少年剣士を続ける少女


「――――じゃあ、新九郎しんくろうはもし将軍様に男の子が生まれなかった時のために、ずっとをしてるってことなのか?」


「そうだ。新九郎が生まれた時分じぶん、新九郎よりも上の我が子は皆幼くして亡くなったのでな……。だが、そんなことをする必要も今はなくなった。新九郎は本来、誰よりも女子おなごらしい優しく穏やかな心を持っている。出来ることなら、新九郎の好きに生きて欲しいのだが……」


 月明かりが照らす庭を正面に、きょうされた茶と団子をつまみながら特に気負うこともなく話をする四人。


 今奏汰かなたとその目線を合わせ、しっかりと頷きながら話す精悍せいかんな青年の名は徳川家晴とくがわいえはる。第十二代徳川幕府将軍にして、この日の本に住む全ての人類の筆頭。

 その剣の腕は大位の鬼おおくらいのおにすら明確に上回るとされる神域しんいきの剣豪であり、鬼の脅威に日々晒され続ける人々が今も希望を持って暮らせるのは、この家晴の存在が大きかった。


「今回こうして九死に一生を得たことで、新九郎も鬼の恐ろしさがよくわかっただろう。俺も父として、もうお前にこんな危険なことはして欲しくないのだ」


「そっかぁ……。新九郎も色々大変だったんだな」


「しかしの、徳乃とくのはなにやら私に求愛しておったのじゃぞ? それで奏汰や私と喧嘩になったのじゃ! 徳乃本人の気持ちはどうなんじゃ?」


「僕は……」


 至極真剣しごくしんけんな表情でなぎや奏汰に事情を話す家晴。この場に現れた家晴は、開口一番自ら頭を下げ、今回の件の謝罪と娘を救ってくれた事への感謝を奏汰と凪に述べていた。


 


 そんな姿を誰かに見られれば将軍の権威けんいそのものに関わりかねない行為だったが、家晴は迷うことなくそれを行った。


 それはつまり、彼が父として新九郎のことを大事に想う気持ちは本物であることを示していた。

 凪も奏汰も、家晴のその気持ちが痛いほど伝わったからこそ、こうしてすぐに打ち解け、互いの腹を割って言葉を交わす事が出来たのだ。しかし――――。


「父上は……酷いですっ! 僕が幼き頃、父上は僕の目を見てと仰って下さいました……っ! それなのに、どうして今はそう言って下さらないんですかっ? 僕は……僕だって、父上や皆の力になりたいのに……っ!」


「新九郎……」


 しかし新九郎はそうは思っていなかった。尊敬し、深い愛情を抱く父だからこそ、その態度の変遷へんせんを許せなかった。


「僕ももう十四ですっ! 本来であれば妻となる女性を迎え、一家の大黒柱として立派に幕府の職務を勤めなければならない歳ですっ! だから……ずっと憧れていた神代の巫女である凪様に、僕の妻になって欲しいと想いを告げたのです……っ! ね? 凪様っ?(キリリリッ)」


「のじゃー!? 妻じゃと!? なんじゃ徳乃よ、お主そんなことまで考えておったのか……。 ――――悪いがお断りじゃ」


「えええええええッッッッ!?」


 新九郎渾身こんしんの美しすぎる決め顔と共に放たれた突然の求婚宣言。しかし凪はそれを心底嫌そうな顔で正面から粉砕ふんさい。新九郎の決め顔と共に木っ端微塵こっぱみじんに打ち砕いた。


「凪は新九郎と結婚するの嫌なのか?」


「嫌じゃ。なにより心が込もっとらん! お上の夫婦めおと事情はよくわからぬが、少なくとも神代の教えは『』じゃ! それが神の気をさらに高めるのじゃー! にょわー!」


「おお! あのもたまには良いこと言ってるんだな!?」


「そ、そんなああ……っ。凪様ぁぁあ……僕は本気で……っ!」


 取り付く島もない凪の情け容赦ないその言葉に、がっくりと肩を落とし涙目となってぷるぷると震える新九郎。

 横でそのやりとりを見ていた将軍家晴は、なにやら思うところがあるような様子で新九郎を見つめた。


「――――新九郎。ならばお前は、この父に自分が男として生きることを認めさせるために凪姫命なぎひめ様に求愛したというのか? なぜそこまで意固地になる? 以前は剣を握るのも怖がっていたではないか。もうお前がそんなことをする必要は――――」


「――――ありますっ!」


 どこかたしなめるように、なだめるようにかけられた家晴の言葉。しかし新九郎は家晴のその言葉をさえぎる。


「最初はそうでした……いえ、今でも戦うのは怖くて嫌です……大嫌いですっ!」


「ならば……」


「でも……っ! でもんですっ! 鬼にやられて……それでも僕たち徳川がいつかなんとかしてくれるって信じてっ! 僕だって……そんな皆の力になりたいんです……っ!」


 新九郎はそう言って家晴の方へと向き直ると、両手を地面について深々と頭を下げた。


「弟たちも今は無事すこやかに育ち、もう僕が将軍を継ぐようなことにもならないでしょう。だからせめて……父上に男子として育てられ、鍛えて頂いたこの剣で、僕は皆を守ります。どうか、この不出来なの強情をお許し下さい……っ!」


「新九郎……お前、いつの間にそこまで……」


 頭を下げてそう言い切った新九郎のその姿に、家晴は目を見開き、息を呑んで言葉を失う。


 いつも調子の良いことばかり口にし、暇さえあれば昼寝や裁縫さいほうをしたがる可憐で優しい愛娘を、いつの間にかそうさせてしまっていたことに、家晴は自身のとがを自覚した。そして――――。


「――――凄いな、新九郎は。そういうことなら、俺も一緒に手伝うよ」


「え……?」


 決死の思いで初めて口にした偉大なる父への抵抗。恐怖と緊張から僅かに震える新九郎の肩に、奏汰はそっと手を置いて支えた――――。


「将軍様。俺からもお願いします。暫くは新九郎のやりたいようにさせてくれませんか? 新九郎はとっても強いです。今日だって、俺は新九郎に何度も助けられました。新九郎はもう、立派に町の皆を守ってるんです」


「奏汰さん……」


 自分の横に並んで座り、一切の迷いを映さぬ瞳で家晴にそう告げる奏汰の横顔から、新九郎はなぜか目を逸らすことが出来なかった。


「きっと心配だと思うけど、これからは俺も新九郎と一緒に戦います。だから、お願いします――――」


 奏汰はそう言って、新九郎や他の者達に習うように、できる限り姿勢を正して家晴に頭を下げた。


「わかった……。新九郎だけでなく、大位の鬼おおくらいのおにを討ち果たしたにそうまで言われては、俺も返す言葉もない。認めるしかあるまいな……」


「本当か!? ありがとう! やったな新九郎っ!」


 奏汰と新九郎、正対して二人の言葉にじっと耳を傾けていた家晴は、暫しの沈思黙考ちんしもくこうの後――――まぶたを閉じたままそう告げた。


 そしてその家晴の返答に奏汰は跳ねるようにして喜びを露わにすると、隣で呆然と奏汰を見つめていた新九郎の肩を掴み、にっこりと笑みを浮かべた。だが――――。


「えっ!? ――――あ、はいっ! や、やりましたっ! ありがとうございます、奏汰さんっ!」


「ああ! これからもよろしくな、新九郎!」


 なぜか月明かりの下でもわかるほどに赤面する新九郎をよそに、奏汰は新九郎の手を取って、いつまでもにこやかに笑い続けていたのだった――――。



△――――――――――――――――△



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