その愛が救ったのは


 母に抱かれていた。


 暖かな母の胸に抱かれ、心からの安らぎを感じていた。


「かあ、様……?」


 新九郎しんくろうは柔らかな光に包まれた中で、自分を優しく支える母の姿を見た。

 その笑みはどこまでも穏やかで、たった一人の最愛の娘への想いに満ちていた。


「ありがとう……吉乃よしの。私が出来なかったこと全部……あなたがやってくれたね」


「母様……」 


 母は――――かつて最愛の勇者と人々から呼ばれ、あまりにも深い後悔の中でその命を散らしたかつての偉大なる勇者は――――そう言って微笑んだ。

 そして横たわる新九郎のさらりとした深緑色の髪を撫で、慈愛と共にその身に自身のぬくもりを伝えた――――。


「ずっと一緒だから……たとえ目に見えなくても、お話できなくても……私は、あなたと新さんと……皆とずっと一緒にいるから…………ね?」


「…………はい…………」


 母の笑みはなによりも美しかった。

 その母の姿に、悔恨や痛苦の影はなかった。


 ただ自らの娘の成長に目を細め、祝福することが出来る母としての喜びに満ちていた。



「生きて――――吉乃。やっぱり、あなたは私が思ったとおりの――――ううん、それよりもずっと素敵で、優しい子――――私、とっても嬉しいよ――――」


「はい…………っ!」


 新九郎は母の胸に抱かれるままに笑みを浮かべ、涙を零した。


 母の残したその言葉を噛みしめるように、母から自分が与えられたぬくもりを、今度は自分が少しでも母に伝えるために、その背を抱いた――――。



 ――――――

 ――――

 ――



「あ…………」


「良かった…………っ! 大丈夫? 新九郎君……っ」


 目覚めた新九郎の視界に、心配そうにこちらを見つめるキリエの瞳が飛び込んでくる。ゆっくりと周囲に視線を巡らせれば、すでにあれほど輝いていた極光の光はなく、あちらこちらで仲間たちが互いの肩を支え、立ち上がり始めていた。


「どうして、僕は……? てっきり、今度こそ死んだと…………」


「アナムがね……あなたや皆を治して…………」


「アナムさん…………? そうだ、アナムさんはっ!?」


 最強の勇者アナム。


 先ほどまで死力を尽くして新九郎と刃を交え、最後には自らの命を賭してでも彼のために何かをしてやりたいと――――その憎悪と怒りに満ちた心を、少しでも癒やしてやりたいと新九郎が願った少年。


 新九郎は咄嗟に身を起こして彼の姿を探したが、すでにそこにはアナムの姿は愚か、その力の残響すら残ってはいなかった――――。


「アナム……さん……」


「最後……私にもアナムの声が聞こえたの……って……って……帰ったら、って…………」


「皆に……?」


 気付けば、致命傷を負っていたはずの新九郎の肉体には傷跡一つなかった。

 同じく重傷を負っていた筈のキリエも新九郎と同様、その身の傷は完治していた。

 

 あの時。消えゆくアナムは最後の力の全てを使い、この場で自らが傷つけた全てを癒やしていた。それが、彼にとってのせめてもの罪滅ぼしであるかのように――――。


「やったな――――総大将。まさかあんなとんでもねぇ化け物を一人でやるたぁ――――」


「ホホ……流石の私ももはやこれまでと僅かばかり覚悟しましたが…………とてもご立派でしたよ、新九郎様」


 目覚めた新九郎の元に、傷は癒えつつも身に纏った装束は傷だらけとなった四十万しじまと、若干玉藻たまもがそれぞれにねぎらいの言葉をかける。


 不死身の肉体を持つ四十万はもはや再生も追い付かぬほどに破壊され、玉藻も自らの九つの尾、その八つまでを焼き滅ぼされるという瀕死の状態だった。

 にも関わらず、二人もやはり新九郎と同様にその傷は癒え、穏やかな笑みを浮かべて新九郎を見つめていた。


「そんな……っ! 僕は何も……何も……出来なかった……っ! 僕の剣も届かなくて……あの人の辛さも、全然分かってなくて……っ!」


「そンなことないよ……新チャン。俺だってカナっちや新チャンに助けられたからわかるンだ…………みんなすげぇ辛くて、自分じゃどうしたらいいか分からなくてサ…………でも本当は簡単なことなンだよ……ただなンだ……あの人も、きっと…………」


六郎ろくろうさん……」


 四十万や玉藻の言葉を否定し、自分にはアナムをどうすることも出来なかったと叫ぶ新九郎。

 しかし、その場へと最後にやってきた六郎はそんな新九郎の肩に優しく手を添えると、自らがいかに奏汰かなたなぎ、そして新九郎によって救われたかを伝える。


「アナムが、真皇しんおうの闇に……みんなの所に還る……………………」


 そしてそんな一同の中。新九郎を支えるように寄り添うキリエは、深く考えるようにしてそう呟いた。


「もしかしたら……のかも知れない。何かが…………」



 ――――――

 ――――

 ――



「来ましたか…………超勇者。そして……混界の姫」


「ミスラさん……っ!」


「その通りっ! ついにここまで来たのじゃ!」


 そして、新九郎たちが最強の勇者アナムと死闘を繰り広げていたのと同時。


 現世の仲間たちの想いを受け、先へと進んだ奏汰と凪はついにその眼前に巨大な真皇の闇と、その前に一人立つオーロラの輝きを纏った女性――――最善の勇者、ミスラ・アラハナーム・ザティーシュナの姿を捉えていた。


「貴方たち二人がここまで来たと言うことは……すでに未来は収束しつつあるということ。やはり、私は貴方をここから先に通すわけにはいきません」


「頼むミスラさんっ! 俺を殺すって言うなら、嫌だけどまずは真皇をなんとかさせてくれ! 俺と凪なら真皇を消して、その中に捕まってる皆を助けられるかも知れないんだっ! それが終わったら、俺はどうなったっていいからっ!」


「奏汰を殺すなどと……そのようなこと、この私が許さんのじゃっ! 許さんが……しかしお主らとて仲間の解放は悲願であろうっ!? 邪魔する理由はないはずじゃ!」


 果てすら見えぬ巨大なトンネル状の空間。そしてその中央に鎮座する、無数のプラズマの放射を受けて滞空する巨大な闇。


 全てを飲み込む究極の闇――――真皇闇黒黒しんおうやみのこくこく


 その闇を背に、自らに詰め寄る奏汰と凪をミスラはどこまでも冷たく見据えた。 


「神代の結界を真皇の周囲に構築し、その結界の中に超勇者の持つ全ての力を注ぎ込む――――これによって超勇者は真皇の闇を祓う」


「っ!?」


「にょわーっ!? やはり全部ばれておるのじゃ!」


 奏汰と凪が自らの方策を一言も聞かせていないにも関わらず、ミスラは二人がこの場で行おうとしていることを完全に言い当ててみせた。

 それは彼女の言った通り、彼女が視る可能性の選択肢が残り僅かとなっていることを示している。


――――私も、それを行うのが剣奏汰つるぎかなたでないのなら、きっと喜んで力を貸したことでしょう――――」


「やるしかないのか……っ!」


 その言葉と同時、


 大気だけではない。目に見えぬあらゆる粒子、空間を行き交う波長といった全ての物理的要素が整列の元に支配され、ミスラの足下にひざまずく。


 最善の勇者ミスラの持つ力の有り様――――それはエッジハルトとも、アナムとも違う静謐な力の発露だった。


「しかし超勇者よ――――貴方が剣奏汰である以上。あらゆる要素は無へと還る。ならば私は、全ての命にとって善きことを成しましょう。 ――――超勇者剣奏汰。貴方を――――


 その宣告と同時。


 奏汰と凪、ついに究極の闇の前に至った二人の目に映る景色全てが――――ミスラを含む全ての視界が、ひび割れたガラスのように砕け散った――――。




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