第四章 その時は迫り

最強と最愛


「やあ、待ってたよ超勇者。ひとまずはキリエを受け入れてくれたこと、感謝しなくちゃね」


「あんたは……」


 広大なホールの中央、そびえ立つ円筒形のエレベーターの扉の前にその少年は立っていた。


 ルビーのような艶のある赤い髪に白銀の瞳。

 

 そのしなやかな体躯の動きを邪魔することのないよう設計された、壮麗な赤黒の軽鎧に身を包んだその少年――――アナムは、その場にやってきた六十余名の精鋭たちを鋭く見据えた。


「アナム。アナム・ベル・イルナダーム。あの城での戦い以来だね。こうしてまた会えて嬉しいよ、剣奏汰つるぎかなた


「っ……あんたも、俺を通すつもりはないのか?」


「……もうキリエから聞いているんだろう? 僕も少し前までは君との協力も考えていたんだけど――――今となっては君は僕たちだけでなく、僕の故郷や、無数の異世界の人々の命すら脅かす危険な存在だ。の名にかけて――――君は僕が倒す」


 瞬間、アナムの周囲に無数の光芒が奔る。


 無数の輝きは互いに収束と拡散とを繰り返しながらアナムの周囲を旋回すると、虹すら超えた極光の輝きそのものの光刃となってその手の中へと収まる。


 青・赤・緑・紫・白・灰・橙・黄・翠・緋・褐・銀・金。


 最強の勇者アナムがその支配下に置く輝き。それは超勇者である奏汰すら遙かに上回るを灯していた。


 その眩いばかりの輝きはあの大魔王ラムダすら超える圧を周囲に放出し、その場に居合わせた精鋭全てを合わせたとしても歯牙にもかけぬであろう力を見せつける。


「さあ――――始めようか?」


「くっ! な、なんという奴……っ! 真皇しんおうまであと僅かじゃというのにっ!」


「下がれなぎっ! この人は…………っ!」


 その余りにも強大な力の前に、奏汰もまたアナムと同様に自身の持つ八つの輝きを解放する。

 対峙する二つのは互いに共鳴するように激しく反応し、広大な漆黒のホールを隈無く照らし出す。そして――――!


「フフ……そうだね。君は。ここで――――どっちだろうと勝つのは僕たちだ」


「悪いみんな! 俺はっ! その間、みんなは先に真皇の所に――――っ!」


 奏汰が自身の力を溜めるようにその身を屈め、アナムは流麗かつ完成された動作で流れるように光刃の軌跡で虚空に弧を描く。


 超勇者と最強の勇者。


 双方が完全なる戦闘態勢に入り、虹を超える領域に至った二人の勇者が、その力を解放しようとした、だがその瞬間――――!


「はあああああああああ――――――――ッ!」


「っ!?」


「えっ!?」


 だがその瞬間。奏汰や凪の横を抜け、が敢然と極光の輝きへと奔った。


 それは――――。


 現世勢力総大将。天道回神流てんどうかいしんりゅう皆伝にして、ついにその剣の終型ついけいに至った一人の少女――――徳乃新九郎とくのしんくろう


「なにやってんだ新九郎っ!? お前じゃその人の相手は――――っ!」


「駄目です奏汰さんっ! ここででしょうっ!? 僕たちだけが真皇の元に辿り着いたって何の意味も無い……っ! この人の相手は――――この天才美少年剣士にしてあなたの師であるこの僕が……っ! この剣と命に替えても果たして見せますッッ!」


「ははッ! これは舐められたものだね! まさか君一人でこの僕を止められると思ってるのかい!?」


 その光刃で新九郎の蒼い刃を軽々と受け止め、余裕の笑みを浮かべるアナム。


 かつて、炎上する江戸城で相対した際には手も足も出なかった。

 その力の全貌も掴めず、怒りに任せた刃は目の前の少年の足下にも届かなかった。

 あの交戦から僅か数日。新九郎とアナムの力量差はそうそう埋まるものではない。



 しかし――――!



「この馬鹿が――――ッ! 総大将に一人でやらせるわけねぇだろうがッ!」


「ホホ……実は私も毎度毎度雑魚相手では少々退屈していたところ。剣様、姫様――――どうかこの場の皆のことは私にお任せを……うまいこと収めて見せましょう」


「行けカナっちッ! 真皇の場所はそのエレベーターのすぐ先だからサァ! 俺の道案内はもういらねェ! 凪チャンと二人、一発デカイのぶちかまして全部終わらせてくンだよォ!」


「みんな……っ!?」

 

 それが合図だった。


 新九郎の突貫に続き、四十万しじまが、玉藻たまもが、六郎ろくろうが。そしてこの場に至るまで誰一人として脱落せずに戦い抜いた現世の精鋭たちが、一斉にアナムの極光へと挑みかかったのだ。


「馬鹿だね……ッ! 大人しく超勇者一人に任せておけば――――っていうのにッ!」


「僕は死にません――――ッ! それどころか、ここでッ! だから奏汰さんっ! 凪さんっ! 急いで真皇を――――っ!」


 四方から襲い来る無数の攻撃。その尽くを容易く打ち払うアナム。


 新九郎はその身に宿した母から受け継ぎし蒼い虹を更に更に輝かせると、蒼一色に染め抜いた二刀をアナムへと奔らせる。


「うむ……っ! お主らの意気、確かに受け取ったのじゃ! 奏汰よ! 新九郎や皆の想い、決して無駄にしてはならんッ!」


「っ……すぐに戻ってくるからっ! 絶対に戻ってくるからッ! だから――――頼むから……死ぬなよっ!」


 無数の閃光迸るホールを駆け抜け、巨大な扉の前へと到達する奏汰。おぼろげな記憶を頼りにエレベーターを操作してその扉を開けると、奏汰は凪と共にその中へと身を躍らせる。


「待って奏汰君! これっ!」


「キリエさんっ!?」


 だがその時、すでにその手に自身の聖剣を握り締め、自らもアナムと戦う覚悟を決めたキリエが奏汰へと小さな白い宝石を投げて寄こした。


を持ってて! その宝石には私のが込められてる。奏汰君がそれを持ってれば、私はすぐにそっちに跳べるから!」


「そうか……! ありがとうキリエさんっ! 新九郎のこと……頼むっ!」


「りょーかいだよっ! 二人も気をつけて……! 私の言葉……忘れないでね……っ!」


 そしてその言葉を最後にエレベーターの扉が閉まる。キリエは奏汰と凪を乗せたエレベーターが上層へと昇って行くのを確認すると、決意も新たに頷いた。しかし――――。


「――――僕は君たちをさげすみはしない。愚かだと見下しもしないッ! 己の正義に殉じて死ぬというのなら、誇り高い死に様を与えてあげるよッ!」


「ぐ――――ッ!?」


「――――ッ」


 極光が奔る。


 全てを焼き尽くすが玉藻の拡散した至純の白き闇を食い破り、四十万の不死身の肉体を打ち砕く。

 

 その身に銀を宿した六郎の閃光はいとも容易く押し戻されて六郎自身を飲み込むと、全方位から飛びかかった討鬼衆とうきしゅうの精鋭たちは強烈な勢いで広大なホールの果てまで弾かれて動かなくなる。



 最強の勇者――――アナム・ベル・イルナダーム。その力は強大。



 これだけの実力者を相手に、この少年は未だその極光を重ねることもせず、


 それは余りにも絶望的な戦いだった。


 たとえこの場に奏汰がいたとしても、奏汰が無数の戦いの果てに見出したで、この最強の勇者を打ち倒せたかどうか。だが――――!


「天道回神流奥義――――ッ!」


「へぇ……!」


 散り散りに弾かれ、全てが極光の輝きに飲み込まれたホールで、その蒼だけは輝きを失わず一直線に最強の勇者へと奔り続ける。


「見違えるねッ! どうやらこの前は本調子じゃなかったのかな!?」


「さっきも言いました――――ッ! 僕は死ぬためにここに残ったわけじゃないッ! あなたを倒し、僕自身の道を切り開くために残ったんですッ!」


 蒼だけが強く輝く――――そしてその手に握る


 自らが父と母から共に受け継いだと誰はばかることなく胸を張れるその二つの力を信じ、新九郎はその双眸そうぼうを燃やす。


「ハハハハッ! いいじゃないか! 言っておくけど、エリスは僕に一度も勝ったことはないよ! その娘である君が――――この僕に勝てるかなッ!?」


「そんなもの――――! やってみなくちゃわかりませんッ!」



 最強と最愛。


 万色と蒼一つ。


 無数の斬撃と閃光の交錯。



 かつて現世と地獄に分かれた二つの勇者の力。それは世代を超えて、今再びその刃を交わらせたのだった――――。


 

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