その剣は輝きを増し
「――――雨は止んだか」
江戸城
時刻は正午を僅かに過ぎた頃。朝から続いた雨は晴れ上がり、空を覆っていた分厚い雲は、その切れ間から
鬼の襲撃によって
家晴は大きく開け放たれた戸を抜け、江戸の街並みを見渡すことの出来る張り出しの回り廊下に歩みを進めると、目の前に広がる
「
「そういや、
張り出しの
そしてそんな家晴に、横に控えていた
「フッ……四十万よ、あの頃はお前にも世話をかけた。だがお前もあれは楽しんでいただろう?」
「そりゃあもう。上様がなかなか成敗を言わない時なんかは、まあまあじれったかったですがね」
「はっはっは! 今となっては何もかも過ぎ去りし時。そして、掛け替えのない我らの歩みよ」
空の
「鬼も救う――――それは、俺がかつてそう願い、届かなかった言葉だ」
家晴はそう呟くと、その脳裏に先ほど謁見の広間で奏汰の言った言葉を思い出す。
『俺は鬼も救います。
あの本丸御殿の場。奏汰は自らが知り得、そして実際に真皇と刃を交えた際のこと全てを話した。
自らの出自、そして異世界での戦い。本来大魔王であった、
すでに奏汰は大位の鬼を討ち果たし、江戸にやってきてから僅か一ヶ月と少しで四体もの小位を滅ぼしている。その絶大な力は江戸の実力者の誰もが認めるところ。
誰も、奏汰の語るその話を世迷い言と笑う者はいなかった――――。
「鬼は人――――多くの鬼と刃を交え、それは俺も気付いていた。しかし俺には剣しかなかった。ただ斬り捨て、鬼の苦しみを終わらせてやることのみが俺に出来ることだった」
「――――わかってますよ。俺も、あの時御側にいましたから」
家晴は言うと、その表情に後悔を滲ませ、遙か遠くなった記憶へと思いを巡らせる。家晴の言葉を聞いた四十万もまた、やや俯き気味に目を逸らした。
「――――だが彼は違う。彼には、鬼を人に戻す力がある。彼の話を信じるならば、真皇さえ討ち果たせれば、確かに全てを終わらせることが出来るだろう」
家晴は我知らず、欄干に添えた手に力を込めていた。その思いは、将軍としての責務とは無縁の、個としての家晴が持つ感情による思いだった。
「だがそれゆえに、その
「心得ております――――。終わらせましょう。俺達の代で、全てを――――」
「ああ……無論だ」
家晴と四十万は共にその視線に強い決意を宿して頷くと、覗き始めた晴れ間に照らされた江戸の町を見つめた――――。
――
――――
――――――
「ああ……
「やめんか
あやかし通りへの道すがら。連れ立って歩く奏汰、
「ほほ……良いじゃあないですかぁ。もうこうなってしまえば私もそこらの
「にょっ!? ぬぬぬ……そ、それは……! だ、駄目じゃ! 駄目ったら駄目じゃ! 奏汰は神代預かりなのじゃ! 手出し口出し一切無用なのじゃー!」
なにやらくねくねとその身を
「――――そうだな。俺はここに来て、最初に凪に拾って貰ってとっても良かったと思ってるよ。凪はいっつも俺の事を考えて、良くしてくれるんだ。これからは俺も凪にお返ししたいなっ!」
「お、お返しなど……。そんなものいらんのじゃ……。今は、こうして一緒にいてくれるだけで、私は……」
二人の話の理解出来る部分だけを切り取ってそう口にした奏汰の屈託のない笑みを受け、凪はますます赤面して俯く。
その凪の様子は、明らかにかつてとは全く違う姿だった。今のこの凪がかつてと同じように奏汰とのんきに同じ風呂に入れるか。それはかなり怪しいところだろう。
無敵の大妖怪、
「ぐぎぎっ! 寝ている剣様を見つけ、最初に預かると言ったのはこの私っ! 私なのですよっ!? このような素敵な方だと知っていれば、おいそれと姫様に渡したりはしませんでしたっ!」
「わっはっは! 玉藻の姉さんがここまで男に入れ込むたぁ珍しい! 儂ももう少し若けりゃあ参戦しても――――」
「黙りなさいぬらり――――喰いますよ」
「ひえええ! す、すんませんでしたああああっ!」
そんな恐ろしいやり取りを横に。先ほどから僅かに後方でその様子を眺めていた新九郎は、自身の胸に秘めた言葉をいつ口に出したものかとうんうん唸っていた。
(父上からの命で、僕もこれからは神代神社でお世話になりますって……いつ言えば良いのかな? なんか、今それを言ったら大変なことになりそうな……? い、一体僕はどうしたらっ!?)
そしてそんな五人が向かった先。そこは、あやかし通りの最奥。広々と生い茂った林の奥にある、三つの
三つそれぞれの祠の中にある
「――――剣様が人へと戻されたあの方はこちらで
「ありがとう、玉藻さん。いつも無理言っちゃって――――」
「フフ……いいんですよ。こうして剣様の御力になれて、私も嬉しいです」
そう言って一人、前に進み出た奏汰の正面。中央の石碑には『睦絆夫婦此憩空』の文字が真新しく刻まれていた。
「塵異さん。零蝋さん――――俺の事を助けてくれてありがとう。信じてくれてありがとう――――。二人のこと、俺は絶対に忘れないから。だからどうか、ゆっくり休んで下さい――――」
奏汰はそう言って、その新しく刻まれた文字にそっと指先を添えた――――。
先ほどまでの雨に濡れ、冷たく湿ったその文字の部分に、奏汰のぬくもりが確かに伝わった。
光り輝く雨粒を湛えた木々の下。闇の中に消えた二人に静かに誓う奏汰達の頭上。
そこには晴れ間から射し込んだ陽の光によって浮かび上がった七色の虹が、江戸の町を見守るようにかかっていた――――。
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