勇者は迷わず
「超勇者
その威厳と決意を宿した白銀の
「私の力は弱い――――本来、この世界に張り巡らされた強大な神々の牢獄を破るほどの力はありません――――しかし今この時だけは、私は私の世界であなたの無事と幸せを思う、多くの人々の祈りをこの場へと持ち込んでいます」
「みんなの……?」
「はい……大魔王を倒し、世界に平和をもたらしたあなたへの祈りは、今も私の世界に満ちています。あなたの戦いを見ていたのは私だけではない――――あなたにこれ以上傷ついて欲しくないと、どうか平穏に過ごして欲しいと――――皆がそう願っているのです」
「そうだったのか――――」
オペルのその言葉に奏汰は僅かに俯き、何かを思い出すように、噛みしめるようにして瞳を閉じた。
異世界で大魔王と正面から戦えたのは奏汰だけだったが、そんな奏汰を支え、想う者は大勢居た。
しかし彼らもまた女神オペル同様、余りにも強大な大魔王の力の前には無力が過ぎていた。だがそれでも――――彼らの奏汰を想う気持ちに偽りなどなかった。
「私がこの場へと持ち込んだ、私の世界に住む人々全ての願いを結集した力ならば――――この牢獄に僅かな風穴を開け、そこからあなたを母の元へと送り届けることが出来るはずです。 ――――しかし、それも多くの上位神はすでに把握しているはず。時を置けば、この力でも突破できないよう牢を強化することなど彼らからすれば造作もありません――――ゆえに、今が最後のチャンスなのです」
「でもそれって大丈夫なのかっ? さっきから女神様は他の神様も見てるって何度も言ってるけど――――それなのに俺をここから勝手に連れ出したりしたら、女神様も怒られるんじゃないのか?」
「――――上位の神々にとって、超勇者である貴方は大魔王ラムダと共に
「……っ」
「女神さん……」
そのオペルの言葉には、
そして凪と新九郎は共に、女神の願いが自分たちと同じものであったことに言葉を失った。何も言えなかった。この場で奏汰が戻りたいと、母の元に帰ると決断したとして、止めることはできないと思った。
それほどまでに――――目の前に立つ愛しい少年は、もはや後戻りできる時を何度も踏み越え、あまりにも深く暗い戦いの日々を送り続けていた。
本来ならば、奏汰はもう充分過ぎるほど戦ったのだ。一般的な生物が一生のうちに経験する何千倍、何万倍もの闘争を――――本人が望んだわけでもなく繰り返してきた。
奏汰がその戦いしか存在しなかった半生を終わりにしたいと、愛する母の元に戻りたいと願ったとして、誰が止められるというのか。たとえ神ですら、その願いを止める権利など本来はなかったはずだ。
故に――――二人は何も言えなかった。しかし――――。
「わかった――――ありがとう女神様。それに、あの世界の皆も――――」
奏汰はオペルの話を聞き、一つゆっくりと頷いてそう言った。その奏汰の表情はどこか穏やかで、言葉通りオペルに対して、異世界の仲間たちに対しての感謝に満ちていた。
「俺――――あの頃は全然わかってなかったよ。あの世界のみんながそんなに俺の事を考えてくれてたなんて――――なんか、悪いことしちゃったな」
ほんの僅かな後悔を滲ませ、奏汰は呟いた。
「でも今ならわかるよ――――俺がここに来るまで、どれだけの人に支えられてきたのか。助けて貰ってきたのか。母さんにも――――保育園の先生にも――――一緒に遊んでくれた、もう名前も覚えてない皆にも――――」
「そうです……っ! 今ならまだ戻れます。今度こそ私が、いいえ――――私だけではありません。あなたがその尊い命を燃やしてまで救ってくれた世界に住む皆が、あなたの幸せを願っているのです……っ! だから――――っ!」
奏汰のその言葉に、女神オペルは不意にその声に力を込めた。
七年もの間奏汰と共に過ごしてきた彼女には見えたのだ。その言葉の先に――――奏汰が歩もうとしている道が。
「ありがとう女神様――――。でも俺は戻らない――――目の前で大変な目に遇ってるこの世界のみんなを放って、自分だけ元の世界に戻るなんてことは俺にはできない」
「奏汰……っ!? お主っ!?」
「でもそれじゃ、奏汰さんは――――!」
「ああ――――……」
その場に奏汰の声が響いた。
奏汰の下したその決断に凪と新九郎は驚きの声を上げ、女神はその場に膝を突いた。俯き、その美しい手が汚れることすら厭わずに土の中に手を埋め、肩を震わせた。
もし奏汰を、あの一度目の送還で母の元へと送れていれば――――。
奏汰が他の世界のことなど知らず、ただ世界を救った満足感だけを手に母の元に帰すことが出来ていれば――――奏汰は一も二もなく頷き、安堵の笑みと共に母の元に帰れたはず――――。
しかし奏汰は知ってしまった。神々の手で理不尽に苦しむ世界の有り様を。
そしてそうなれば、もはや奏汰がその世界を見捨て、母の元へと自分だけで戻ろうとはしないことを、オペルは良く理解していた。
「どうして――――っ。なぜ神々は、勇者の力などを――――っ」
オペルはその心の内で抑えていた上位神への怒りを覚えずにはいられなかった。
オペルの行使した帰還の術式はすでにあの時補足され、他の神々によってその行き先をねじ曲げられていたのだ。
勇者の力を廃棄するためではなく、真皇打倒に利用するため、通常のルートとは違う地へと導かれた。
異世界から適正ある者を呼びだし、勇者のチートパワーを与えてその世界に迫る危機と闘わせる。そして全てが終われば元の世界へと帰還させる。
それは数多に存在する神々の業務の一つであり、役割だった。
まだ下級の新米女神だったオペルは疑いもせずそれに従い、奏汰を喚んだ。
その結果がこれだった――――。
奏汰と共に駆け抜けた大魔王との死闘。そして明らかになった神々の
そして何より――――自分自身もそれを構成する側なのだという事実に、オペルはやり場のない憤りに嗚咽を漏らした。
「大丈夫だよ女神様! ちゃんとここの皆が大丈夫になったら帰るからさ! その時は女神様の力じゃ戻れないかもしれないけど――――きっとなんとかしてみせるよっ!」
「そんな――――! そんな話ではないのですっ! 奏汰っ! このまま戦い続ければ、あなたはいずれ――――っ!」
笑みを浮かべ、がっくりと膝を突いたオペルに手を差し伸べる奏汰。しかしオペルはその双眸に涙を溜め、何度も何度も首を左右に振った。何かを訴えるように奏汰の手を掴み、そして――――。
「――――見事。それでこそ勇者だ」
神代神社の境内に、一人の男の声が響いた。
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