闇の決断
闇が晴れていく。
それをすっぽりと覆っていた巨大な闇がゆっくりと移動を開始する。
闇が移動を開始したことで、それまで無機質な光だけが灯っていた高層ビル群に幾千年ぶりとなる陽の光が射す。
しかしすでにその世界に住む者はいない。
たった今太陽を遮ることを止めた闇。百億に達しようとしていたこの星の住人を始め、あらゆる生命はすでに頭上の闇の中へと飲み込まれた。
全ては神の怒りに触れたが故。
異世界の観測という、あらゆる宇宙で許されることのない大罪を犯したこの星の人々は、自らがどのような行いをしたのかも理解出来ぬまま、神の創造物の贄として捧げられた。
あらゆる命の絶えた広大なビル群。
そこではただ自動化された車両だけが休むことなく走り続け、無味無臭の電飾の光が昼夜を問わず灯り続けるだけだった。
そしてそんな地上を見下ろす天上。
はるか彼方の眼下に蒼い大地を臨む虚空――――真空広がる宇宙空間に浮かぶ完全なる黒――――その直径はゆうに数百万キロに及び、しかも現在の大きさはその巨大すぎる実像を移動しやすいように縮小した状態の姿なのだ。
かつて神々がその総力を結集して産みだし、先に創造していた究極の兵器――――勇者を廃棄するために生み出した、全てを飲み込む闇。
それはまるで、自らの世界では常に絶える事なき笑みを浮かべ、自身の世界に住む万物から愛される輝きを発し続ける神々の光が生んだ、あまりにも深い闇の具現化だった。
たとえどのような光にも、必ず影は生じるもの。
しかし自分たち神だけは違うと――――神の発する光には影など生じないという
それこそが――――その黒に黒を重ねた闇の正体だった。
「こうして私たちが陽の光に照らされるのも久しぶりですね……。やはり、太陽の輝きというのは良いものです……」
「そうだな……ようやく真皇の闇に囚われてしまった皆にもこの陽の光を見せることが出来る。俺たちは、そのために今日まで戦ってきたのだ」
そしてその闇の
「まだだよ二人とも。僕たちの目的はまだ何も果たされていないし、始まってもいない。このまま真皇を領域の境界面にぶつけても闇が足りない。どうやら、将軍は生き長らえたようだからね」
「だろうな。あの男も見上げたものだが、やはりあの旧き神々の一欠片。平時であれば、アレがあそこまで全力で人に与することなどないであろうに……」
「はいはーいっ! 私はなんとなくその神様の気持ちがわかるよっ! 誰だって閉じ込められるのは嫌でしょ? 私だって、もうお家に帰りたいもん。いくら神様だって、きっとそうだと思うの! アナムもエッジハルトも、ミスラだってそうでしょ?」
やがて、その場に響く声は四つとなっていた。
しかしそれら声の主はもはや今までの闇に輝く光ではない。
かつて大魔王ラムダが妻と共に決死の覚悟でこの闇の中枢まで赴き、展開した結界によって現世へと干渉する力を奪われたかつての至高の勇者たち。
黒曜の四位冠。
一人は紫色の長髪を一つにまとめ、銀と金の甲冑にその身を包んだ
その隣に立つのは純白の法衣に身を包み、光の当たる角度によって色彩の変化するオーロラの髪をなびかせた、最後に現れた少女からミスラと呼ばれた神官然とした妙齢の女性。
そして最強の勇者の二つ名を持つ赤髪の少年、アナム。彼の隣には、深緑色の長髪を二つに纏めた小柄な少女が笑みを浮かべて立っていた。
「確かにあの神の介入は厄介だけど、アレだって真皇の中にいる限りは碌なことはできやしない。僕たちは最初の予定通り、真皇の闇が足りなかった時の計画を実行に移せばいいだけさ」
「究極の光となった超勇者の少年と真皇をあえて対峙させる――――私は未だに納得できません。彼も多くの物を失ってきた私たちの仲間ではないのですかっ? その彼を、この最後の刻に利用するなんて――――」
「そうだよね……。実は私、結界が消えてすぐに地上を覗いてあの子のこと見たんだよ。あの子……とっても一生懸命で、こんな世界に閉じ込められたっていうのに、一つだって何かを恨んだりしてなかった……私なんかより、ずっと立派な勇者だったよ……」
赤髪の少年――――最強の勇者アナムが事も無げに口にしたその計画に、ミスラと深緑色の髪の少女は明確な難色を示した。
「ねえ……っ! やっぱり今からでもあの子やその変な神様とお話することはできないのっ!? 姉さんだって結局戻って来れなかった……幻だとか本当だとかどうでもいい……っ! 私、もう誰にも消えて欲しくないよ……っ」
「残念だが……それは出来ない。キリエの気持ちもわかる。だが、もはやこの世界の外で神々の攻撃準備は殆ど完了しているのだ。これ以上俺たちが時間をかければ、救えたはずの命すら救えなくなってしまう」
「それに……残念だけどあの超勇者の子は遅かれ速かれもうすぐ死ぬよ。一合だけど刃を交えた僕にはわかる。あの子は……超勇者はもう完全に踏み越えている。僕だってあと少し気付くのが遅ければあの子と同じになっていた。全て、あの神々のせいだ……ッ!」
「他に、道はないのですか……っ? 私には、やはりあの世界の人々が幻だとは……」
その場に集う四人の中に、笑みを浮かべている者は一人としていなかった。
四人全員がその心に浮かぶ悔恨と悲しみの痛苦に表情を歪めていた。
だがただ一人。
最強の勇者アナムだけは、その瞳に全ての感情を上回る憎悪の炎を燃やして叫んだ。
「ならここで僕たちが倒れたら……諦めたら! 誰が神の罪を裁くっていうんだ!? 今こうしている間にも、真皇の闇の中に投げ捨てられる勇者の数は増え続けている……! 終わらせないといけない……! 僕たち勇者が真に倒すべき存在を、何を犠牲にしてでも、ここで終わらせないといけないんだ……ッ!」
「アナム……」
その身から虹を超えた極光の輝きを奔らせて感情を露わにするアナムの姿に、キリエと呼ばれた深緑色の髪の少女は力なくその首を振って俯く。
エッジハルトはそっとそんなアナムの肩をなだめるようにして支えると、ミスラとキリエを見つめて決然とした口調で語って聞かせた。
「わかっている……俺たちの心は常にお前と共にある。だが俺たちもまた勇者だ、皆守る者のために戦ってきた。この最後の刻、何かを犠牲とすることに迷いが生じても仕方あるまい」
「っ…………すまない、エッジハルト。それに二人とも……。駄目だね、あいつらのことを考えると、どうしても怒りを抑えられなくて……怒鳴ったりしてごめん……」
「いいえ、アナム……貴方の気持ちは良く存じています……。ですが、エッジハルトの言う通り私もまた勇者の端くれ。残された僅かな間だけでも、私に出来ることがないか模索をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「私も……やっぱりまだ諦めたくないよ……。お願いアナム、私にも時間が欲しい!」
その感情を鎮め、謝罪するアナムにミスラとキリエは懇願するように願い出る。
そんな二人にアナムは平静を取り戻した表情で頷くと、ようやくその年相応の柔らかな笑みを浮かべた。
「わかった。もう他に出来ることがあるとは思えないけど、それでも最後まで何かしたいっていう二人の気持ちは僕にもわかるよ。でもこれだけは約束して欲しい――――皆がどんな決断をするにしても、必ず他の皆に自分の考えを伝えて欲しいんだ。もしそれでお別れになる時に、何も言わずに皆がいなくなっていたら、とても寂しいからね――――」
たった今天をも焦がさんばかりの怒りと、神すら滅ぼす力の奔流を見せた者と同一人物とはとても思えないアナムのか細い言葉――――。
少年を囲む三人の勇者は皆その言葉に確かに頷くと、各々の決断を定めるべくその場から消えた――――。
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