良く似た二人


「ぴゃーー! 美味しかったぁ! こんなに美味しい普通のご飯食べたの千年ぶりかも! あ、これってもしかしてデザート? 白くて丸い……」


「それ、白玉って言うんですよっ! どうぞ遠慮無く食べて下さいねっ!」


「うわぁ~~! 凄く綺麗っ! いただきまーすっ!」


 奏汰と凪が最善の勇者ミスラとの対話へと臨んでいた頃。


 母である最愛の勇者エリスセナの妹だという少女――キリエストの訪問を受けた新九郎しんくろうは、急ぎ用意できる範囲内でキリエストを歓待していた。


「じゃあ、そちらの世界にいる皆さんはんですか?」


「そうなの! でもだからって良いことばっかりでもなくて――――特にこっちにいるに変な結界を張られてからはうまく自分の力も集められなくなっちゃって、気をつけてないと真皇しんおうに飲み込まれて死んじゃうしっ!」


「あわわ……僕だったらそんな怖いところでぐっすり眠ったりできないです……」


 二人は初対面であるにも関わらず、その会話は弾みに弾んだ。


 ミスラと同様キリエにも新九郎やこの世界への敵意は全くなく、奏汰かなたなぎに比べて人のもつ敵意や害意という感情に敏感な新九郎は、すぐに目の前の少女が本質的には敵ではないと理解していた。


「でもやっぱり一度ここに来て良かった。吉乃さんとこうしてお話してると、姉さんがどんな気持ちでこの世界で生きてたのか――――なんとなくわかる気がする」


「キリエさんの知っている母様って、どのような方だったんですか? 僕もつい最近になって父上から聞いたんですが、僕を生んでからの母様は凄く立派で、落ち着いたって――――ならその前はどうだったのかなって、気になってたんです」


「うん…………姉さんはいつだって立派だったよ。いっつも一生懸命で、落ち着きがなくて……すぐに一人でどこかに行っちゃって、誰かを助けてまた次の場所に行って――――私たちは姉妹で似てる所も多かったけど、私には姉さんみたいな行動力はなくて……私も姉さんみたいになりたいって、いっつも思ってた――――」


 そう話すキリエの表情は、遙か昔を懐かしむように、彼女の言葉通りの憧れと尊敬の色を映し出していた。


「私が真皇に飲み込まれないで済んだのも、姉さんが私のことを助けてくれたからなんだよ。最愛の勇者って呼ばれてた姉さんと違って、私は普通の勇者だったから――――姉さんがいなかったら、きっと今頃私も真皇の中だった」


「キリエさんのことも母様が……」


「私も修行はしてたし、今はそれなりに強くなったと思うんだけど――――姉さんがいる間は四位冠でもなかったし……はっきり言うと、皆の中だと私が一番弱くて……たはは……」


 キリエはそう言って恥ずかしいような、面目ないといった様子で笑みを浮かべると、目の前の新九郎にその髪と同色の深緑色の瞳を向けた。


「姉さんは本当に凄かったんだよ――――とも最後には友達になって、もう悪いことはしないって改心させちゃって。そうしたら今度は、その悪い龍が皆と仲良く暮らせるように頑張って――――皆がもう駄目だって、無理だって言うようなことも全部現実にしてきた。私も、姉さんのことが大好きで――――……」


「キリエさん……」


 その双眸そうぼうにうっすらと涙を浮かべるキリエの眼差しに、新九郎は悲しみと同時に温かさも感じていた。


 父である家晴いえはるも、母と長い時を過ごしたという四十万しじまも、敵として相まみえた五玉ごぎょくも――――そして今、目の前で母について話すキリエも、誰一人として母のことを悪く言う者はいなかった。


 最愛の母が自分の記憶の中にある通りの、皆を愛し、誰からも愛される存在だったということ。それは新九郎の中に熱い気持ちを呼び起こした。

 

 自分の中に、そんな母の血と想いが受け継がれていることが嬉しかった――――。


吉乃よしのさんは姉さんにとっても良く似てる――――まだ少ししか話してないけど、優しいところとか、一生懸命なところとか、でもちょっと危なっかしいところとか。まるで姉さんと話してるみたいで、私もなんだか色々思い出しちゃった――――」


「あはは……ありがとうございます。まあその……僕も危なっかしいとか、周りが見えてないとか、そういうのは良く言われてて…………」


「いいんだよそれでっ! 姉さんはいつだって誰かのために頑張ってた。でもそうするとね、姉さんが転びそうになったり危なくなったりしたら、今度は頑張ってくれるの。私は今まで、そうなるのを何度も見てきたから――――吉乃さんもそうなんじゃないかな?」


「…………はい。そう思います」


 キリエからそう問われた新九郎は奏汰や凪、討鬼衆といった多くの人々から助けられて生きてきたことを想起し、はっきりと頷いた。


 そんな新九郎の澄んだ瞳にキリエも笑みを向けると、いよいよ自身も心を定めたとばかりにその瞳に決意の光を宿す。


「うん――――私決めた! 私は吉乃さんやこっちの皆を信じることにする!」


「え!? それって……」


「だって吉乃さんは姉さんの娘なんだよ。きっとそうだろうなって思ってたけど、話してみたらやっぱりそうだった! 吉乃さんの中に姉さんは今も生きてる――――姉さんのやってきたことは一つも無駄じゃなかったし、無くなってもいなかったんだって!」


 キリエは何度も頷いて立ち上がると、驚きに眼を見開く新九郎の両手を握って満面の笑みを浮かべた。


「うまく行くとか行かないとか、正しいとか正しくないとか、そういうのじゃないっ! 私がやるべきことは、姉さんが残してくれたこと。吉乃さんは姉さんが残した一番大切な人だよ。それなら絶対に守らなきゃ!」


「ほ、本当ですかキリエさんっ!? 僕たちと一緒に戦ってくれるんですか!?」


「はわっ…………さっきも言った通り、私って他の皆と比べるとあんまり強くないから、戦いで役に立てるかは分からないけど……。でもでもっ、道案内とかあっちでのルールとか、そういうのでは結構役に立てると思うっ! うん!」


「うわぁ……っ! やったああああああ――――っ! ありがとうございますキリエさんっ! 僕…………凄く嬉しいですっ! 泣きそう……っ!」


「ぴゃーーー! 私もっ! 私もとっても嬉しいっ! 一緒に頑張ろうね吉乃さんっ! 吉乃さんのことは、このキリエ叔母さんが絶対に助けてあげるからっ!」



 とても良く似た、まるで姉妹のような二人。



 篝火の柔らかな光に照らされた陣幕には、そんな二人が手を取り合い、興奮した様子でぴょんぴょんと跳びはねる影がいつまでも映し出されていた――――。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る