第五章 光と闇
最善の決断
「超勇者
「くそ――――! やるしかないのかっ!」
虚空に浮かぶ超巨大建造物。その最深部に位置する広大な演算システム。
その果てすら見えぬ白く輝く円筒形の空間に浮かぶ闇――――
瞬間。奏汰と
それは不可思議な現象だった。
ミスラの起こした現象は、果たして勇者の力によるものなのか?
真の勇者エッジハルト、最強の勇者アナム。そしてこの場に立つ超勇者奏汰とも、母の力を受け継いだ
平面と化した光景はミスラがその手を掲げると同時に一斉にひび割れると、次の瞬間には粉々に砕け散ったのだ。
「迷うな奏汰よっ! 我ら二人ならば出来る――――! いや――――我ら二人にしか出来ぬッ!」
「――――ああっ!」
足下の上下が消え失せ、砕け散った先に広がるのは無限の色彩が移ろう極彩の空間。万色の輝きが灯っては消え、混ざり合っては新たに生まれる。
ミスラが構築して見せたその領域は、かつて奏汰が相対したどのような空間とも異なり、幻覚や視覚操作の類いでもなかった。
「超勇者、そして混界の姫よ。貴方たちの持つ力に比べれば、私の力はあまりにも小さい。正面からその輝きとぶつかれば、私の光など一瞬で消し飛ばされてしまうでしょう――――」
無限の領域を展開したミスラが、遙か離れた場所から奏汰と凪に語りかける。
「しかし私は貴方たちの力を知り、私自身の力を知っている。さあ来なさい――――貴方たちの未来が正しいと言うのならば、その先を視せよ」
「言われずともそのつもりじゃ! 征くぞ奏汰っ!」
「任せろっ!」
刹那、無限の空間を二つの光芒が奔る。
それは超勇者奏汰の極光と、その勇者と共に誰よりも長く共に在り続けた一人の少女の神気。
音も、光も、なにもかもを置き去りにして飛翔した二つの光芒は互いに寄り添うように、支え合うように交錯を繰り返してやがて一つの閃光と化すと、そのまま遙か果てにいるミスラめがけて突撃した。
「はああああああ――――ッ!
「勇者パワぁああああああああ! 全ッ! 開――――ッ!」
「さあ、始めましょう。未来を――――!」
それは瞬きするほどの一瞬の出来事だった。
ミスラはその身からオーロラの輝きを放ち、空間そのものをねじ曲げ、奏汰と凪に極大の破滅をもたらす空間エネルギーの光弾を無数に叩き込む。
それは普段奏汰たちが生活する通常空間であれば、なんのこともない威力の攻撃だった。しかしミスラによって支配され生み出されたこの空間では、恒星すら跡形もなく消し飛ばす驚異的な威力の弾丸へとその威力を増大させる。しかし――――!
「俺たちはいつだって――――!」
「――――こうしてきたのじゃ!」
降り注ぐ破滅の光弾。その光の雨の中、寄り添うように飛ぶ奏汰と凪。
二人はその閃光の中で互いの手をしっかりと握り締めると、そのぬくもりと共に伝わる力を自身の内で交わらせ、更なる輝きと化して昇華させる。
「俺の虹を凪の弓に乗せるっ!」
「我が身、いついかなる時も奏汰と共に在りっ!
奏汰の虹を乗せた凪の一矢は、ミスラの放った破滅の光弾全てを跡形もなく打ち砕く。その破砕は数光年も離れたミスラの足下まで届き、その身を大きく揺らした。
「なんと凄まじい――――」
超光速に達した二人の加速によって、光年の距離は僅か数秒で消滅。全ての障害を乗り越え、滞空するミスラめがけて一直線に奔った奏汰と凪は、双方の力をその極限まで解放し――――!
「しかし――――視えています」
「ぬっ!?」
だがしかし、ここでも先手を取ったのはミスラだった。
ミスラはその両手を大きく広げて自らの纏う純白の法衣をたなびかせると、自身の直上を通り過ぎようとしていた凪を湾曲した空間の内部へと捕らえる。
「貴方たちの狙いは私ではない。それもすでに視えています。貴方は私の領域をやりすごし、真皇を封じる結界を構築しようと考えているようですが――――そうはさせませんよ」
「さすがだなっ! けど――――っ!」
「来ますか――――超勇者」
ミスラの放った湾曲空間。だがそこに囚われた凪は少しも慌てず、その場でミスラに支配された領域のただ一点を見つめ、神気をその身に収束させ始める。
そして囚われた凪と入れ替わるように、その身に虹を宿した奏汰の跳び蹴りが凪を拘束する空間めがけて突撃した。
「貴方がそうすることも、すでに私には視えている――――故に、その力とはぶつからず、ただ逸らすのみ――――!」
「退いてくれミスラさん――――! 俺はあんたと戦うためにここに来たんじゃないっ! 俺はただみんなと――――これからも一緒に生きていきたいだけなんだあああああああああああああッ!」
「っ――――この力!?」
その奏汰の輝き。その光の有り様にミスラの顔色が変わる。未来視では見通すことのできなかった、奏汰の輝きの真の力にミスラは気付いたのだ。
「俺の力は――――! ここに全部置いていくッ!」
「逸らせない――――むしろ、私の力に寄り添おうと――――!?」
ミスラは奏汰の極限の一撃に僅かなズレを生じさせ、最小限の力であらぬ方向へと跳ばそうと試みた。かつてのただ力だけの奏汰にならそれは恐らく有効だっただろう。
しかし――――今の奏汰は最初から一度たりともミスラを敵として見ていなかった。ミスラも仲間だと――――共にこの苦境を乗り越えるために懸命に抗う友だと信じていた。
故に、奏汰はミスラの繰り出した湾曲空間に抗わなかった。
むしろ、ミスラの示したその道の先にこそ答えがあるかのように、流れに逆らわず、傷つけず、穏やかな清流のように自身の力をミスラの空間に寄り添わせたのだ。そして――――!
「凪――――っ!」
「待っておったぞ! 奏汰っ!」
「まさか……っ! ここまで――――っ」
そのねじ曲がった空間の行く先――――そこには奏汰の狙い通り、囚われた凪の領域へと続いていた。
ミスラ自身も気付いていなかったが、いかに複雑に空間をねじ曲げようと、その湾曲はあくまでミスラ自身の認知から生まれたもの。
先に捕らえた凪の空間もミスラの力によるものである以上、複雑にねじれた空間の何処かでその空間同士はどうしても交わってしまう。
奏汰はミスラ本人も気付いていないその事実を勇者としての本能で感じ取り、ただミスラが願うまま、思うままに任せて自らの力を委ねたのだ。
「これが――――最後の勇者キックだあああああああああッッ!」
「この
瞬間――――虹と白銀。二つの光がミスラの直上、遙か天上の一点を撃ち抜く。
そこは基点。
ミスラがその身から離し、この空間の構築を任せていた彼女の持つ勇者の力。
奏汰の放った最後の勇者キックと、凪が放った一矢は狙い違わずその一点を穿ち抜き、眩い閃光と共にその領域を逆に打ち砕いたのだ。
一度はひび割れた世界が再構築される。
極彩色が消え、無機質な銀色の光と、滞空する巨大な闇が目の前に現れる。
全ては元へと戻った。
通常空間に帰還した奏汰と凪の目の前には、両膝を地面へとついて息を切らし、その
「ミスラとやら――――どうか私ら二人を信じてくれぬかっ? たとえ奏汰の未来に何が待っていようと、私は奏汰と共に最後まで生きたいのじゃ!」
「…………混界の姫…………あなたの……その想いは美しく、そして暖かな善に満ちている…………今の戦いからも……それは、よくわかりました…………」
「ならば…………っ!」
息を切らしながらもその言葉を紡ぐミスラ。
凪はそんなミスラに詰め寄ろうとしたが――――出来なかった。
「許して…………ください…………っ。私には、こうするしか…………っ」
泣いていた。
ミスラは涙を流していた。それはまるで、全てが終わった後に流す、悔恨の涙のように凪には映った。
「貴方たちの深い絆、その尊さ。それは私にもよくわかります…………しかし…………しかしそれでも…………私は、貴方を破壊しなくてはならない…………どうか……許して下さい…………っ」
「お主…………まさか…………っ!?」
瞬間。凪はその心に巨大な違和感を感じて振り向いた。
振り向いた先――――そこには凪にとって誰よりも愛おしく、今となっては家族とも呼べる絆を結んだ少年が立っていた。しかし――――。
「かな……た…………?」
しかし、振り向いた先に立つ少年の瞳は、もはや全ての意志を失ったガラス玉のように、その光を失っていたのだった――――。
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