勇者の青


「キエ……ッ?」


 それは、まばたきよりもはるかに短い一瞬だった。

 確殺かくさつの一撃をなぎに浴びせかけ、自身の勝利を確信して笑う五玉ごぎょくの体が、ゆっくりと


「な、に……?」


 五玉は自身に残された三つの顔でとらえられる視界の中に、その強靱きょうじんな両腕を斬り飛ばされ、無様ぶざま片膝かたひざをついて驚愕きょうがくうめき声を上げる煉凶れんぎょうを見た。


 そして青。五玉は、その視界の中で青い閃光を見た。


 五玉と煉凶の持つ人知を越えた感覚器は、その瞬間確かに青い光が視界の中でまたたいたのを見た。


 だが、そこまでだった。


 自身が攻撃された。斬られたと二体の鬼が気付いたのと同時、辺り一帯全てを吹き飛ばすほどの凄まじい突風が巻き起こる。

 周囲の木々を大きく揺らし、根元からしならせ、はるか上空まで砂粒を巻き上げるほどの強風。

 そして二体の鬼がその風を認識した次の瞬間、凄まじい力を持つ二体の鬼は、万を超える肉片へと切り刻まれた。


「―――――ッッッッッ!」


「か、奏汰かなた!? お主、いま何をした……!?」


 全てが起こり、終わるまでにかかった時はわずか一秒。


 嵐のような突風の中、その場からかき消えるようにして姿が見えなくなっていた奏汰が、甲高かんだかい高周波と衝撃波を発生させながらその場へと再出現する。

 しかもなんと奏汰の片腕の中には、五玉の術中じゅっちゅうによって危機におちいったはずの凪までもが無傷で抱きかかえられていたのだ。


「はぁ……っ! はぁ……っ! はぁ……っ! こ、これが……! 、だっ! めちゃくちゃ速くなるが……め、めちゃくちゃ、疲れる……っ! 連発は無理だ……!」


「勇者の青……? いや、それよりもお主、そんな有様ありさまで平気なわけなかろう!?」


 その全身からぷすぷすと白煙はくえんを発し、いまだ青白い閃光を放つ聖剣でなんとかその身を支えて立つ奏汰を、凪はすぐに地面に降りて支えた。


「はは……っ! あのデカイ奴が、俺の力が見たいっていうから見せてやったんだ!」


「何を笑っておるっ! 全く、無茶をしおって……! 確かに凄まじい力じゃったが……あれでは……っ」


 そう言って弱々しい笑みを浮かべる奏汰に、凪はその可憐な顔を歪め、沈痛ちんつう面持おももちを向けた。だが――――。


「――――ギ、ギギ! いやはや、まっこと、まっこと恐るべき力。確かに見せて頂きましたよ。異界人いかいびとさん……ッ」


「―――見事だ。認めよう、異界人いかいびと


「っ!?」


 その声は上空。ようやく目に見えるかどうかという大きさの小さな粒が、未だざわめく風に乗って巻き上げられ、虚空こくうの一点に向かって集まっていく。

 それは、たった今奏汰の亜光速の斬撃によって切り刻まれた鬼共の肉片だった。


「こいつら、まだっ!?」


「ちぃ……流石はだけあってしぶといの!」


 完全なちりと化していた状態から、みるみるうちに再生されていく二体の鬼。

 しかし五玉は奏汰から最初に受けた一太刀目と、凪に潰された顔面部分からの邪気の流出が止まらず、煉凶もまた深くえぐられた右腕の再生は覚束おぼつかなかった。 


「ギギギ……! これは厄介極まる力。神代かみしろほどではないにせよ、受けた傷を再生しきれぬとは……ッ」


「構わぬ。この腕は貴様をあなどった対価としてくれてやる」


 不完全ながら、ほぼ塵芥ちりあくたの状態からわずか数秒でその姿を取り戻した二体の鬼。

 その圧倒的回復力に、奏汰は驚きつつも更なる闘志を燃やして再び聖剣を構える。


「……なるほど、! なら、何度だってぶっ潰す!」


「キキキ。怖い怖い……このような恐るべきやからが相手では、我らも命がいくつあっても足りませぬ。元よりこの場はご挨拶。本日はこれにて失礼させて頂きますよ」


たぎる時を過ごした。いずれ、再び手合わせ願おう」


 すでに相当な高度へと逃れていた二体の鬼は、地上の奏汰と凪に一瞥いちべつをくれ、そのまま背後に開いた漆黒しっこくの大穴へと倒れ込むようにして飛び込むと、一切の痕跡こんせきを残さずにその場から消えた――――。




 


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