第5話 ロガ家の人々
親族達の姿が脳裏に過る、今の姿と嘗ての姿と二重写しで。
私の親族と言えば真っ先に浮かぶのは叔父と伯母だ。
伯母は豪放で頼りになると思っていたが、叔父に対する私が抱く感情は、中々に複雑だ。
叔父のおかげで、父母を亡くした後苦労したとも言えるし、叔父のおかげで今があるとも言えた。
ともあれ、現状では親族の絆が其処まで強いとは思いもしなかったし、当てにもしていなかった私の認識が、早計であったと認めざる得ない。
※ ※ ※
父カーウィスには姉と弟がいる。
伯母のヴェリエと叔父ユーゼフだ。
伯母ヴェリエは彼女が男であったならば、八大将軍を任されたであろう才覚のある人物だ。
ゾス帝国において商売や政治に関しては性差はあまり関係ないが、軍人と言う職業ではどうしても男が優先された為に、私の父がその職務を受け継いだ。
伯母もそこに異論はなかったようで、結局は何処かの貴族に嫁いだ。
が、数年で息子を抱えてロガ領に舞い戻ってきた。
貴族同士の結婚だから政略結婚だったのだろうが、相手の男が別の女と関係を持ち、その間に出来た子を跡取りにしてしまったらしい。
帝国の中枢に近いロガ家との縁よりも、その男は真実の愛とやらを取ったのだろう。
そこに否はないのだが、その後の対応が常軌を逸していた。
相手はあろうことか伯母親子を亡き者にしようと刺客を放ったのだ。
帝国内でそのような無法がまかり通るわけもないのだが、妻と子を離縁するでもなく殺そうとした相手の男の気持ちは、今もって私には分からない。
ともあれ危険を感じた伯母は息子ガラルを連れて、刺客と自ら打ち合い、馬で七日は掛ろうと言う旅程を潜り抜けて帰ってきた武勇伝の持ち主だ。
そう言う人なので、敵に回せば恐ろしいことこの上ないが、味方にできれば頼もしい人物だ。
息子のガラルは、可愛らしい物を好む所はあったが、快活な少年であった。
幼いころは良く叔父の娘であるアネスタと三人でルダイの街を共に駆け巡っていたものだ。
そんなガラルがルダイの街の大通りを眺めながらすごく難しい顔で質問してきたことがあった、あれは私が十一かそこらで彼が十歳くらいの時だ。
「ベルシス兄さん」
「なんだい、ガラル」
「僕はあんな服を着てみたいんだけど、変だよね」
そう言って彼が指し示したのは、どこぞの商家の娘が着ている近頃流行らしい腰のあたりが引き締められ、袖や裾に装飾が施された可愛らしい服装だった。
近頃の流行りらしい。
「あれを?」
「身頃とスカートが一体化しているでしょ? 兵士の服だともう少し丈は短いんだけどさ、女の人用は丈が長くてね」
ガラルが言うには、昔は男女の区別なく一つなぎの衣服……ワンピースとか言うらしいが……そいつが主流だったそうだが、戦争に行く男と家に残る女とでその用途が分かれたらしい。
女性向けの服装は、最近になれば素材や裁縫の技術が上がって、可愛らしい装いも増えているのだそうだ。
これはある程度の階級の者以外には無縁な話かと思ったが、庶民の暮らしもゾス帝国は安定しているせいか、徐々に広がりつつあるらしい。
どこぞの国なんかは、貴族が尖った靴を履いて労働しないことを誇りにしているそうだが、そんな所では栄えるものも栄えないとも言っていた。
服飾に全く興味が無かった私だが、何処か諦めていながらも熱っぽく語るガラルに素直に感嘆した。
「凄いじゃないか、僕は全然知らなかったよ! そんなに好きなら着るのは良いんじゃないの? 誰かに迷惑になる訳でもないし」
大元が一緒ならば別に構うまいと言う安直な理由でそう告げると、ガラルはロガ家の男によく現れる特徴の色素の薄い金髪をかきあげ、整った顔をあらわにしながら驚いたように告げた。
「で、でも、ロガ家の男には似合わないんじゃない?」
「そんなの知るか、似合う似合わないで生きて行くわけじゃない。きっちり仕事をして迷惑かけなきゃ、良いじゃないか。ああいう服を着たいなら着れば良いし、文句言われたら言い返せば良いよ」
そう言い切ってから私は不意に言葉を詰まらせつつも付け加えた。
「……ああ、でも、伯母さんに言うのはちょっと怖いな」
そう言って情けなく笑うと、ガラルも釣られて笑った。
後に彼が帝国でも指折りの仕立て屋に弟子入りしたと聞いた時は、なるべくしてなったと思った物だ。
そんな記憶がめまぐるしく脳内を駆け回った後に、叔父の顔が浮かんできた。
叔父ユーゼフ、父母亡き後に私の命を狙った叔父が何故追いつめられていたのか、その原因をまざまざと思い出す。
叔父は商才に長けていた。
なんでも先物取引で財を稼いでいたと言う。
ロガ家の末っ子と言う事もあり、将軍になる事は無かっただろうし、当人の才覚は商才や策謀に向いていた。
ただ、臆病な側面があり、それで私を亡き者にしようともしてくれやがった訳だ。
その叔父を子供の頃の私が、計らずとも追いつめてしまった事がある。
それは親族の集まりの最中に起きた、何の拍子にか幼い頃から見ていた妄想の話を私はしてしまった。
従兄弟たちはピンと来ていなかったようだが、伯母は随分と世知辛いと苦笑いを浮かべていた。
が、叔父は何処か居辛そうに、何故か周囲を伺うような素振りを見せ始めてしていた。
更には父が占い師によるとその妄想は私の魂の傷であり、必ずや将来の在り方に影響すると予言した事まで話した。
私もその話は初耳だったが、それを聞いた義理の叔母、つまり叔父の奥さんが小さく呟いた。
「帝国の御禁制の品に手を出すのはお止めになるべきでは?」
義理の叔母カタリナがなぜ今の話でそんな事を言ったのか、私は分からなかったが、伯母も父もそれが何か察せられたようだった。
今ならば、私にも察せられる。
きっと、叔父は商人たちの国テス商業連合が推し進めている奴隷の売買に手を染めようとしていたのだろう。
父が顔色を変えて叔父を連れ別室に移動すると、義理の叔母へ母と伯母が近づき、良く言ってくれましたとか話していた。
私としては、何か不味い事を言ったのだろうかとそわそわしていたが、義理の叔母がベルシスは正しい事を言ったのですよと頭を撫でてくれたので、ほっとした。
が、今にして思うとこれは、叔父のプライドを傷付けてしまったのかも知れない。
……でも、これ、私悪くねぇよなと思うんだが……。
後から知った事だが、結局この騒動で叔父は私が叔父の行動を見透かしたうえで諭したのではないかと考えた様で、少年の時分に既にその様な行いをする私の行く末に恐れを抱いたらしい。
心に疾しい所があるから、勝手に人の行動に恐怖するのだ。
それに父母が亡くなる少し前に義理の叔母カタリナが病死してしまった事も、恐怖と言うかそう言う思考に歯止めが効かなくなった一因だろう。
こちらとしては良い迷惑だ。
叔父自身とは計らずとも折り合いが悪かったが、叔父の子供達、姉のアネスタと弟のアントンとは上手くやっていた。
上手くと言っても、アントンは私と八つも歳が違うから、お守をしていただけの様な物だ。
アントンを生んでからベッドに伏す事が増えていた叔母に変わり、リチャードと一緒に遊び相手にもなっていた。
私自身友人が多くなかったので、それは特に苦でもなかったし、アネスタもガラルも良く手伝っていた。
今にして思っても、私はやはり親族を嫌いだったことはなかった。
いや、むしろ好きだったのだ。
だが、叔父の臆病さが抱いた恐怖心と、唐突に訪れたある事件が私をロガの地から遠ざける結果となった。
父母が死んだ。
私が十四歳になって暫く経ってからの事だ。
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