江戸城決戦
あまりにも圧倒的な力だった。
江戸城内に集っていた、位冠持ちの鬼にも匹敵しうる力を持つ者達。その誰しもが抗することが出来ず、為す術もなくその力に飲み込まれてしまった。
紫の大位――
今や紫を含む全ての位冠の力を集約したその鬼の力は、江戸城そのものを別空間へと切り離し、江戸城敷地内の位置情報すらその手の内で縦横無尽に組み替えて見せた。
すぐ隣にいたはずの者がはるか彼方へと消え、逆に全く影も形もなかったはずの者がすぐ傍へと現れた。それはつまり――――。
「くそっ……飛ばされたのか……? ここは――――」
それは完全なる刹那の瞬間だった。
一瞬の間の後。周囲をぐるりと見回した
そこは特異な空間だった。
明るくも暗くもなく、広大で滑らかな石で出来た地面が遙か地平線まで続き、前後左右にそれを区切るものはない。
だがその空間の中央。
そこには禍々しい紫色の巨大な鳥居が連なってそびえ立っていた。見上げるほどの鳥居は、高さ一千メートルを軽く超えているだろう。
どこか空虚で、
「皆――――待ってろよ、すぐに行くからな」
奏汰は全てを理解した。
そして自身の腕の中に
「
「――――そうだ。そして
奏汰の向けた視線の先――――そこに待っていたのは
「勇者の虹――――あんたもそれを――――」
「そうだ。お前との戦いに敗れた後、偉大なる
「そうかよ……」
初めて自らへと向けられる勇者の虹が持つ絶大なエネルギーの奔流。
しかし奏汰はその膨大なエネルギーの渦の中に身を任せつつ、僅かの迷いもない瞳で眼前の男を射貫くように見据えた。
「やってやる――――煉凶さんがこの子のために俺と戦うって言うのなら、俺は最後まで、俺のやり方であんたと戦うッ! そんでもって、他の皆も、この子も――――あんただって守ってみせるッッ!」
奏汰はただ叫び。祈った。
奏汰は今やその形を剣から光へと変じた自身の勇気――――
――
――――
――――――
「にゃっははは! やはり私と新九郎はズッ友なのじゃ! このようなこんがらがった領域でもちゃんと一緒の所に飛ばされたのじゃ!」
「たはは……ずっともってなんなんでしょう……。って、でも奏汰さんがいませんよっ!? きっと僕たち以外の皆さんも似たようなことになってるんじゃ……!?」
「キキキ――――仰る通り。お二人のような美しい姫様方をこうしてお出迎えできること、この五玉恐悦の極み――――」
奏汰が勇者の近似値と化した煉凶と対峙しているのと同じ頃。
二人共に別空間へと飛ばされた凪と新九郎は、その身に四つの輝きを宿した最古の大位――五玉と遭遇していた。
「ほむ……私と新九郎の相手はお主か。いつぞやは世話になったの」
「キキキ……あの時よりも随分とその身に力を蓄えたようですな。しかし、それは私も同じ事――――地獄で待つ大勢の家族が私に遺してくれた力、その全てでもって我が主から与えられた使命を完遂して見せましょう」
最早、凪と新九郎の眼前に現れた五玉の姿は先ほどまでとは全く異なっていた。
その小柄な肉体を中央に据え、四体もの巨大な阿修羅に似た像が四方を固め、各々の四つの面から鋭い眼光を覗かせている。
五玉自身の後方にも荘厳な紫色の光輪が顕現し、その光輪からはこうしている今も、それだけで押し潰されそうなほどの膨大なエネルギーの奔流が放出され続けていた。
「私が真皇様より
「こやつ――――この力の流れ――――まさか!?」
「ど、どうしたんですか凪さん!? なにか不味いんですかっ!?」
「ホッホ……気付きましたか。流石は神代の巫女。見事なものですな」
五玉から流れるエネルギーの渦。油断することなくその流れを捉え、追跡していた凪がその顔色を変える。
開戦前。凪は江戸城が戦場となることを見越し、高名な密教僧の
たとえここで奏汰たちが煉凶と五玉に勝利したとしても、その戦いの余波はかつての
故に凪はそうならないよう、結界を守る結界を江戸城内に展開していたのだ。しかし――――。
「急ぎなされ巫女様。急いで私を倒しませんと、あなた方がせっせと張り巡らせたこの結界――――私が辿り着き、軽々と引きはがしてしまいますよ? キキキ……キキキキッ!」
「ちっ! やはりそう楽にはいかんの! 新九郎、どうやらやるしかないようじゃ!」
「はいっ! やります――――やってみせます! 僕だって――――僕だって凪さんや奏汰さんの――――みんなの力になってみせますッ!」
最早一刻の猶予もない。
凪は自身の周囲に何重にも及ぶ神符の結界を展開して天へと飛び、新九郎は二刀を抜き放つと同時に神速の踏み込みで眼前の巨大な異形へと駆けだしていく。
「キキ……いいですねぇ。そうやってせいぜい急ぎなされ……目の前の危急に気を取られ、最も重い事象から目を逸らしなされ……それこそがこの五玉が仕掛ける、最後の
迎え撃つ五玉はその二人の姿に目を細め、皺だらけの顔に
そして招き入れるように自身の周囲に鎮座する四つの大阿修羅像を駆動させると、闇の中で凜と咲く花のような二人の姫の閃撃を迎えた――――。
――
――――
――――――
「――――来たか」
江戸城の全てが闇へと飲まれ、城内へと集っていた全ての者たちが命と魂を賭けた死闘へと移行する中。十二代将軍、
自らが相対する、最強の存在を――――。
「ほう――――どうやら、俺がこの場に赴くと悟っていたようだ。流石はその剣のみで彼女を倒しただけのことはある」
その男は音も無く、大気を僅かに動かすこともなくその場へと舞い降りた。塵一つ落ちていない美麗な畳が、重厚な甲冑を纏った革のブーツによって踏みにじられる。
純白の全身甲冑に金の縁取りが施された、紫色の長髪をなびかせた青年――――真の勇者エッジハルト・セス・ラグネスティス。
黒曜の四位冠と呼ばれる伝説の勇者の一人が今、全ての武士の頂点に立つ征夷大将軍の前に現れたのだ。
「すでに結界は綻びを生じている。貴様と剣を交えるに思念体ではあまりにも不敬。我らが同胞――――五玉と煉凶が生み出した
「ならば……もはや問答は不要」
エッジハルトの放つ恐るべき程の剣気。それはかつて家晴が捉え、飲み込んで見せた超勇者奏汰の気を遙かに上回っていた。
しかし家晴はただ一度だけエッジハルトの言葉に頷くと、横に置かれた二刀を一分の隙も無い完成された所作で抜き放つ。
そしてこの時まで全てを包み、射貫き続けてきたその大きすぎる眼差しで眼前の青年を見据え、その二刀をどこまでも雄大に天地へと構えた。
「成敗――――ッ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます