皆でやるということ


「――――では纏めます! 僕たちが今やらないといけないことは三つ。一つ、奏汰かなたさんを死なせない! 二つ、真皇しんおうを止める! 三つ、真皇ごと僕たちを滅ぼそうとしている神様をなんとかするっ! これでいいんですよね?」


「のじゃ! 奏汰を救う術はたった今話した内容でじゃな! それもこれも、なにかもこうして集まってくれた皆のお陰……どれほど感謝してもし足りないのじゃ……っ!」


「うむ。貴様らが城に行っている間、余もここにいる駄女神の話を元に探りを入れておいた。超勇者の命脈に関しては想定外ではあったが、そもそも残りの二つをなんとかするためには死にかけの勇者の力が絶対的に必要となろう。まずは超勇者の命を救わねば話にならんからなッッ!」


 早朝から始まった


 時刻は間もなく正午を迎えようという頃、、いよいよ次は世界へと迫る脅威――――真皇への対処へと移っていた。


 何枚もの紙を連ねた用紙に見事な達筆で要点をしたため、両手で高々と掲げて見せる新九郎しんくろう

 そこに描かれた三つの達成目標に、開け放たれた拝殿はいでんの戸の外から意味も分からず会議の様子を見守る江戸の町民たちもふむふむと頷いていた。


「では、次は真皇をどうするかなのですけども――――はっきり言いますと、真皇と四位冠の皆さんの目的はただ一つです。真皇の闇を様々な方法で増大させ、神様の作ったこの牢獄を破壊して外に出る。そして真皇の闇に今も囚われ続けているする――――」


 そこで、この場にいる者の中でもっとも真皇勢力の内情を知るかつての緋の大位、れんが改めて声を上げた。


「真皇の巨大な闇の中には、私や六郎ろくろう君、理那りなさんが住んでいた世界の人々と、真皇の中に廃棄された大勢の勇者の魂のしています。ですが――――強い力を持つ勇者の皆さんはともかく、私たちの世界の住人たちはもうとっくに死んでいます――――私や理那さんのように位冠を与えられた者だけが、真皇の力で肉体を再生、もしくは維持していました」


 蓮は周囲を見渡しながらそう言うと、ふと――――六郎の隣にちょこんと座り、ぎゅっとその小さなてで六郎の手を握るまちへと目を向けた。


「そして――――私も驚いたのですが、そうやって真皇の闇の中で消えた私たちの世界の人間の魂は、この世界の人間として転生している可能性があるようです。おそらく、まちさんも――――」


「わたし……? って何だろ?」


「俺とまちがだったってコトさ。これからもずっとな……」


 蓮から突然自身の名前が出たことで、不思議そうに首を傾げるまち。そんなまちの黒い髪を、隣に座る六郎は穏やかな笑みで優しく撫でて見せた。


「僕となぎさんが戦った五玉ごぎょくさんは言っていました。この世界はだって――――でも、五玉さんはこうも言っていたんです。僕の母様は幻のはずのこの世界を救うための答えを見つけていた――――って――――」


「その通りだ、新九郎よ。そしてそれは貴様だけではない。異世界から実体を持ってこの世界に降臨した大魔王である余の血を引く神代の血族――――凪もまた、真皇の生んだ幻などではない」


「そして――――新九郎君のお母様が仰った通り、真皇を止める鍵はそこです」


 連はそう言って隣に座る理那に目配せすると、自身は着座して理那に説明役を引き継ぐ。


「四位冠はを真皇の闇に囚われた無数の。私たち地獄に元から住んでいた者はもう死に絶えているから救えないし、この現世も幻だから救う必要は無いと切り捨てている。そこが私たちと彼らで決定的に相容れない部分なんだ」


 菖蒲色しょうぶいろの美しい着物に身を包んだ理那はその理知的な眼差しで一同を見回し、一つ一つ、誰もが理解出来るように言葉を選びながら話を続ける。


「でも違う――――本当にこの世界が四位冠の言うように、どんなに想い合い、愛し合っても子を儲けることはできない。命を繋ぐことはできない。私の見解では、この世界は幻とも現実とも異なる、極めて不安定なの世界だ」


 理那は言うと、についての説明を行った。


「詳細は時間がかかるから簡単に言うけど、この世界は世界なんだ。まだどちらにも決定されていない、未確定な世界――――だからそちらにいる影日向かげひなた様や、新九郎君のお母様のような強い力を持つ者の介入によって、幻ではなくが生まれる」


「じゃあ、たとえば俺が全開の勇者パワーで皆に何かすれば、この世界全部が現実ってことになる? そういう感じなのかな?」


「出来るかはわからないけど、ここで今までに起こってきたことを考えるとそうなるだろうね。私たちには勇者の力の原理がわからないからはっきりとは言えないけど、新九郎君の例もある――――それに、この世界に私たちの世界で死んだ人の転生が起こっているのも、もしかしたらそのせいかもしれない」


 理那はそう言うと、自分もまたまちと六郎のことじっと見つめ、かつての自分を思い出すようにして目を閉じる。


「それなら、向こうの勇者にもそれを伝えれば一緒に協力出来るんじゃないか!? あっちは勇者パワーについても詳しそうだし、力を合わせればもっと上手くできるんじゃないかな!?」


「フン……! 相変わらず甘いことを。貴様がそれをするのは勝手だが、奴らの出方に左右されぬ、も用意しなくては話にならん。我らの判断に、この世界に生きる全ての者の運命がかかっているのだからな!」


「そうだね。つるぎ君の考えも否定しないし、いざとなればぜひそうして欲しいと思う。けど、まずは影日向様の言う通り、私たちの力だけで真皇や神様をなんとかする方法を考えないとね」


 早速対話での協力を模索し始める奏汰に、大魔王ラムダは渋い顔を浮かべると、ドーナツ型の肉体を伸び縮みさせて鼻を鳴らした。


「ホホホ……真皇はともかく、今もどこかから私らを眺めているという異界の神――――そのような者共に対しては、この玉藻前とここにいるぬえが色々とできるやもしれませんよ。ねぇ――――?」


「ああ、朕と玉藻たまもは互いに似たような境遇でこの世界へと囚われたんだけど、実は我々は様々な世界を旅して回る旅人でしてねぇ! 我ながらこうも長く同じ場所で昨日と今日と明日と明後日を繰り返したのは三億年後振りくらいかな? 実は朕の知り合いにがいるので、ここから出られさえすればすぐにでもなんとかできるよ。できるともさ!」


「な、なんじゃと!? 玉藻よ……そっちの鵺はともかく、お主まで影日向と同じ、別の世界からやってきた者じゃったのか!?」


 今まで全く知らなかった玉藻のその正体に、奏汰の横に座る凪がその身を乗り出して驚きの声を上げた。

 玉藻はそんな凪の様子に意味深な笑みを浮かべると、艶やかな紅の唇を着物のそでで隠し、しかしどこか自らの愛娘まなむすめを見守るような穏やかな眼差しを向けた。


「ええ……ここでの暮らしはとても楽しかったもので。ついつい長居をしすぎるうちに、私も出られなくなってしまいましてねぇ……。でもね姫様……今もどこか他の世界を彷徨っているよりも、は随分と得をしてしまった気分ですよ……」


「玉藻……お主……」


 そう言う玉藻の物言いに、言い表せぬ寂しさを感じる凪。


 しかし玉藻はそんな凪を安心させるようににっこりと微笑むと、その両の手を床へと突いて深々と頭を下げる。


「こうしてこの地で姫様と縁を結べたこと――――この玉藻前、本当に幸せでした。どうか、異界の神々のことは我ら二人にお任せを。そしてこの地に残るあやかしと、傷ついた剣様のこと、よろしくお願いいたします――――」


 玉藻はその紅の瞳に幾重にも重なった世界の光景を宿しながら、彼女が生まれた時から見守り続けてきた少女をまっすぐにみつめてそう言った――――。 



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