その鬼の意味は


「俺は六業ろくごう――――黄の小位おうのしょうくらいをやってるもンだよ。こんな地獄の果てで会えるなンて、運命とか感じない?」


「なるほどの……! 地獄というからなにかと思えば、つまりはここがお主ら鬼の住処すみかというわけじゃな。ようやく尻尾を見せおったか!」


 広大な半円状のホールの中、闇の中から湧き出るようにして現れた褐色金髪の引き締まった体躯たいくの青年――――六業は、言いながら奏汰かなた達に向かって軽く片手を上げて見せた。


「お、黄の小位おうのしょうくらい……っ! また……が……っ!」


「アーハハ? アレレ? なんか君、もしかしなくてもすっげえカワイイね? そうビビらないでよ。ここに俺が来たのはアンタらを殺しに来たんじゃなくて、使がまだ使えるか見に来ただけだからさァ」


 先日の零蝋れいろうに続き、またもや目の前に現れた位冠持ちの鬼の放つ圧倒的威圧感に、新九郎しんくろうは腰の二刀に手をかけつつも、すでに息を浅くしてと後ずさる。


 六業はその立ち姿こそ緊張感の欠片もなかったが、全身から放つ禍々まがまがしい瘴気しょうきは、正しくこの男が並の鬼とは比較にならぬ力をもっているということを如実にょじつに伝えていた。


「呑まれるな! 覚悟を決めよ新九郎っ! 神代の巫女かみしろのみこについて回ると言うことは、位冠持ち共と正面切って戦うということじゃ!」


「俺は剣奏汰つるぎかなた! 四の十六が犯人じゃないのなら、お前が猫を外に集めてたのかっ!?」


「はァ? 猫チャン? 俺がァ?」


 未だ強敵との戦闘経験が少ない新九郎を庇うように、赤樫あかがしの棒を構えたなぎと、聖剣を引き抜いた奏汰が前に出る。


 奏汰の発したその問いに六業は驚いたように口を開けると、目を逸らして何かを考え、首をかしげてさらに考えた後、はっとなって奏汰達の横にぼうっと立ち続ける四の十六に目を向けた。


「アーアー……なるほど、そういうコト? 、古すぎてぶっこわれてンのか。まだ使えそうなら使ってやろうかと思ってたけど、こりゃ無理かなァ?」


「なにをごちゃごちゃと言っておる! 来ぬのならこちらから行くぞっ!」


「アーッ! 誤解! 誤解だって! 猫チャンは俺も好きよ? 痛めつけたりするわけねェじゃん? 猫チャンをやったのは俺じゃなくて――――ソイツだよ」


「っ!?」


 瞬間、赤い閃光が奔った。

 

 その閃光は奏汰達の横。四の十六が立っていた場所に穿うがたれ、そのまま壁面へとぶつかって消える。そして――――。


「あ、あ……?」


「四の十六!?」


 奏汰達の横に立っていた四の十六のさび付いた巨体がゆっくりと地面に崩れ落ち、重々しくもどこから軽い、甲高い音が響き渡る。

 四の十六の分厚い胸の中央には、拳大こぶしだいのじゅうじゅうと赤熱化せきねつかした穴が開いており、白い煙がゆらゆらと立ち昇っていた――――。


「っ……仲間じゃ、ないのか!?」


「ンー……なんだけどねェ……。まあ、意味合いが違うのよ。でもさ、なんで俺に怒ってンの? そいつが猫チャンになにかしてたンじゃねーの? ま、別にいいけど」


「この……野郎っ!」


「待つのじゃ奏汰よっ! ――――すでに囲まれておるっ!」


 奏汰は倒れ伏した四の十六に即座に駆け寄ろうとしたが、そんな奏汰の腕を凪は掴み止めると、周囲への警戒を促す。

 見れば、すでにその場の全方位から六業のものと全く同じ、無数のが闇の中で奏汰達を捉えていた。


「やるぞ奏汰、新九郎っ! 固まっておってはまずいのじゃっ!」


「くそっ! やってやるよっ!」


「は、はいっ! 徳乃新九郎――――参りますっ!」


 猶予ゆうよはなかった。四の十六に駆け寄る余裕はなかった。


 凪と奏汰、そして新九郎の三人が凪の指示で三方へと弾かれるようにして散るのと同時、薄闇うすやみを切り裂き、赤い鮮血の輝きを放つ熱線が三人めがけて雨のように降り注いだのだ。


「俺は塵異じんいさんみたいにヤバイほど強くはねぇンだけどさ。それでもは結構得意なんだよなァ!? 姉さんには悪いけど、殺れそうなら遠慮無く殺らせてもらうからさァ!」


 闇の中、降り注ぐ熱線から逃げ惑う三人を見て余裕の笑みを浮かべる六業。

 

 凪は俊敏に宙を駆け、新九郎は地面をめまぐるしく駆け回りながら目にも止まらぬ剣捌きで熱線の直撃を逸らす。


「くっ! まずいのじゃ! ここではたしかに地の利は奴にある!」


「うわわわ! ちょ、ちょっと!? あのー……これっていつまで捌けばいいんでしょうっ!?」


 しかしいつ終わるとも知れないその熱線の雨に、やがて避けきれなくなった凪はついに自身の周囲に結界を展開し、新九郎は僅かな物陰へと逃げ込む。しかし奏汰は――――。


「調子に乗るなよ……っ! 竜巻――――勇者キイイイイイイイック!」


「ハァ?」


 その時、自身に降り注ぐ全ての熱線を凄まじい超高速回転で奏汰渾身の跳び蹴りが、六業の引き締まった腹筋に突き刺さったのだ。


「オギャアアアアアアッ!?」


「うおおおおおおおおおッ!」


 たった今この場に降り注いでいるのは、分厚い鉄板すら容易く貫通する威力の熱線だ。そんな物を回転の勢いだけで無効化して突っ込んできた奏汰の蹴りは、そのまま六業の体を木っ端微塵に打ち砕いた。しかし――――。


「っ!? 手応えが!?」


『オイオイオイオイ……なんなんだァ、コイツは……? 聞いてねェよ。剣奏汰ってこんなヤベェ化け物なワケ? これさ、もしかして俺よりってオチなんじゃねーの?』


 奏汰の蹴りは完全に六業を捕らえていた。六業もまた、その威力に為す術もなく粉砕された筈だった。しかし、砕け散った筈の六業の声が、今度はホールの中の全方位から奏汰達の耳に響いてきたのだ。


『――――でもさァ、それならそれで俺も簡単には負けられねーんだわ。五玉ごぎょくサンにはああ言われたけどさァ……。やっぱりアンタは、ここで殺しておいた方が良さそうだなァ!?』


 その言葉と同時、薄闇の中に沈んでいたホールに光が灯った。


 どこまでも白く、無機質なその光はホールを隈無く照らし出し、その滑らかで傷一つない壁面をはっきりと浮かび上がらせる。


 そしてその光の中、出現した異形――――。


『ンじゃ……続き、やろうか?』


 それは、広大なホールの天井すれすれまでその巨大な頭部をもたげた一匹の巨大な黒い蛇。そしてその周囲にわらわらとうごめく、無数の赤い目の蛇の群れだった――――。

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