後悔はせず 救いはいらず
「
江戸城本丸御殿。
遠く離れた場所で二つの強大な闇が潰えたのを感じたエッジハルトは、すでに光速を超える領域での
上下左右、見渡す限りに広大な謁見の間。
「
「我が速度、捉えるか――――!」
ただ動くだけ、ただ位置をずらすだけで周囲に激しい破砕をもたらすエッジハルトの勇者の虹。それに対するは第十二代将軍
瞬きの間に万を超える致命の刃を放つエッジハルト。しかし家晴はその刃全てをあますことなく見切り、自らの必殺の間合いへとエッジハルトを呼び込む。
家晴の二刀が絡み合う双龍の如き刺突を繰り出し、それはエッジハルトの虹が持つ絶対防御の
「なんと凄まじい剣だ! 神の力もなく、ただ剣技のみでここまでの高みへ至るとは! さすがは現世最強の剣士、将軍というのも伊達ではないようだ!」
「そうだ。俺には剣しかなかった――――それ以外の道など、俺には――――!」
間一髪。エッジハルトは家晴の刃を肩口の装甲で受けた。神から与えられし伝説の甲冑は家晴の剣によって雷光の火花を上げ破損。
しかしエッジハルトは怯まず、その手に握る聖剣に虹の光を灯すと、いかなる邪悪をも滅ぼしてきた斬撃を
「清流剣――――
家晴は自らの周囲にその刃を巡らせ、エッジハルトの切り上げた刃を完成された所作で逸らす。そしてそれと同時、残されたもう片方の刃が音も無く弧を描き、エッジハルトののど元へと迫った。しかし――――!
「四龍よ! 我が剣に宿り、全てを滅ぼせ――――っ!」
「っ!」
剣の腕では家晴に分。ここまでの激突でそう見切ったエッジハルトは戦法を変える。その身に勇者のものではない紅蓮の炎を纏うと、迫り来る家晴の刃を凄まじい豪炎の爆発と衝撃で押し返す。
本丸御殿の広大な天井が穿たれ、畳敷きの間は凄絶な爆風によって弾け飛んだ。
「見事だ将軍――――! しかし俺とて真の勇者と呼ばれた男。俺の助けを待つ大勢の魂を何一つ救わぬまま、ここで倒れる訳にはいかんのだ!」
「四体の、龍――――?」
一度は辺り一帯に舞い上がった全ての粉塵が、エッジハルトの放つ熱気によって一つ残らず炎へと変わる。舞い上がる炎の渦、灼熱の嵐。
もはや壮麗だった江戸城本丸御殿の威容は見る影もない。鉄すら溶かし尽くす高熱が全てを焼き尽くし、五玉が敗れ去ったことで現世へと帰還しつつある江戸城を容赦なく飲み込んでいく。
そしてその炎の向こう。純白の甲冑に紅蓮の炎を反射し、自身の背に四つの龍の幻影を宿した武具を滞空させて佇むエッジハルトが現れる。
「――――彼らは俺が救った世界を守護していた古き龍。そして我が友だ――――彼らは俺が世界を救った後も俺と共にあることを選び、自分達が生まれた世界を捨ててまで、こうして俺に力を貸してくれている――――」
その武具を自身の友だと言うエッジハルト。しかしそんな彼の表情には、明確な怒りと憎しみが浮かび上がっていた。
「皆、俺についてさえこなければ――――平和を取り戻した世界で穏やかに……戦いなどせずに暮らせるはずだった者達だっ! 俺を慕い、俺を信じてついてきたばかりに――――こうして終わりなき無限の牢獄に付き合わせてしまった――――ッ!」
「友、か――――ならば其方はそれを後悔しているのか? 信じさせてしまったことを、自らと共に彼らにも地獄への道を歩ませてしまったことを」
巻き上がる炎の渦の中、しかし将軍家晴の周囲だけはどこまでも静かに、
どのような怒りにも、憎しみにも惑わず、全てを受け止め続けてきた人類の頂点としての領域。それが彼の身に灼熱の炎が近づくことを防いでいた。
「無論だ――――ッ! 俺はもう、誰一人として苦しめたくなどない! 俺がこの場へと至るまで、一体どれだけの悲しみと憎悪を見てきたと思う!? それを今すぐにも終わらせる――――! 地獄の者も、お前たち現世の幻影も、全ての苦しみを終わらせるッ! それが真の勇者と呼ばれたこの俺の最後の使命! そして将軍――――お前をここで打ち倒す理由だっ!」
「そうか――――」
エッジハルトの怒りに満ちた叫び。家晴はその悲しみに呼応するように膨大な魔力を溢れさせる四体の龍の幻に、悲しみの涙を見た気がした。
だが果たして、エッジハルトと共に世界を捨てたというその龍たちの涙は、エッジハルトを信じたことで無限の牢獄へと囚われた苦痛からの涙だったのだろうか?
――――そうではない。
家晴は、すでにそうではないことを知っている。なぜなら――――。
『新さん――――こんなことになってごめんなさい。私、もっと皆を信じれば良かったよ――――結局、最後までうまくできなくて――――でも――――でもね――――』
江戸城を灼熱の地獄と化し、それでもその炎の中で四体の龍と共に虹色の輝きを灯すエッジハルトの姿。
家晴はその勇者の姿の向こうに、かつて自分が全身全霊で愛し、慈しみ、全てを捨てでも守りたいと願いながらも守れなかった、一人の女性の姿を見ていた。
『私――――新さんと会えて良かったよ。新さんと家族になれて、とっても幸せだった――――それだけは、後悔なんて絶対にしてないよ――――
「そうだ。俺たちは後悔などしていない――――勇者よ、お前は大きな思い違いをしている」
「なんだと――――?」
家晴がその二刀を天地へと構える。
それは全ての邪悪と絶望を切り裂き、この江戸に、日の本に迫る闇を幾度となく退けてきた真の武士のみが見せる剣の形。
「たとえこの世界が見捨てられた地であろうと、たとえ俺たちの存在が
「――――っ!?」
その家晴の言葉――――そう、それはただの言葉であったにも関わらず、エッジハルトはその身を僅かに下がらせた。
それだけの思いが込められた言葉だった。勇者であるエッジハルトに向かい、救って貰う必要はないと。そんなことを口にした人間は初めてだった。だが――――!
「――――だとしても、俺は最早止まれぬ。お前たちがそうだったとしても、あの世界には――――そして真皇の中には無数の魂が救いを求めて声を上げ続けている。俺は最後まで、彼らのために戦うッ!」
「是非に及ばず――――。ならば其方のその決意、俺はこの剣にて応えよう。結局俺は、どこまでいっても剣しか知らぬ――――!」
燃えさかり、灰となって崩れ落ちていく江戸城。
その炎を突き抜け、闇に染まった天へと虹の光芒が奔る。
「受けよ! 我が決断の剣――――っ!」
「
それは、夜空に浮かぶ星々すら容易く砕くであろうエッジハルト渾身の一撃。
全てを飲み込み、立ちはだかる全てを消滅させながら迫る輝き。
しかしそれを受ける家晴の領域は、この期に及んで尚静謐であった。
「――――
全ての武士の頂点に立つ者としてエッジハルトの刃と対峙した家晴は、どこまでも大きな眼差しと剣をもって、その虹色の光芒へと自身の二刀を奔らせた――――。
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