帰ってきた男
黒船来航。
史実に当てはめれば1853年の七月、アメリカ合衆国大統領の親書を携えたマシュー・ペリー提督率いるアメリカ艦隊の日本来訪を示す言葉として広く知られている。
当時、財政立て直しを図った天保の改革は行き詰まり、日本各地では作物の不作による飢饉が頻発。
幕府内では権力闘争が激化し、本来それらを統率するべき将軍は
結果として幕府はこの危急の外交案件に対処しきることが出来ず、最終的に開国へと繋がっていく。しかし、この世界の時間軸においては――――。
「にょ、にょわーーーー!? なんじゃこれはっ!? なんじゃこれはっ!?」
「お、おおおお……!? これが黒船か!? 本当にデカいな……っ!?」
「いやいやいやいやっ! いくら何でもこれは大きすぎますよ!? なんですかこれ!? 船じゃくて山……っていうか島ですよこれはっ!?」
そこには再び男装剣士時代の
その大きさは高さ一千メートルを優に超え、船体の外周は数キロメートルにも及ぶだろう。漆黒の甲板からは無数の大砲らしき突起が突きだし、その威圧的な姿をより一層敵対的な物としていた。
「でもおかしいですね……? こんなに大騒ぎになってるのに、まだ町役人の姿が見えないなんて……」
「ほむ……そう言われればそうじゃな? 鬼もいなくなった今、こういう時こそお上の出番じゃろうに」
吉乃はそう言うと周囲の人だかりをきょろきょろと見回す。
「うーん……よくわかんないけどさ! いつまで待っても中から誰も出てこないし、とりあえず中に入って挨拶しないかっ!?」
「え、ええええ!? 僕たちで勝手にそんなことしちゃって大丈夫でしょうか……!?」
「確かに奏汰の言う通りじゃ! これだけ皆の衆を脅かして未だに挨拶も無しとは、全くもって礼儀がなっとらんのじゃ! ちょいと行って文句の一つも言ってやらんとな! にゃっははは!」
「
「わかりました……っ! ちょ、ちょっと……というかかなり怖いですけど! お二人がそう言うのなら、僕も頑張りますっ!」
「よっし! なら俺が一番乗りっ!」
元々その場でじっとしていることが途轍もなく苦手な奏汰。
奏汰はその両目を
「にょわー! 出し抜けとはズルいのじゃ奏汰よ! 一番乗りは私なのじゃー!」
「アーーーーッ!? 待って、待って下さいっ! 僕ももう勇者の力使えませんからっ! お二人みたいに空飛んだりできませんからっ! 置いていかないでええええっ!」
突然飛び出した奏汰を追い、その身の周囲に連なった符を展開して飛翔する凪。
二人と違い、数百メートルにも及ぶ跳躍や飛翔はさすがに出来ない吉乃は、慌てて凪の細い足にひっしとしがみつくと、悲鳴を上げながら巨大な黒船めがけて飛んでいくのであった――――。
――――――
――――
――
「一番っ! 到着っ!」
「ぬぬぬ……追いつけなかったのじゃ! さすが奏汰じゃ、勇者パワーはなくなったというのに、やはりまだまだやりおるの!」
「はわわ……な、なんとか落ちないですみました……」
ちょうどその黒船の甲板部分。灰色の金属製の床を踏みならして勢いよく着地した奏汰。そしてその奏汰から僅かに遅れ、その足に吉乃ぶら下げた凪もまた音も立てずに不可思議な軌道で着地してみせた。
飛翔の役目を終えた無数の符はそのまま凪の巫女装束の胸元に独りでに収まり、その輝きを鎮めていく。
「ははっ! 大丈夫か吉乃? ごめんな、我慢できなくて先に飛び出しちゃって!」
「いえいえ……僕の方こそお二人みたいに飛べなくてすみませ…………じゃないですよっっ! 普通に飛べるお二人がおかしいんですっ! そもそも凪さんはどうして飛べるんですかっ!? もしかして、凪さんの御札を使えば僕も飛べたりするんでしょうか?」
「わからんのじゃ! 私は三つか二つの頃には符も無しに飛べておったからの!」
「御札関係なかったーーーーっ!?」
正体不明の黒船に堂々と正面から乗り込んだというのに、全く気にせず普段通りのやりとりをわいわいとしてみせる三人。
しかしそんな自然体の奏汰たちをそう易々と見逃すほど、この黒船は生やさしい存在ではなかったのだ――――。
「クックック…………まさか真っ先に乗り込んでくるのがあやかし共じゃなく、テメエらみてぇな餓鬼共とはなぁ! 俺が留守の間、日の本のあやかし共はすっかり腑抜けちまったみてぇだァ!」
「――誰じゃ!?」
「っ!? こいつ、あやかしのみんなと同じ匂い……!?」
無機質な金属板に覆われた黒船の広大な甲板。その甲板の一角が左右に展開され、下層からエレベーター状になった床がゆっくりとせり上がってくる。そしてその床の上に立つ一つの影――――。
「ここに戻るのも五百年振りよォ――――! 俺の名は
現れたその影、身の丈二メートルに達しようかという巨躯に、風もないのに逆立つ獅子の
酒呑童子と名乗った青年はアメリカ合衆国国旗が刺繍されたレザージャケットを颯爽とたなびかせると、目の前で唖然とする奏汰たちにその口から鋭い牙を覗かせて嗤った――――。
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