信じるからこそ


「おや……? これはいよいよおいでなすったようで」


「どうやらどうやらどうやらどうやらどうやらそのようだがしかし興味深いのは貴奴らの力の配分なぜならいかに大位の鬼とは言え我ら全ての力を相手にしてはどうすることもできまい未だ大魔王も女神も控えている中で一体彼の者たちがどのような手を打ってくるのかそれによって今後の我らの行動もまた変わってこよう大変興味深い×3.24e+20」


「ですねぇ……まあ、私たちは任されたことをやるだけですよ――――」


 瞬間、江戸城内に存在した全ての者は同時にその刻の訪れを知覚した。


 江戸城周辺をくまなく覆っていた神仏結集の結界は、まるで凍結した物体が激しい衝撃で砕け散るかのように破砕され、音も無く江戸城上空から光の粒となり――――まるで真夏に訪れた季節外れの雪のように降り注いだ。


「やっぱりあんたらか――――っ!」


「久しいな剣奏汰つるぎかなた――――尋ヶ原じんがはらでの借りを返しにきた」


「キキキ……これはこれは皆様お揃いで。私も長いこと大位として働いて参りましたが、ここまで盛大な歓待を受けたのは初めてでございますよ……キキッ!」


 江戸城本丸御殿直上。


 各々が司る力――――緋と紫の輝きを放ちながら出現した二体の鬼。

 緋の大位――煉凶れんぎょうと、紫の大位――五玉ごぎょく


 二者の接近をいち早く察知して集結していた奏汰となぎ、そして新九郎しんくろうを始めとした江戸に集う実力者たちの前で、二体の大位は不敵なまでに堂々とした佇まいでその場へと現れた。だが――――。


「……? その女の子は……?」


「あの子は……御前試合の時に、僕と戦った……」


 だがその時。煉凶の姿をみとめた奏汰は、その強靱な腕の中に一人の少女が抱かれていることに気付いた。

 なんの警戒心も抱かずに安らかに眠るその少女――――風断かざだちの姿は、今のこの決戦の刻を前にしてあまりにも不釣り合いなものに見えた。


「そうだ。戦場いくさばでのことではあるが――――超勇者剣奏汰。この緋の大位煉凶、お前を見込んで頼みがある」


「俺に……頼み?」


 煉凶は僅かにその目を細めると、最後にもう一度だけ自身の腕の中で眠る娘に目を向けた。そして一人静かに頷くと――――その腕の中から奏汰のすぐ目の前へと少女を転移させて見せたのだ。


「俺の娘だ――――人であった頃の名は風音かざね。お前に預けたい」


「この子を……俺に……っ!?」


 目の前に現れた少女を抱き留め、明らかに困惑の表情を浮かべる奏汰。しかしそのやり取りを油断なく窺っていた討鬼衆とうきしゅう大番頭――――四十万弦楽しじまげんがくは、その言葉に異議を唱える。


「随分と都合の良いことをいいやがる。さてはてめぇら、自軍の敗色濃厚と見てせめて娘だけでも助けてくれとでも言うつもりか? てめぇらのお陰で、今までこっちでどれだけ血が流れたと思ってやがるッ!?」


「お前たちが娘をどのように受け取ろうと構わぬ。すでに我が主による風音の。この後、風音を鬼として扱いその命を奪おうが、凄惨な拷問にかけようが、全てお前たちの好きにするがいい」


「ちっ! てめぇ……ッッ!」


 四十万が放った言葉にも一切の動揺を見せず、淡々と返した煉凶に四十万は思わず舌打ちし、苦々しげにその顔を歪めた。


「四十万の言葉を抜きにしたとしても、なぜ今このようなことをする必要があるのじゃ!? お主らはここに戦いにきたのではないのか?」


「――――すでに、全ての滅びは定まっている。同じように消え去る定めならば、せめて娘の生を終わらせてやりたかった。剣奏汰、お前ならばそれが出来ると俺は知っている。お前が見せたあの光は――――宿るからだ」


「煉凶さん……っ!? じゃあ……もしかしてあんたはもう……っ!?」


 奏汰のその言葉に、煉凶は短く頷いて見せた。


 その瞬間に見せた煉凶の眼差し。奏汰はその瞳の奥に、確かに人としての光を見た。娘の行く末を想う父の眼差しを見た。自分の光が確かに届き、今も輝いているのを見たのだ。


「なら俺たちが戦う理由なんてない……っ! 隣にいるそっちのおっさんだってそうだ! 煉凶さんが娘さんを助けたいって、そうしたいってのを知ってて、それでもここに来てくれてるんだろっ!? 話せるはずだ……っ! 戦わなくていいはずだっ! 俺たちはもう――――っ!」


 煉凶から託された風音の小さな体を抱きながら、奏汰は身を乗り出して叫んだ。


 四十万を始めとした討鬼衆はごくりと喉を鳴らし、緊張の面持ちで二人のやり取りを見定めようと各々の獲物へと手を掛け、いつでも戦闘可能な状態のままじりと構え続けていた。


 凪も新九郎もまた、奏汰をかばうように、支えるようにしてその左右に控え、ちょうどその時に遅れてその場へとやってきた玉藻たまもぬえも、すでに始まっていた奏汰のその訴えを後方から静かに見つめた。


「――――それはできない。俺には我が主に返し切れぬ恩がある。真皇しんおう様は。死んだ最愛の娘にもう一度命を与え、娘一人守ることが出来なかったに、何者にも砕けぬ強靱な肉体と力を与えてくれた――――」


「キキキ……それは私も同じ事。我ら二人は共に真皇様によって救われ、自らの意志でこの場へと現れているのです――――どうか、ご理解願いたいですなぁ――――」


「……っ」


 叩きつけられた奏汰の祈りにも似た叫びに、しかし二体の大位は一切の揺らぎを見せずにそう答えた。それは――――互いの道行きを隔てる決別の言葉だった。


「剣奏汰。娘を――――風音を頼む。こうして今から死合う者に預けるのも、全てはお前という男を信じたが故」


「さりとて、我ら二人もただ滅びるために参ったわけでは御座いません。我らが主のため、大恩ある真皇様のため――――この場におわす皆々様には、尽くその命散らして頂きましょう――――ッ!」



 瞬間、二体の大位の肉体から眩いばかりの後光が放たれた。



 紫色の輝きで世界そのもの全てを覆い尽くした五玉の肉体が溶けるように消える。 


 空も大地も、大気までもが五玉の持つ紫の力の支配下へと置かれ、しかし一度紫色の輝きで満たされた世界に、緋・翠・紫・黄のが満ちた。

 

 そして煉凶。


 その全身の筋肉に凄まじいまでの力を漲らせ、自らの持つ緋色の輝きを心奥に収束させた煉凶の肉体から閃光が迸る。


 しかしやがてその輝きの色は青・赤・緑・紫・白・銀・黄に明滅。勇者だけが持つ七色の虹――――紛う事なきを顕現させたのだった――――。


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