第三章 勇者の修行

鬼は輝きの元に

 

 ぼんやりとした輝きが天に浮かぶおぼろな空間。

 そしてその光に照らされた、見渡す限り遙か彼方まで続く壮麗そうれいな高層ビル群。


 金属とも、石材ともつかぬ材質で作られたそれらの建物は、昼の夜の区別もなく、せわしなく明滅めいめつを繰り返している。

 さらにはその巨大構造物の隙間を縫うようにして、無数の特異な形の飛翔物体が空中を高速で飛び交っている。


 しかし、そこまで見事に発達した都市群を形成していながら、その街並みの中には人影は愚か、生命の痕跡こんせきすら見られなかった。

 

 そしてその巨大都市の中央。そこには全長数千メートルにも達する超巨大構造体が、周囲の街並み全てを見下ろすようにして鎮座ちんざしていた――――。


「――――くそっ! ちくしょうっ! 後一歩というところでッ!」


 巨大な構造体の内部。周囲を囲む都市を遙か眼下にのぞむガラス張りの通路。

 全身を深く傷つきながらも、怒りと憎悪に燃える声を上げる零蝋れいろうが、その蜘蛛に似た下半身を引きずるようにして進んでいた。


「キキキ……なんとも酷い有様じゃありませんか。ねぇ、零蝋さん……?」


「……五玉ごぎょく!?」


 突然の声に振り向く零蝋。そこにはふわふわと宙に浮かび、四つの顔の内一つを金属の仮面で覆い隠した子供のような体躯の鬼、紫の大位しのおおくらい――――五玉がにこやかに笑みを浮かべていた。


「だから言ったじゃないですかぁ? 塵異じんいさんを失い、怒りに囚われた今のアナタでは、剣奏汰つるぎかなたの相手は荷が重いと。他の皆さんも、大層心配しておりましたよ?」


「違うッッッッ! あのガキは殺せていたッ! 神代かみしろの、あの女の邪魔さえなければ……ッ!」


 哀れむようにまゆを寄せ、残された三つの顔を歪める五玉。

 しかしその時、未だに怒りが収まらぬ零蝋を見かねたのか、さらにもう一つの人影がその場に現れる。


「――――だからさァ、そこがうまくないって言ってンだよ。俺たち小位しょうくらいは小位らしく、地道にコツコツが基本だろ?」


六業ろくごう……! アンタだって、あの人には世話になってたろうっ!? 悔しくないのかい!? 憎くないのかいッ!? たかが人間如きにあの人を奪われて、私は……ッ!」


 五玉に続いてその場に現れたのは、肌の線がはっきりと浮かび上がる衣服を纏い、無数の装飾品そうしょくひんを身につけた滑らかな体躯の金髪の青年だった。


「そうそう、それだよ。姉さんは人間如きって良く言うけどさァ……。塵異さんを倒したのはその人間だろ? そんな奴らをとか言えンのかよ? もう止めなよ、アイツらをあなどるのはさァ……」


 零蝋から六業と呼ばれたその青年はしかし、零蝋の言葉に肩をすくめて首を振る。しかし軽々しい物言いに反し、六業の赤い瞳には零蝋への哀れみの色がありありと浮かんでいた。


「ぐっ……ぐうううう……っ! うううああああ……ッッッ! わ、私はっ! 私は……あの人の……夫のかたきを……っ!」


「なんとおいたわしい……今や零蝋さんは、小位の中でも最も長く生きた者。零蝋さんがここまで長くのも、全ては塵異さんとの強い絆あってこそでしたからねぇ……キキキ」


 二人の言葉に、零蝋は悔しさと自身の不甲斐ふがいなさに体を震わせ、崩れ落ちるようにして地面へと伏せる。

 その美しい双眸そうぼうからはついに止めどなく涙がこぼれ、透明なガラス張りの通路の上に落ち、弾けた。だが、そこに――――。


「だからさァ……それを姉さん一人でやるなって言ってンだよ……。俺だって塵異さんには何度も助けて貰ってンだ。俺だけじゃねえ。他の二人も人間共を潰したくてウズウズしてる。 ――――姉さん一人にはさせねぇよ。俺たち小位、四人でやろうぜ……!」


「ろ、六業……アンタ……!?」


 六業は崩れ落ちた零蝋をいたわるようにその前に片膝かたひざをついてそう言うと、傍に浮かぶ五玉へと、先ほどまでとは違うを向ける。


「そういうわけで五玉さん。塵異さんがあと一歩まで来てた。小位全員でやっちまっていいかな――――?」


「キキキ……! 煉凶れんぎょうさんなどは、剣奏汰とまた戦いたがってましたけどねぇ……。まぁ、いいでしょう。他の皆さんには私から言っておくとしましょうか……」


「六業……五玉……っ! すまない……! 恩に着るよぉ!」


 六業の言葉を受けた零蝋はその目に再び憎悪と闘志をみなぎらせると、その妖艶ようえんな唇から鋭い牙を覗かせて立ち上がる。

 六業もまた零蝋のその姿を見て安心したようにうなずくと、じゃらじゃらとした金属の装飾品を幾重いくえにも巻き付けた腕をぐるぐると回した。


「じゃ、俺は他の二人に言ってくるわ。姉さんはさ、まずその怪我を治しなよ。俺たち四人で、あなどることなく、確実に殺す。その方が絶対スカッとするからさァ!」


「キキ……くれぐれも命を粗末にしないことですねぇ。特に剣奏汰――――わかっているとは思いますが、あの男には最大限の警戒をすることです」


 だが、士気高く充実した闘気とうきみなぎらせる二人に、その場でふわふわと浮かぶ五玉は重ねて注意をうながした。


「千年前――――我々がなどという異分子の襲撃を受けた際。私以外の大位は皆その大魔王一人によって滅ぼされました。剣奏汰の強さは、その大魔王すら上回る可能性があります。もし貴方達の手に負えないとなれば、その時は遠慮せず、すぐに撤退しなさい……わかりましたね?」


「アァ……わかってるよ。いつも気を使わせちまって悪いな、五玉さん」


「いえいえ。では、私はここで小位の皆さんのご武運をお祈りしていますよ……キキキキッ!」


 五玉はそう言うと、ガラス張りの通路から溶けるようにして姿を消す二体の小位の姿を、満面の笑みと共に見送るのであった――――。


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