホ……まだまだ……この程度で我が尾全てが焼けるとは思わぬこと。一度食らいついた狐は、大層しつこいのですよ……ッ」


「やらせない――――! 私も、もうそうするって決めたからっ!」


「キリエっ!?」


 新九郎の放つ蒼穹の剣、蒼之終型へと意識を集中させていたアナムの隙。そこを突くように四方から現れた六郎、四十万しじま玉藻たまも、そしてキリエまでもがその死力を尽くしてアナムの動きを拘束する。


 アナムは即座に銀の力と黄の力で時空間を逆行させにかかるが、拡散した玉藻の白き闇と、キリエの放つ逆位相の勇者の紫が、それを許さない。


「くっ、いいよ! なら見せてあげるよ、僕の――――!」


「ご遠慮しておきます――――ッ!」



 蒼が奔る。



 光速すら超えた超光速の蒼が、アナムがその光を完全に解放する前にその身が存在する空間ごと両断する。


「――――月虹一刃げっこういちじんッ!」


 瞬間、膨大な閃光が広大なホールを埋め尽くした。


 崩れた万色の中に輝く一陣の蒼はその輝きを増し、確かに最強の勇者を両断したかに見えた――――。


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