地獄


「いやぁ……でも本当に良かったですね。猫さんたちが無事で」


「そうじゃな。あのような光景を目にしたときは肝が潰れたが……本当に助かったぞ、奏汰かなた


「役に立てて良かった。勇者の緑も、ちゃんと普通の使い方をすれば俺もそんなに疲れないし、猫もみんな目を覚ましたし――――これで後は、その根っこを確認するだけだな!」


 奏汰、なぎ新九郎しんくろう。三人の声がその場に木霊こだまする。


 先へ先へと歩みを進める三人の周囲。そこはうすぼんやりとした明かりが転々と灯り、つるりとした石壁がまっすぐに続くだった。


 廃寺で眠る猫に囲まれるようにして奏汰達の前に現れた黄金の門。

 全ての猫の覚醒を終えた奏汰たちは、僅かな逡巡しゅんじゅんの後その門の向こう側を確認することに決めた。


 申し訳程度に明かりが灯っているとはいえ、どこまでも続くその洞窟は薄暗く、凪や新九郎は今まで嗅いだことのない独特の臭いに僅かに顔をしかめる。

 だが奏汰だけは、どこかその臭いと空気感に懐かしさのような物を感じ取っていた――――。


「そういえば奏汰さん。ここに入る前に門の前で何かしてましたけど、あれって何をされてたんですか?」


「ああ、あれはだ。俺の剣で傷をつけた場所にどこからでも一瞬で飛べる。けっこう便利だし、連発しなければ俺も疲れないんだけど、いまいち影が薄いやつだ!」


「つまり、この奥でなにかあればすぐに出口まで戻れるというわけじゃな? 先ほどのにゃあさんに使ってくれた緑色の力といい、奏汰は本当になんでもできるのじゃ!」


「でも戦いで良く使うってなるとやっぱり赤か青……あとはたまにかな。せっかく色々出来るんだし、もっと何か出来ないかなとは思ってるんだけど」


「へぇ……傷をつけた場所に一瞬で……。なるほど、それは確かに便利ですね……」


 勇者の白という奏汰の持つ力の説明を聞いた新九郎は、歩みを進めながらも自身の手を顎先あごさきに当ててなにやら首をかしげる。


 しかし三人がそうしている間にも、どこまでも続くかとも思われたその洞窟は唐突に終端を迎えた。


「だれ、だ……?」


「っ!?」


 長い長い洞窟を抜けた先。そこには、その全身をさび付かせた、全長二メートルほどの鈍色にびいろの四本腕の鬼――――のように見える異形が立っていた。


 その鬼がいる場所は高い天井と滑らかな丸い壁を持ち、闇に包まれながらも最低限の視界は確保される程度の、弱々しい光がゆっくりと明滅めいめつしている。


「っ!? お主は……鬼じゃなっ!? こんなところで一体何を企んでおった!?」


「お、に……? わから、ない……」


「あの……な、なんかこの鬼、様子がおかしくないですか……?」


「う、うむ。なにやら調子が狂うのう……」


 目の前に現れた広大なホール状の空間と異形の鬼の姿に、即座に身構える奏汰達。しかしそんな奏汰や凪の姿を見た目の前のさび付いた鬼は、不思議そうにその赤く光る目を三人に向けた。


。おれは、四の、十六……ここで、待つように言われた」


 その体をきしませながら、目の前の鬼は自らを四の十六と名乗った。するとそれを聞いた奏汰は即座に前に進み出ると、ホール全体に響きわたる程の大きな声で四の十六に向かって叫ぶ。


「俺は剣奏汰つるぎかなただっ! 教えてくれ、お前は鬼じゃないのか?」


……というのはわからない。おれは、道を守るように、言われた……ずっと、守っている……」


 奏汰の問いにも素直に答えつつ、四の十六はじっと観察するようにして奏汰の目から肩口、胴体にかけてゆっくりと赤い眼光を当てていく。

 しかし一方の奏汰は四の十六のその答えに大変満足したようで、何度かうなずくと満面の笑みを浮かべ、聖剣を収めて四の十六にびしっと手を挙げた。 


「そっか! 大変だな! 頑張れよっ!」


「ありが、とう……」


「ああ! ――――よし、じゃあ帰るかっ!」


「えええええ!? これで終わりですか!? それでいいんですか奏汰さん!?」


「だってなんかこいつ悪い奴じゃなさそうだし……」


「――――まあ待つのじゃ奏汰よ。さすがにそれは早すぎじゃ! 四の十六とやら、私からも二つほど尋ねさせて貰っても良いかの?」


 意気揚々と帰ろうとする奏汰を素早く凪は制すると、今度は自分が四の十六の前に進み出てその小さな手に二本の指を立てながら尋ねる。


「一つ目は外で寝ていたについてじゃ。実はここの外で沢山の猫たちが捕らわれたようにして眠っておった。お主、それについて何か知らぬか?」


「外というのは、わからない……でも……猫は、好き、だ……カワイイ……」


 するとどうだろう。凪からの一つ目の質問を受けた四の十六は、ややいびつな形でそのさび付いたに笑みを浮かべると、なにかを思い出すようにしてそう言った。


「ほむほむ? まさか、お主もにゃあさんが好きなのか?」


「猫……好きだ……。でも、思い出せない。ずっと昔、猫と、遊んでいた……ような……」 


「……なあ凪、こいつは猫に悪いことしそうになくないか? もし何かしちゃったんだとしても、そうしようと思ってやった感じじゃ……」


「僕もなんだかそんな気がします……。こんな鬼もいるんですね……」


「たしかにの……。私もこのような鬼と会ったのは初めてじゃ……」


 凪の一つ目の質問はそれで終わった。四の十六の固く、しかし明確に本心から出たであろうその笑みは、凪にそれ以上の追求の気を失わせた。そして――――。


「わかった。それについては信じるぞ、四の十六よ。それでの、もう一つの質問なんじゃが――――?」


「ここは――――」


 凪は一つ息をつき、僅かに間を置いてから再び目の前の鬼に二つ目の問いを発した。四の十六はその質問にも顔色一つ変えず、ただ淡々とかすれた音を発した。


。おれたちが、すむ。地獄――――」


「地獄……じゃと?」


「――――アァ? マジかァこれ? なンでこんなところに人間がいるンだァ?」


 四の十六の発したその答えにまゆひそめる凪。しかしその時、奏汰達と四の十六が向き合うその場の側面から、僅かな足音とともにやや軽薄そうな男の声が響いた。


「誰だっ!?」


「……ンンン? アレ? なんだなんだなんだ? もしかしてアンタ……?」


 薄暗い闇の中で、その声の主が身につけている大量の金属の装飾品がじゃらじゃらと音を立て、うっすらと光を反射する。

 闇を抜け、奏汰達の前にはっきりと現れたその姿は、褐色の肌に金色の髪、そして蛇のように縦に割れた赤い瞳を持つ青年だった。


「アーハハ。こいつァゾロゾロとお揃いじゃんねェ? なンでこんなとこにいるのかはしらねェけど。せっかくだしちょっと遊んできなよ。退屈はさせねぇからさァ……!」


 現れた青年はそう言うと、その整った顔を禍々まがまがしく歪め、その双眸そうぼうを濁った鮮血の色に輝かせてわらった――――。 

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