隔世の結界


「大魔王の結界?」


「ああそうだ……すまねぇカナっち。俺も理那りなも、ここに関しちゃ今の今まで完全にの手のひらの上だったみたいでサ……」


 未だ収まらぬ強烈な日射しは、短いにわか雨の後に再びその調子を取り戻した。


 じっとりと汗ばむ暑さに晒された神代神社では、ミンミンとなるセミの鳴き声に混じり、とんとんカンカンという大工仕事の音が響き始めている。


 黒曜の四位冠の一人、勇者エッジハルトを撃退した奏汰かなたたちは、半壊した神社の拝殿はいでんに集まり、理那と六郎ろくろうを交えて話を進めていた。


「では、お二人が思い出せる記憶が所々繋がってないのも、真皇しんおうがその時々で力を強めたり弱めたりしてるからってことになるんでしょうか?」


「あまり良い気分はしないけど――――どうやらそうみたいだね。今回、四位冠の一人がこの場に現れたことで、私と六郎の記憶はどちらも大幅に明晰めいせきさを取り戻した。でもそれはつまり、真皇にとってはもう私や六郎が思い出した記憶は、つるぎ君や影日向かげひなた様に知られても構わない情報になったということなんだろう」


「それは辛いじゃろうな……自分の頭や心を握られておるというのは、想像するだけで気分が悪くなるのじゃ……」


 広々とした拝殿の中央で、ちょうど円になるようにして互いに声を交わす面々。


 エッジハルトの襲撃の際にはまちの店へと出向いていた六郎と理那は、あまり良いとは言えぬ表情で新九郎しんくろうなぎの言葉に応える。


 というのも二人が今述べたように、エッジハルト襲撃と時を同じくして二人の失われていたが、よりはっきりと蘇ってきたというのだ。


 六郎に比べれば理那は相当に重要な部分まで鬼の内情を記憶していたが、それでもやはり全てではなかった。特に、かつての六郎や塵異じんい零蝋れいろうが幾度となく江戸で行ってきた破壊活動の真相――――。

 

 零蝋は『』と言っていたその計画の全貌は、かつての大位であった理那ですら思い出すことが出来ていなかったのだ。しかし――――。


「この江戸の地には、千年前に影日向大御神かげひなたおおみかみ様が構築した現世と真皇の世界を完全に隔てる強力な結界が展開され続けている。私たち大位も、六郎たち小位も、全てはその結界を破壊するのが目的だったんだ」


「つまり、千年もの間この世界が真皇から攻撃されるのを防いでいたんですよね!? す、凄すぎませんかそれ……っ!」


 大魔王ラムダが千年前の戦いで関東地方を中心として張り巡らせたと言われる強力な結界。

 それによって真皇や四位冠が長きにわたり本格的な活動を行うことができなかったという事実に、新九郎は感嘆の声を上げた。


「ファーーーーーッハッハッハァーッ! その通りだ、新九郎よ! どうやらこの余の偉大さをようやく理解したようだなッッ!? わかったならば、すぐにでも日の本全土に影日向大御神を唯一神として崇める一神教に移行するよう御触れを出してだな――――」


「のじゃーーっ! 影日向はさっさと壊した屋根の修理をするのじゃ! まったく、お主の加減を知らぬ馬鹿力のせいで何もかもめちゃくちゃなのじゃ! 少しは私の虚空輪壊之一矢こくうりんかいのいっしを見習うのじゃ!」


「ぬぬぬ……っ! 敵味方識別などまどろっこしくてやってられんわ……ぐぬぐぬ!」


 新九郎の言葉に気をよくした大魔王ラムダだったが、すぐさま凪にとがめられて大穴の開いた屋根の向こうへと戻っていった。ちなみに、その姿は元通りの穴あきドーナツ神に戻っている。


「でもさ、それって――――」


「そうよ、そうそう。カナっちの言う通りよ。その結界、多分もうぶっ壊れる寸前なんじゃねぇかな」


「剣君があやかし通りで戦った大位の塵異――――彼も、あの場で君に敗れはしたけどその使命自体は果たしていた。即ち、あやかし通りに存在する。その内の一つの排除をね」


「なんと……あの時もすでに壊された後じゃったと言うのか……! ならば、他の結界はどこにあったのじゃ?」


 すでに大魔王の残した結界は消滅寸前となっている。六郎と理那の話したその事実に、奏汰と凪、新九郎は共に身を乗り出してその先を求めた。


「一つは今言ったあやかし通り。これは翠の大位、塵異が破壊した。そして次は私と煉凶が君たちに決闘を挑んだ尋ヶ原だ。実は私たちがあの場所を決闘の地に選んだのも、それが狙いだった」


「あんなところにも……結界があったんですね」


 一つ一つ、思い出すようにして話す理那の言葉に、新九郎はほぞを噛んでその美しい顔を歪めた。


「影日向様の結界は、本当にこの辺り一帯にいくつもあるんだ。その中でどれが基点なのかを調べるのも小位やそれよりも下の鬼の重要な使命だった。零蝋や風断かざだち雲柊うんしゅうが町を襲撃した時にも、そういう基点以外の小さな結界は根こそぎ破壊していったはずだよ」


「本当なら、俺もあの三人と一緒にそれをやることになってたンだ。その前にカナっちたちに会って、今はこうしてるわけだけどサ……」


 理那の話では、結界を打ち破るには鬼側の力とは別の力の衝突を促す必要があるのだという。故に、奏汰や凪のような強大な力を持つ存在との決闘は、結界の破壊にはうってつけだったのだ。


「そして残る二つ――――そのうち一つはここ、神代神社。だけど――――ここの結界は十年も前に真っ先に破壊されている――――凪さん、君のご家族が亡くなった――――」


「……そうか。まあ、話の流れからそうじゃろうとは思っておった。理那よ、お主が気に病むことはない。私も、今は何も言わんのじゃ――――」


 悔恨かいこんの表情と共にそう告げる理那に、凪はただ一度だけ頷く。理那もまた凪のその心遣いを受けて静かに一度頭を下げると、そのまま言葉を続けた。


「つまり――――私が知るだけでも四つの結界うち三つはもう壊されているんだ。でも、さっきの四位冠は。もし本体が降臨していれば、すぐに引き下がったりしなかったはず――――」


「あのエッジハルトっていう奴は、女神様を狙ってた。俺と大魔王で女神様には指一本触れさせなかったはずなんだけど、あれから女神様はずっと眠ったままで――――もしかしたら、何かされたのかもしれない……っ」


「女神の容態については玉藻たまもが来るのを待ってからじゃな――――それで理那よ、つまりお主は四位冠がまだ本気で動けていないと――――最後の結界は破壊されていないと言いたいのじゃな?」


 四つの内三つまでも破壊された結界。しかし事実として、四位冠の力は未だに封じられている。その点を念押しした凪の言葉に、理那も同意する。


「私もそう考えている。そしてその最後の結界の場所だけどそれは――――」


 理那は一度瞳を閉じた後、大きく開けた拝殿の扉の先に見える景色へと目を向けた。


「最後の結界の場所――――それは江戸城本丸御殿。かつて、神代神社の結界を破壊した四位冠ですら、最後の砦だよ」


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