第四章 はぐれ鬼の社

廃寺で猫は眠る


 行く道で偶然出会った猫から直接手がかりを聞いた三人が向かった先。

 それほど時間もかからずに辿り着いたそこは、異様な空間だった。


 長屋街ながやがい神田上水かんだじょうすいの川の流れから二本ほど奥の道へと入り、細く曲がりくねった道を抜けた先。突如として開けた三人の視界に、実におどろおどろしい雰囲気の廃寺が飛び込んできたのだ。


「ほむ……これは仏僧の領域か。あまり馴染みのない空気じゃが……」


「そうだな……俺も子供の頃はお寺って結構苦手だったんだよな!」


「いやいやいやいやっ!? これどうみてもそういう問題じゃないですよねっ!? 絶対鬼とか悪霊とかそういうのいるやつですよね!? しかもこれ見て下さいよ!? 四十万しじまさんに貰った地図! ここにこんな廃寺があるなんて全然書かれてないですよ!?」


 そう言って分厚い紙束を取り出し、本来であればこの場所に当たるはずの地図を広げて見せる新九郎しんくろう

 その部分には確かにどこにでもある長屋街ながやがいが描かれており、寺社仏閣じしゃぶっかくは愚か、このような広々とした空間があることすら記載されていなかった。


 三人の前に突然現れたその廃寺は、あたりが真っ昼間だというのに紫色の禍々まがまがしい邪気を放っており、なぜかその寺の周囲だけ深い霧が立ちこめていた。


 本堂の扉は無残に崩れて開け放たれ、生暖かくねばついた、じっとりとした風が内側からただよってくる。

 しかもその上、さらなる追い打ちをかけるように軒先で羽を休めるずらりと並んだ何十羽ものカラスの姿と、建物のあちらこちらで巨大な巣を張るまだら模様の蜘蛛の姿がやけに目立っていた――――。

 

「ひええええええ!? 無理無理無理無理ぜったいむりいいいいいい!? こ、こんなに怖がらせて、ぼ、ぼぼぼぼぼ、僕を殺す気ですかっ!? こ、怖いです! 入れません! 許して下さい! あ! じ、持病の脚気かっけが……っ!」


「大丈夫か新九郎っ!? お前病気だったんならそう言ってくれれば……っ!?」


「にゃはは! そう案ずるでない新九郎よ! 後で脚気かっけにも効く薬膳やくぜんを出してやるでな。以前影日向かげひなたが言っていたが、脚気かっけは野菜やを食えば治るのじゃ!」


「へえ~……そうなんですか。それは知りませんでした。いえ、実は僕全然脚気かっけとかそういうのもなくて……ってあああああああああっ! いやだあああ! 行きたくなああああい! 死にたくなあああああいっ!」


 非の打ち所もないその美貌を散々に歪め、必死の形相で抵抗する新九郎だったが、なぎはそんな新九郎の体をひょいと片手で担ぎ上げると、そのままトコトコと廃寺に向かって進んでいく。


「大丈夫だよ新九郎! それにほら、一人でここで待ってたりしたら多分もっと怖いと思うんだよ。絶対に俺が守るから、皆で一緒に行こう!」


「はうぅ……言われてみればそうかも……。わ、わかりましたぁ……っ」


 まるで水場に連れて行かれるのを嫌がる猫のように目を剥いて暴れる新九郎だったが、安心させるように微笑む奏汰かなたの言葉にようやく落ち着きを取り戻し、全てを諦めたかのようなぐったりとした姿でそのまま廃寺へと担ぎ込まれていくのであった――――。



「――――にゃあさんっ!?」


「こいつは……!? どうなってるんだこれ!?」


「あわわわわ……っ!?」


 ギイギイと木材のきしむ音のする床を注意深く踏み締め、枠から外れた大きな扉から廃寺の内側を覗き込んだ先――――そこにはなんと、数え切れないほどの猫たちが、生きているのかも死んでいるのかも定かではない有様で横たわっていたのだ。


「なんじゃこれは!? 一体どうしてこんなことになっとるんじゃ!?」


「――――待ってくれ凪! 俺がやってみる!」


 悲痛な表情で一匹の三毛猫に駆け寄ろうとする凪だったが、奏汰はそんな凪を制すると、片膝かたひざをついてその猫に手を添え、手のひらから柔らかな緑色の光を放った。


「奏汰……? それは……お主が時折怪我を治す時に使っておった……」


だ。実はこれ、本当は怪我を治す力じゃなくて、呪いを解いたり毒を消したりする力なんだ。もしこの猫たちがなにかの力でこんなことになってるなら、これで――――」


「……にゃあ?」


「にゃあさんっ!?」


 するとどうだろう。奏汰の光を浴びた三毛猫はまるで何事もなかったかのように目を覚ますと、目の前の凪と奏汰をその丸い瞳でしっかりと見上げ、それなりに元気な鳴き声を上げたのだ。


「良かった……っ! どうやら怪我などもないようじゃ……! ありがとう、奏汰よ……」


「ふう……。なんとかなって良かった。けど――――」


「はわわわ……!? お、お二人とも、あれ見て下さい! あれっ!」


 無事に何事もなく目を覚ました猫の首元を優しく撫でながら、ほっと安堵あんどの息をつく奏汰。

 しかしそんな二人をよそに、怯えながらもなんとか二人に付いてきていた新九郎はその全身をガタガタと震わせ、今にも腰を抜かしそうな勢いで崩れかけた寺の奥を指さした。


「なんじゃ……? これは……?」


 新九郎の指さした先――――。


 そこにはぼんやりと――――しかしはっきりと実像をもってその輪郭りんかくを描き出す、の姿が浮かび上がっていた――――。


 

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