光の螺旋
それは
淡く移ろう柔らかな光がその星を照らしていた。
星の近傍に浮かぶ漆黒の闇。
その闇が反転するように輝きに包まれる。
そしてそこから放たれた一筋の
全てが癒やされていく。
あまねく無数の宇宙を生み出した神が、大罪の報いとして滅ぼした世界が癒やされていく。
すでに失われた命がある。
それでも懸命に今を生き続ける命がある。
失われたものは二度と戻らない。
なぜなら失ったという事実もまた、今を生きる命を構成する要素だからだ。
しかし――――それでも今だけは。今この時だけは違う。
過去から未来。この世界で生きた全ての命と願いがその光芒に集っていた。
ただひたすらに、その果てを目指して飛翔する光。
その光の中で手を繋ぎ、迷いなき瞳でただ一点を見据える三人の少年と少女。
その
「母、様……っ」
新九郎は
光が増す。新九郎を通じて、エリスセナが救った異世界の願いが合流する。
ずっと一人だった。全てを失い、たった一人となっても気丈に、気高く生き続けてきた
「っ……皆……大丈夫じゃ……っ。私は、もう大丈夫なのじゃ……! 皆の分も……私はどこまでも生きるのじゃ……! 心配させて……ずっと一緒にいてくれて、ありがとうなのじゃ……っ!」
輝きを纏い、思い人と手を繋ぎ、その目に涙を浮かべながら微笑む凪に、凪の父も母も、祖母も兄姉たちも皆安心したように笑った。そして小さな凪に寄り添うように集まると、皆の想いを伝えるように全員で凪の手を取った――――。
光が増す。凪を通じて、
会いたかった。帰ってただいまを言いたかった。胸を張って生きてきたと言いたかった。奏汰は無数の輝きに支えられながらも、その想いを抱え、悲痛な最後を迎えた母の悲しみを思い、涙を流していた。しかし――――。
「母さん……っ!」
奏汰は自らに寄り添う輝きの中に、自分を見つめる母の姿を見た。ずっと追い求め、引き裂かれた母の微笑みを見た。
『良かった…………奏汰が元気で、立派に生きていてくれて…………』
「母さん……っ! ごめん……っ! ごめんなさい……っ。いきなりいなくなって……ずっと…………帰れなくて……っ!」
その母の姿に大粒の涙を流し、その顔をぐしゃぐしゃにして謝罪する奏汰。しかしそんな奏汰に母は笑みを浮かべて首を振ると、そっと奏汰を抱いた。
『ううん……もういいの。これからは……母さんも奏汰とずっと一緒だから――――』
母は奏汰にその温もりを確かに伝えると、最後に奏汰の瞳をまっすぐに見つめた。そしてゆっくりと離れると、奏汰の成長を喜ぶように頷く。
『おかえりなさい奏汰……生きていてくれて、ありがとう……』
「かあ、さん……っ」
母の笑みと言葉は光の中に溶け、やがて輝きとなって奏汰の回りを静かに巡る。そしてその光はやがて今奏汰と手を繋ぐ一人の少女――――凪と重なって消えた。
「母さん…………」
「奏汰、もしやお主…………母様に会えたのか…………?」
涙を流してそう呟く奏汰に、案じるように声をかける凪。奏汰はそんな凪の蒼と黒の混ざり合った瞳の奥をまっすぐに見つめ――――頷いた。
「ああ――――っ!」
光が増す。それは奏汰自身が築き上げた願いの光。
奔り続ける光はその輝きを際限なく増し、光はやがて宇宙の果てまでも隈無く照らし、死に絶えた世界を瞬く間に蘇らせていく。
光はやがて奏汰たちがいる世界を超え、その先にある無数の異世界にまでも到達し始める。真皇の中に囚われていた億を超える勇者の力が溢れ、今まさに奏汰たちを滅ぼさんとしていた神々の軍勢を穏やかに照らした。
その光に敵意はなかった。
奏汰たちには、すでに神への怒りも
ただ自分たちの明日を続けるため。
ただ想いを通じ合った大切な存在と手を繋ぐため。
ただ自分たちの大切な人を守るためにその力を使っていた。
その光を恐れる必要などない。
その光に、神を害する意志などない。
崇高な精神の領域に踏み込み、高次存在へと到達した始原の神ならば、それに簡単に気づけるはずだった。だが――――。
『恐ろしい――――』
にも関わらず、その輝きを目にした始原の神の心を満たしていたもの――――それは例えようのない恐怖だった。
『恐ろしい――――恐ろしい――――恐ろしい――――恐ろしい――――』
理解できなかった。その輝きは始原の神の記憶の中にあるあらゆる現象を超えていた。理解出来ず、予想も出来ず、ただ目の前に現れたその絶大なる輝きに、始原の神は恐怖した。
なぜ恐怖するのか?
高次存在たる神は、自身が捕えた勇者たちが神を害する筈だと決めつけていた。
その絶大なる力を、神を滅ぼすために行使すると決めつけていた。
すでに奏汰たちの中にそのような意志はなかったにも関わらず、始原の神は眼前で起こったその輝きを、自らの手に負えない力の暴走としてしか受け取ることができなかった。
『恐ろしい――――なんと恐ろしい光。やめてくれ――――私をその輝きで照らさないでくれ――――どこまで逃げればよい? どこまで行けば助かる? どこまで逃げればこの光は消え失せる?』
恐怖に駆られた最も偉大なる始原の神は、ついにその光に背を向けた。
幾万の光年を超えてその光が届かぬ場所を探し、その光が見えぬ場所を探した。
しかし、すでに三人の光は全てを照らしていた。その光が見えぬ場所など無く、届かぬ場所など無数の宇宙のどこにも存在していなかった。故に――――。
『アア――――オソ――――ロシイ――――コワイ――――コワイ――――ヤメテ――――コワ……イ――――ヤメ……――――』
始原の神は――――その光に背を向けたまま、際限なく膨れあがった恐怖に押し潰されて消えた。
神は、最後まで気付けなかった。
自らが背を向けたその光こそ、自分自身がかつて確かに願った想いの結実の光だったことを――――。
誰かと手を繋ぎ、笑みを浮かべて語りあい、思いを伝え合う。
彼が高次存在となっても求め続けた、一つの命として当たり前のその願い。
始原の神はついにその結実を見届けていたにも関わらず、最後までその光に手を伸ばすことなく、小さくなって消えた――――。
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