その怒りは誰に
暴風にも似た音の衝撃が炸裂し、辺り一帯の家屋が崩壊した江戸城前大通り。
将軍
「黒曜の四位冠――――じゃと――――っ!」
「クククッ――――アハハハハハハ! そうさ! 偉大なる我ら位冠持ちの長にして始祖! アンタにとってはさぞかし思い出深い名前だろう? 散々私らを滅ぼしていい気になっていたお前たち
将軍家晴と同様、この襲撃の目的を問いただした
だが、その名を聞いた凪は――――。
「よくぞ……ッ。よくぞ……ッ! 私の前でその名を口にしおったな――――ッッッッ!」
「凪っ!?」
瞬間、凪の長く
握り締められた
それは怒り。奏汰が初めて目にする、凪の
『――――あの頃は、とても幸せじゃった……毎日楽しくて……。
奏汰の脳裏に、青白い月の光の下で凪が語ってくれたかつての言葉と、その際に見せた彼女の余りにも深い――――その顔の色と動きすら
『辛いのは――――私だけではない。鬼によって家族を奪われた者は、他にも大勢おる。奏汰だって、大切な母様と離ればなれになり、それでもここでこうして
あの時、凪が語ったその言葉は、一体誰に向けられていたものだったのだろうか。
それは、凪が自分自身に向かい、必死に言い聞かせていたものではなかったか。
凪の発したあの言葉は、怒りと悲しみ、そして憎悪に駆られ、今にも復讐の鬼と化してしまうかもしれない自身の心を、必死に抑えていたのではないだろうか。
憎くないわけがない。悲しくないわけがない。
まだ十五歳になったばかりの一人の少女が、理不尽に全てを奪われて平然と生きていけるはずなどなかったのだ。
「フフ……いい眼になったじゃないか? 安心しな。アンタもすぐに家族の所に送ってやるよッ!」
「ッッ!」
それは明らかな挑発。眼前の零蝋はその鮮血の瞳で凪を見下ろし、その怒りと憎悪を手招いた。
そうなればもはや凪に自我の制御は不可能。まるで猫科の肉食獣のようなうなり声を上げ、その黒髪を
「――――駄目だ、凪」
「っ!?」
その時。怒りと憎悪に我を忘れ、血が滲むまでに赤樫の棒を握り締めた凪の手を奏汰が掴んだ。
「頼みがある。凪は
「か、なた……?」
凪の見開かれた瞳の奥。
片膝を突いた姿勢からゆっくりと立ち上がり、その全身から七色の光をゆらめかせて再び聖剣を構える奏汰の姿が、凪の青と黒の混ざり合った大きな瞳の中に映った。
「凪はいつも皆のために――――いつだって誰かのために一生懸命やってくれてる。優しくて、暖かくて――――俺だって、何度も凪に助けてもらった。凪のおかげで、俺はまた沢山笑えるようになった」
奏汰は言いながら、その聖剣の切っ先を眼前の零蝋に。その全てを射貫く眼光を三体の鬼全てに向けた。
「――――こいつらは俺がやる。凪はみんなを!」
「奏汰……」
奏汰のその姿に、今度は怒りではない感情で凪の瞳が見開かれる。
言葉はいらなかった。何よりも奏汰の目がそう言っていた。
凪は決して一人ではないと。
凪の持つ怒りも憎しみも、自分が共に背負うと。
もうこれ以上、凪から笑みを奪わせたりはしないと。
すでに、凪の中で渦巻いていた怒りは繋がれた奏汰の手の温もりに吸われていた。それはまるで、自身がずっと一人で背負っていた重荷を、奏汰が共に背負ってくれたかのように――――。
「ククッ……誘いに乗った馬鹿な巫女から先に潰してやろうかと思ったけど、どうやらもっと楽しいことになりそうだねぇ……。守れるものなら、倒せるものならやってみるがいいさ! 我ら三人を相手にしてなぁッ!」
そんな奏汰の様子に零蝋は舌なめずりし、隣に立つ
雲柊が動く。それは先ほど凪の四重結界を一撃で破砕し、辺り一帯を廃墟と化した極大の音による絶技の構え。
「凪っ!」
「ああ――――ああっ! がってんじゃ奏汰よっ!」
七年の死闘の果て。その心を失いつつあった奏汰に、暖かさと癒やしを与えた凪。
極大の怒りと憎悪を抱えたまま、一人生きてきた凪の感情を共に支えた奏汰。
二人は離れ際。その手の温もりを確かめ合うように、繋がれた手を強く握り合った。それは刹那の間だったが、確かに互いの想いが通じた瞬間だった。
「勇者式清流剣――――青の型ッ!」
奏汰と凪、二人は各々の役目を果たすべく加速。奏汰は眼前で翼を広げる雲柊に。そして凪はその周囲で倒れ、意識を失って
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