武士の頭領
「
「フフフ……流石に知っていたようだねぇ? そうさ、十年前に神代を壊滅寸前に追い込んだあの偉大なる四位冠の方々が、よりこの地で自由に活動できるようにする――――それこそ、我らの狙いでありこの襲撃の意味よッ!」
燃えさかる
暖かな
「――――承知した。ならば俺がこの場で成すことはただ一つ」
たった一人。三体の位冠持ちに囲まれた将軍家晴はしかし、ならばとばかりにその手に掲げた二刀の柄に手をかけると、鈍く輝く刃を
「――――成敗ッ!」
「ハッ! 格好つけるんじゃないよッ! 将軍だかなんだか知らないが、死ねば何も残りゃあしないのさッ!」
瞬間。流麗かつ完成された所作で二刀を構えた家晴に対し、零蝋はその巨体を天へと跳ね上げて大きく距離を取った。
この戦いは一対三。そして零蝋は口でどのように言おうとも、もはや
「絶技――――
辺り一帯を吹き飛ばす音の波。空中に浮かぶ翼を持つ鬼、紫の小位――――
「清流剣――――
しかし家晴はその場から僅かに足を引くと、その左腕に持った長刀の刃をくるりと――――音も無く自身の正面で正円の軌道で振り払う。
「なんだと――――?」
常に感情を映さぬ雲柊の瞳が僅かに見開かれる。それもそのはず、家晴はその刃を静かに、身じろぎもせずに一振りしただけだ。
にも関わらず、家晴が立つ平屋方面へ放たれた極大の音の波は一瞬で
「アハハッ! お前とは一度やってみたかった! やっとこの時が来た! あたしと戦え! そして死ね――――ショウグン!」
「雲柊の音を凌ぐとはねぇ! けど、逃がしゃしないよぉッ!」
しかし鬼の攻勢はその程度で終わりはしない。雲柊の放った音の
さらには上空に舞い上がった零蝋の巨躯から、何重にも紡がれた
翡翠色の輝きを宿したそれは平屋の屋根を容易く撃ち抜き、もはや近づけば一瞬で肉片へと変えられるであろう風断と家晴の
「
「ハァァァァ!? 誰が――――! 誰が子供だってえええええッ!?」
風断の嵐のような
その家晴がふと呟いた童という言葉に
「合わせろ風断。畳みかける」
「うるっせええええええええ! 雲柊ううううううううッッッッッ! コイツ、コイツあたしを子供扱いしやがったあああああああッッ!」
「ハハハハ! こっちの用意も完了さね! さあ――――! これで終いにするよッ!」
三体の位冠持ち。それは一見すれば各々が好きなように動いているように見えたが、その裏では完璧な連携を見せていた。
闇雲に上空から降り注いでいるように見えた零蝋の
家晴は即座にその内の半数以上を切り払うが、足下から現れた糸を防ぎきれず、それ以上の後退を封じられた。
そこに異形の蟷螂へと
風断は無数に枝分かれして増殖した刃を超高速で家晴めがけ振り抜き、家屋諸共、空間そのものを削り取る斬撃を正面から浴びせかけた。
それと完全に同時。上空から超加速した雲柊が家晴めがけて飛び込む。
雲柊はその瞳を閉じ、自らの発達した感覚器が捉える景色だけを頼りに、その速度を一切緩めず、零蝋の糸、風断の刃、飛び散る家屋の残骸全ての狭間を縫って家晴へと超音波の刺突を浴びせかけたのだ。
それはまさに、
勇者の青――――亜光速への加速ではこの場を捌ききれない。
この状況を切り抜けるには、たとえ七日間の昏倒に陥ったとしても、勇者の銀を使って時空間を操作し、その上で三体の鬼を同時に叩き潰すしかない。
奏汰ですら、もはやそうせざるを得ない程の確殺の布陣。だが、当代将軍徳川家晴は――――全てのもののふの頭領であるこの男は――――!
「
足を取られ、四方を封鎖され、上空と正面。二方から迫る万を超える致命の
どのような達人であろうとも死を覚悟するであろうこの絶命の領域で、しかしその命を散らしたのは家晴ではなく――――。
「がッ!?」
「え……あ、れ……?」
気付けば、すでに家晴はその二刀を振り払い、自身へと襲いかかったはずの二体の鬼に
風断は自身の視界に映る家晴に斬りかかろうと、一歩でも近づこうと全身に信号を発したが、すでにその身は両断され、その上その切断面からは鬼を滅ぼす浄化の炎が燃え上がっていた。
雲柊も同様だった。自身の肉体は超音波の障壁に守られていた。それによって自らを弾丸と化し、家晴の命脈を絶つはずだった。
しかしどうだ。今この時、雲柊の意識は途絶えようとしていた。あれほどの勢いと加速を乗せた圧倒的エネルギーはその全てを
「う、雲柊!? 風断!? あんたら、一体なに――――が――――」
上空の零蝋が異変を悟る。自身が跳躍し、家晴との交戦を開始しててから今、こうして零蝋が着地しようとするまでに二十秒もかかっていない。
そして驚愕する零蝋の視線の先――――。
自らが翠の糸で穿ち抜いた家屋の大穴から、零蝋はこちらを見据える家晴の眼光を見た。その瞳に宿る、自身が全てを守り抜くとどこまでも定めた日の本の頭領の姿を見た。
「そ、そん――――な。ばか――――な――――」
そして、それがこの場で家晴と交戦した零蝋の見た最後の光景だった。
遙か上空。明らかに家晴の刃の射程圏外にいたはずの零蝋までもが、すでに
「――――眠れ。これにて手討ちとする」
家晴はそう言うと、
家晴の背後で、三体の位冠持ちが同時に青白い炎の中に消えた。
「
その声は、誰にも聞こえるものでなかった。しかしそれは全てを焼き尽くしかねない程の――――凄絶な執念に満ちた声だった。
位冠持ち三体を滅ぼした喜びも高揚も無い。
家晴はただただ怒りと自らの責務だけを胸に、自身の助けを待つ他の者達の場へと向かった――――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます