すでに鬼はなく


「ハーーーッハッハッハ! どうだ!? 例え五百年経とうとも、と謳われた酒呑童子しゅてんどうじの名は聞いたことがあるだろう!? 俺こそが真の鬼! 俺から鬼の名を奪い取った偽者共なんざ、今の俺様とこのアメリカ海軍が誇るにかかれば赤子の手を捻るようなものよォ!」


 そう言ってその屈強な長身を広げて大見得を切る酒呑童子。しかしその様子を目を丸くして眺めていた奏汰かなたたち三人は、それぞれに思わず浮かんだ言葉を口走ってしまう。


「誰だあんたっ!?」


「アメリカ、ですか……どこかで聞いたような……?」


「そもそも鬼は私たちがのじゃ。もういないのじゃ。今さら何しに帰ってきおった?」


「は…………っ!?」


 三人が発した言葉は、それぞれがそれぞれに酒呑童子の思考を大きく抉り取る。


「オイオイ……冗談キツイぜ。本場のアメリカ人でももっとまともなジョークが言えるってもんだァ! まずそこのバッドボーイ! この酒呑童子様を知らねえってのはどういうことだッ!?」


「え、俺? ごめんな! 実は俺、半年とちょっと前にここに来たばっかりでさ!」


「オーゥ……? オーケーオーケー。それなら俺様を知らなくても仕方ねぇ! ならそっちの二人だ。アメリカを知らねえのはまあ仕方ねぇ……からなァ! だがそっちの女ァ! テメェが鬼を倒したってのはどういうことだァ!?」


「にゃっふふふ……! 酒呑童子とやら、それはそのままの意味じゃ! すでに鬼はこの世から消え去った! ここにおる超勇者奏汰と神代の巫女であるこの凪姫命なぎひめ、そして将軍の娘でもあるこっちの吉乃よしのの我ら三人! そして江戸に集ったあやかし衆や日の本の武士もののふが、皆で力を合わせて真皇しんおうを打ち果たしたのじゃー!」


「――――――――ほぉう?」


 ご機嫌な猫のような笑みを浮かべたなぎはそう言って酒呑童子に胸を張ると、その手に持った赤樫あかがしの棒をビシッと突き出す。

 しかしその事実を聞いた酒呑童子はと言えば、逆にその双眸そうぼうの狂暴さを深め、思案する様子を見せた。


「つまりっ! お主の救援はもう必要ないのじゃ! というより、戻ってくるのに五百年かかるとかいくら何でもなのじゃ! 確かにお主の名はぬらり翁や玉藻たまもから聞いておる。しかしあやかしの皆がずっとここで苦労しておる間、お主は一体どこをほっつき歩いておったのじゃ!?」


「ク……ククク……クックック……! そうか……そういうことか……」


 凪から言いたい放題言われた酒呑童子。だが彼はその凪の言葉に意味深な笑い声をあげると、合点がいったとばかりにその屈強な腕を組み、何度も頷いて見せた。


「わかったぞ……! てめぇら、この馬鹿でかいオメテオトルを見て……? 鬼だけじゃなく、んじゃねぇかとビビってるってわけだ! だから鬼を倒したなんて嘘をついて、俺を追い返そうって魂胆だな? 雑魚鬼はともかく……が五百年やそこらで倒せるわきゃあねぇだろうがッ!?」


「うええええええっ!? なんか変なこと言い出しましたよこの人ーーーーっ!?」


「なんと……っ! ここまではっきり言ってやったというに! こやつ、思った以上のボンクラじゃったか!」


「大体よぉ……俺は実際に戦ったことはねぇが、位冠持ちの上にはって話じゃねえか!? そんな化け物共を、テメェらみてぇな餓鬼が倒したってんならよぉ――――!」


 次の瞬間、酒呑童子を包む大気が歪む。酒呑童子から放たれる瘴気――――位冠持ちが放つ力とは明確に違うが、その矛先を三人へと向けたのだ。


「この俺が確かめてやろうじゃねぇか――――ッ!」


「うわっ!?」


 刹那、奏汰の姿がその場から遙か上空へと弾かれる。甲板上に目も開けられぬほどの烈風が巻き起こり、奏汰の体は一瞬にして巨大な黒船の直上数十メートルまで吹き飛ばされていた。


「カッカッカ! オラオラオラァ! 必死こいて避けねぇと死んじまうぜぇ――――ッ!」


「いきなりかっ! でも――――!」


 どこまでも広がる蒼穹そうきゅうの中、きりもみとなって上下を逆に自らへと突撃してくる酒呑童子の姿を捉える奏汰。


 しかし突然の状況にも奏汰は慌てることなくその身を弛緩させ、まるでその場に踏み締める、流れるような動作でその両手を揃えて酒呑童子へと突き出す。そして――――!


「死ねえええええええええッ!」


天道回神流てんどうかいしんりゅう――――無刀の型、旋転せんてん!」


 酒呑童子がその拳に灼熱の炎を纏わせて繰り出した奏汰への一撃。しかし奏汰はその拳をあっさりと受け流すと、酒呑童子の突進力を殺さぬままにその体を超高速でぐるりと回転させる。


「な、なんだこりゃァ――――!?」


「そんでもってこっから――――縛の型、点心結てんしんけつっ!」


「ぬわあああああああ!? か、体が動かねぇええええ!?」


 高速でくるくると回転する酒呑童子の胸のちょうど中心部分。みぞおちの一点へとその手の平を重ねた奏汰は、そのまま自身が落下するに任せてその一点を強く押し込む。


 平衡感覚を崩された上に致命の急所を捕縛された酒呑童子は悲鳴を上げて奏汰と共に真っ逆さまに落下。金属製の甲板へと激しく叩きつけられ――――。


「――――双方待てッ!」


「っ!?」


 だがその時、酒呑童子が奏汰によって落下する直前。黒船の甲板上に決然とした声が響いた。

 元より酒呑童子を害する気のなかった奏汰も、二人の戦闘を見上げていた凪と吉乃も、その声の発せられた方へと咄嗟に目を向ける。


「今はこの地に住む者同士で争っている場合ではない――――! 勇者奏汰、そして神代の姫よ――――吉乃も俺の話を聞くのだ!」


「ホホ……相変わらずつるぎ様はお見事な業前わざまえ。それに比べて酒呑しゅてんさん――――あなた……今までどこをほっつき歩いてたんで……?」


「ち、父上!?」


「おお! 玉藻もきたのじゃな!」


「ぐっ……なんだァてめぇは…………って……た、玉藻おおぉぉぉぉお……ッ!?」


 そこには数名の近習を従えた将軍徳川家晴とくがわいえはると、その横に控えるあやかし筆頭、玉藻前が二人並び立ってその場に現れていたのであった――――。




 

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