鬼の絆
黄の大位――――
かつて
他の三体の大位と違い、彼女が表立ってその力を振るうことは殆ど無かった。
常に自室を兼ねた研究施設に籠もり、
「ああ――――いらっしゃい六業、良く来たね。もうすぐ終わるから、気にせずくつろいでいてくれ」
「アーハハ! 冗談でしょ陽禅サン!? まーたこんなに散らかして、俺はどこでくつろぎゃいいのよコレ!?」
金属製の無機質な壁面に囲まれた、薄明かりの灯る研究室。
様々な実験器具や謎生物の骨などが足の踏み場もないほどに散らばった床を見つめ、六業は困ったような笑みを浮かべながら、お手上げとばかりにその両手を広げた。
そしてその六業に穏やかな笑みと共に声をかけるのは、栗色の艶のある髪を肩口よりもやや下まで伸ばして一纏めにし、灰色のズボンと皺だらけの白いシャツを着た女性、陽禅だった。
「はは。ごめんよ六業。せっかく三日前に君が綺麗にしてくれたのに、気がついたらこうなっていたんだよ。なぜこうなってしまうのか、実は私としても不思議なんだ」
「一度使ったり出した物は、ちゃんと元に戻してから次を出すの! なんで陽禅サンみたいな天才が、そこらの片付けられない系女子になってンのよ!? あーあー……なんかこのくっさい薬の周りとか、思いっきり床が溶けてますケド……」
「ああっ! それはとても危ない。触ってはいけないし、匂いを嗅ぐのもだめだ。一般的な生物相手なら、一滴で数千人を即死させる劇薬だからね。後で私が片付けておくよ」
「あと!? 後で!? 今すぐやってくださいよ今すぐ! そんなヤバイ
よく見れば、すでに自身の履いていた黒革のブーツの尖端が白煙を上げて溶けていた、それに気付いた六業は慌ててその場から飛び退く。
しかし飛び退いた先にもまた別の怪しげな物品が山と積まれており、結局六業がその部屋の奥にいる陽禅の元に辿り着くまでは相当な労力と時間が必要となった。
「うん。ようやく来てくれたね。 ――――待っていたよ」
「まあ……陽禅サンのこういうのには、もう慣れたンで……」
そうしてなんとか陽禅の前まで辿り着いた六業の姿に、普段の落ち着いた様子からは考えられないような可憐な笑みを浮かべる陽禅。六業はその笑みを受けて僅かに頬を染め、照れるように目を逸らした。
「フフ……私たちだけの時は、私のことをなんて呼んで欲しいと言ったかな?」
「ん……。
「そうだよ……。私は、その名で呼ばれるととても落ち着くんだ……どうしてかは、私にもわからないのだけどね……」
陽禅はそう言って目の前までやってきた六業の胸にその身を寄せると、自身のぬくもりを伝え、六業のぬくもりを確かめるように
――
――――
――――――
一体いつから陽禅とそのような関係になっていたのかは、六業にもはっきりとした記憶がなかった。
それはまるで自身が思い出せる最も過去の、物心ついた時から二人はすでにそうなっていた。そうとしか説明しようがなかった。
だが、一つわかっていたのは、陽禅は六業よりも先に位冠持ちの鬼として真皇に目をかけられ、自我を手に入れて活動していたということだ。
六業が
彼らを統率する位冠持ちの鬼から受けた指示に忠実に従い、実行する。ただそれだけの存在だ。
だが、それら下級の鬼として活動する中で、時折真皇や位冠持ちの鬼に選ばれた下級の鬼が、新たな位冠持ちの鬼として自我を持つことを許されることがある。
かつて、奏汰たちが六業と交戦した際にその場に居合わせた門の鬼、四の十六。
彼のように、長い年月を経て受けた指示が曖昧となり、欲望の漏出を起こす鬼も存在するにはする。しかし基本的に、鬼が自律した意志を手に入れるには、位冠持ちの鬼になる必要があるのだ。
六業はあの四体の小位の中でも新参の部類だった。
「だから、あの人は六郎さんのことをあんなに必死に連れ戻しに……」
「ああ……陽禅サンが俺の事を恋人だって言ったのは、その通りだよ。俺も、アッチに居た頃はそうしてるのが当たり前だと思ってたからサ……」
鬼について思い出したことを確かめるように話す六郎に、奏汰は同情するように頷いた。
先ほどまで恐るべき威圧感を発していたまちもまた、六郎の足下にちょこんと座り、その目をまっすぐに向けてじっと六郎の話に耳を傾けている。
「――――あの者の元に戻りたいと思うか? 私や奏汰、そして
「……そうだネ。ただ――――」
奏汰と同じく、
だが六郎はその凪の言葉に僅かに俯きながらも、しかしなにか自分自身の中にしこりを感じるような微妙な表情を浮かべ、その眉をしかめていた。
「それがさ――――……違うんだよ。たぶん……」
「違うって……何がです?」
六郎はそう言うと、自身の手を広げてその平をじっと見つめる。
奏汰の隣で揃って正座をしたままの新九郎が、不思議そうに首を傾げた。
――――六郎の見つめる手のひらの向こう。
六郎はそこに、かつてよりも鮮明な、彼女の笑顔を思い浮かべることが出来るようになっていた。
誰よりも愛していた、自らの命よりも優先したかった、彼女の笑顔を――――。
「違うんだ……。陽禅サンは……あの人は、たぶん……陽那チャンじゃ……ない――――」
六郎はそう言って、自身をまっすぐに見つめるまちのさらりとした黒髪の上に、広げた手のひらを優しく重ねた――――。
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