少年剣士を続ける少女
「――――じゃあ、
「そうだ。新九郎が生まれた
月明かりが照らす庭を正面に、
今
その剣の腕は
「今回こうして九死に一生を得たことで、新九郎も鬼の恐ろしさがよくわかっただろう。俺も父として、もうお前にこんな危険なことはして欲しくないのだ」
「そっかぁ……。新九郎も色々大変だったんだな」
「しかしの、
「僕は……」
将軍自ら頭を下げる。
そんな姿を誰かに見られれば将軍の
それはつまり、彼が父として新九郎のことを大事に想う気持ちは本物であることを示していた。
凪も奏汰も、家晴のその気持ちが痛いほど伝わったからこそ、こうしてすぐに打ち解け、互いの腹を割って言葉を交わす事が出来たのだ。しかし――――。
「父上は……酷いですっ! 僕が幼き頃、父上は僕の目を見て男として強く生きよと仰って下さいました……っ! それなのに、どうして今はそう言って下さらないんですかっ? 僕は……僕だって、父上や皆の力になりたいのに……っ!」
「新九郎……」
しかし新九郎はそうは思っていなかった。尊敬し、深い愛情を抱く父だからこそ、その態度の
「僕ももう十四ですっ! 本来であれば妻となる女性を迎え、一家の大黒柱として立派に幕府の職務を勤めなければならない歳ですっ! だから……ずっと憧れていた神代の巫女である凪様に、僕の妻になって欲しいと想いを告げたのです……っ! ね? 凪様っ?(キリリリッ)」
「のじゃー!? 妻じゃと!? なんじゃ徳乃よ、お主そんなことまで考えておったのか……。 ――――悪いがお断りじゃ」
「えええええええッッッッ!?」
新九郎
「凪は新九郎と結婚するの嫌なのか?」
「嫌じゃ。なにより心が込もっとらん! お上の
「おお! あの円盤野郎もたまには良いこと言ってるんだな!?」
「そ、そんなああ……っ。凪様ぁぁあ……僕は本気で……っ!」
取り付く島もない凪の情け容赦ないその言葉に、がっくりと肩を落とし涙目となってぷるぷると震える新九郎。
横でそのやりとりを見ていた将軍家晴は、なにやら思うところがあるような様子で新九郎を見つめた。
「――――新九郎。ならばお前は、この父に自分が男として生きることを認めさせるために
「――――ありますっ!」
どこかたしなめるように、なだめるようにかけられた家晴の言葉。しかし新九郎は家晴のその言葉を
「最初はそうでした……いえ、今でも戦うのは怖くて嫌です……大嫌いですっ!」
「ならば……」
「でも……っ! でも城下の皆は泣いてるんですっ! 鬼にやられて……それでも僕たち徳川がいつかなんとかしてくれるって信じてっ! 僕だって……そんな皆の力になりたいんです……っ!」
新九郎はそう言って家晴の方へと向き直ると、両手を地面について深々と頭を下げた。
「弟たちも今は無事
「新九郎……お前、いつの間にそこまで……」
頭を下げてそう言い切った新九郎のその姿に、家晴は目を見開き、息を呑んで言葉を失う。
いつも調子の良いことばかり口にし、暇さえあれば昼寝や
「――――凄いな、新九郎は。そういうことなら、俺も一緒に手伝うよ」
「え……?」
決死の思いで初めて口にした偉大なる父への抵抗。恐怖と緊張から僅かに震える新九郎の肩に、奏汰はそっと手を置いて支えた――――。
「将軍様。俺からもお願いします。暫くは新九郎のやりたいようにさせてくれませんか? 新九郎はとっても強いです。今日だって、俺は新九郎に何度も助けられました。新九郎はもう、立派に町の皆を守ってるんです」
「奏汰さん……」
自分の横に並んで座り、一切の迷いを映さぬ瞳で家晴にそう告げる奏汰の横顔から、新九郎はなぜか目を逸らすことが出来なかった。
「きっと心配だと思うけど、これからは俺も新九郎と一緒に戦います。だから、お願いします――――」
奏汰はそう言って、新九郎や他の者達に習うように、できる限り姿勢を正して家晴に頭を下げた。
「わかった……。新九郎だけでなく、
「本当か!? ありがとう! やったな新九郎っ!」
奏汰と新九郎、正対して二人の言葉にじっと耳を傾けていた家晴は、暫しの
そしてその家晴の返答に奏汰は跳ねるようにして喜びを露わにすると、隣で呆然と奏汰を見つめていた新九郎の肩を掴み、にっこりと笑みを浮かべた。だが――――。
「えっ!? ――――あ、はいっ! や、やりましたっ! ありがとうございます、奏汰さんっ!」
「ああ! これからもよろしくな、新九郎!」
なぜか月明かりの下でもわかるほどに赤面する新九郎をよそに、奏汰は新九郎の手を取って、いつまでもにこやかに笑い続けていたのだった――――。
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