勇者、拾われる
「ほむ……なんとまあ、よくやったものじゃの……」
明るくなり始めた空の下。
辺りに
凪の目の前には、焼け焦げた家屋の
下級の鬼であれば破壊されると同時に爆発四散するが、より強力な鬼はそうではない。倒された後もその場に
「この鬼共はただの雑魚鬼ではない……それを、たった一人で。しかもこれだけの数を討ち果たしたというのか。お主は……」
「すやー……すぴー……」
驚きに見開かれた凪の見つめる先。
そこには、無数の化け物の山を背にしてのんきに眠りこける
凪は奏汰を起こさないように気を使いながら歩み寄ると、両足を抱えて奏汰の前にかがみ込む。そしてまだ自分とさほど歳も変わらないように見える少年の、
「たしか奏汰とか言っておったか……。こことは別の世界から来たとかいう先の話も、あながち
しばしの間そのまま奏汰の寝顔を見つめていた凪は、不意に思い出したように奏汰の手を取ると。そのとても少年とは思えない程に固く、ひび割れた手のひらを握った。
「危ういな……こやつ、もうとっくに折れる寸前ではないか……」
凪の表情が痛々しげに歪む。
もはや、誰かと手を握ることすら
「ここが日の本じゃと知った時は、まるで
奏汰のその姿に
そしてそれと同時。凪の脳裏に、鬼との戦いの最中に言葉を交わした奏汰の姿が浮かぶ。
『それじゃあ、ここは日本なんだな!? よかった……! 俺はやっと帰って来れたんだ……っ!』
『江戸!? 江戸って何だ!? 東京じゃないのか!?』
それは、この場所が日本だと分かった時の心からの喜びの笑み。
そして、ここが江戸の町であると知った時に浮かんだ、深い絶望の表情。
「泣いておったな……」
今の凪には、奏汰の喜びの意味も、絶望の意味も、どちらについても知るすべがなかった。だが、それでも彼が昨晩のうちにその期待を打ち砕かれ、絶望の淵に沈んだのだということは手に取るように理解出来た。
そして、そんな状態でありながらも、この少年が町の人々を守るために
「――――ちょいと失礼しますよ、姫様。昨夜もお
その時である。奏汰を見つめる凪の背後に、音もなく一人の女性が現れた。
「
「ええ。昨夜の鬼はそれなりに上位の者共でしたが、位冠持ちはおりませんでしたので。私も皆も、この通りピンピンしておりますとも」
黒と金の糸が織り交ぜられた見事な着物に、流れるような銀色の髪が一纏めにされている。病的な程に白い肌の上、
「実はですね……
「なんじゃと……!?」
「呆れるような強さでしたねぇ……。情けない話ですが、うちらとしては正直助かりまして」
玉藻と呼ばれた女性は流れるような
「この子、姫様の同業で?」
「違うわいっ! 私にも、こやつのことはよくわからんのじゃ」
ひとしきり眺めて満足したのか、玉藻は背筋を正して
「この子、一旦うちらで預かりましょうか? 私も随分と長く生きてきましたが、このような人間に会ったのは初めてで興味があるのですよ。それに、お
「ほむ……そうじゃな……」
なにか思うところでもあるのか、玉藻のその言葉に凪は
「いや……こやつの身柄は
「なんとまあ。その子を神代の元に留め置くと?」
決めたとばかりに
「こやつ、どうにもこうにも放っておけん。一度うちの神様に引き合わせてみようと思っての」
「
「じゃろじゃろ? というわけで、また何か分かったら茶でも飲みに行くのでな」
凪は
「いつでもどうぞ。姫様なら他の
「うむ、主もな」
二人は互いに礼儀正しく頭を下げると、別れを告げてその場を後にする。
凪の背におぶわれた奏汰は未だに目覚める気配もなく、すやすやと眠り続けていた――――。
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