死闘の中で


 現世から隔絶かくぜつされた異界。

 紫煙しえんくすぶる虚無の空間へと引きずり込まれた江戸城。


 紫の大位――五玉ごぎょくの手によって隔てられた実力者達は、いずことも分からぬその空間で、死地を切り抜けるべく死闘を演じ続けていた――――。


「フム……どうかね、かつては勇者の邪魔が入り、君もまた弱き者たちを連れて全力を出すことが出来なかった――――しかし今は違う。あの時の決着、今つけるというのは?」


「ほほほ……これはこれは。たとえだとしても、あなたの姿をつるぎ様に見せるわけにはいきませんねぇ……きっと、剣様は大層悲しみになられることでしょうから……」


 どこか現実感を感じさせぬ中世ヨーロッパの街並み。


 深く霧が立ちこめた路上にで、不滅の大妖怪玉藻前たまもまえと、かつて奏汰かなたとの戦いで滅び、救われたはずの翠の大位――塵異じんいが対峙していた。


「ちょいとぬえさん。ここは私が引き受けますから、あなたには他の皆さんのご助力をお願いしても?」


「よかろうよかろうよかろうよかろうよかろう良い判断だ神々の巡らせた牢は流石の私も破れずこうして囚われてしまったわけだがこのくらいの障壁ならば僕の動きを阻害しきることは難しい今現在自由に行動可能な存在が俺だけというのならばお前の言う通りここは朕が遊撃に回ろうではないか褒美を取らすぞ」


「ほほ……まあ、そういうことですねぇ。恐らく、鬼の狙いは結界だけではないはず――――頼みましたよ、鵺さん」


「Sir, yes sir!」


 玉藻からの頼みに、鵺はそのひょっとこ面をからからと鳴らし、両手を挙げて敬礼するとその姿勢のまま闇の中に溶けるようにして消えた。


「フム――――小生ごとき一人で倒せると? 甘く見られたものだ。まあ、小生はどちらでも構わぬがね」


「あまり時間をかけるわけにはいきませんねぇ……。他がどうなってるのかは知りませんが、先も言った通り――――剣様にをかけたくないのですよ、私は」


 舐められたとばかりに鼻を鳴らし、その白手袋に包まれた手を翡翠色に輝かせる塵異。しかし玉藻はその美貌を着物の袖で半ば隠し、妖艶な色を持つ眼を細く――――どこまでも細く狭める。


――――全て喰ろうて私の内にしまいましょう。この世の全ては夢幻むげん泡影ほうえい――――せいぜい楽しみなさいな。その刹那の生を――――」


「小生、人生は長く太くがモットーである。刹那で終わらせる気は毛頭なし――――」


 瞬間、玉藻を構成していた色とりどりの色彩が溶けるようにして混ざり合い、膨張して周囲の空間を塗り潰す。


 街並みも空も、大地すらも全てがに飲み込まれ、しかしそれを迎え討つは、一つ息を吐き、自らの立派な髭を愛おしむようにしてなぜた――――。



 ――

 ――――

 ――――――



「――――ぐッ!」


「――――確かに君は肉体的には相当なレベルだけど、どうかな。その程度であのと呼ばれるほどだろうか。もう少し底を見せてくれて良いのだけれど」


 立ち並ぶ高層ビル群。


 どこを見渡しても石、石、石。灰色のコンクリートで塗り込められた鈍色にびいろの景色の中、すでにズタズタとなった赤と黒の陣羽織が壁面へと叩きつけられ、もうもうと粉塵を巻き上げた。


「チッ――――なかなかやるじゃねぇか。ビビって何も出来なくなったのもわかる」


新九郎しんくろう? ああ、少し力を解放した私相手に何も出来なかったあの子か。面白いね。私が見たところ、あの子は元々あまり戦いには向いていないように思えたけど――――その口ぶり、君はあの子のことを相当に買っているようだね?」


 粉塵の向こう。その全身から冗談のような血を流し、すでに有様の討鬼衆とうきしゅう大番頭――四十万弦楽しじまげんがくがそれでも尚立ち上がってみせる。


 そしてそれを見つめるもう一つの影――――灰色の軍服じみたスーツに身を包み、自身の周囲に膨大な量のエネルギーを展開する黄の大位――陽禅ようせん


 陽禅の言葉に四十万は自嘲じちょうするように笑い、残された腕に握り締めた黒檀こくたんじょうを再び構える。


「確かにあいつはとんでもなくヘタレな上に、四六時中迷いまくりで剣一つ定まらねえひよっこだ。けどな――――それでもあいつは剣の天才だ。今はまだでも、いつかは上様だって超える域に辿り着けるかもしれねぇ――――」


「へぇ――?」


 ふらつきながらも瓦礫を踏み越え、その全身から血を滴らせながら、一歩、また一歩と陽禅の元へと近づいていく四十万。


 しかしどうだろう、四十万が一歩を踏み出す度、その全身の傷は瞬く間に塞がり、痛々しく潰れていた左腕までもが傷一つなかったかのように元通りになっていく。


「これは驚いた。君は人に見えたけど、どうやらと同種だったのかな? その再生力。ぜひ後で研究させてもらいたいね」


「俺には返しきれねぇ借りがある。その借りを返すまで、おちおちくたばることもできねぇ――――」


 四十万はそう言って、背からもう一本の杖を取り出して二杖を構える。その時、すでに四十万の肉体には傷一つなかった。



『たはは――――私だって、お母さんになれば少しくらい落ち着くんですよ。 ――――ねぇ四十万君。もし良かったら、私のお願いを聞いてくれませんか?』



 四十万の脳裏に、かつて交わした親友からの言葉が蘇る。

 深緑色の美しい髪をなびかせ、まだ生まれたばかりの新九郎を抱いて微笑む、親友の横顔が――――。



「わあってる――――あいつは今も、立派にやってるよ」



 握り締められた二杖がみしりと音を立てて軋み、それと同時に黒檀の周囲にうっすらと白銀の光が輝いていく。


「――――あいつ新九郎が戦わなくていいようにする。そう約束しちまったんでな。それを果たさないうちは――――俺はしぶといぞ」


 四十万は言うと、眼前の大位めがけ再び突貫した――――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る