第19話 ローデンの信仰

 私はざわめくボレダン族をなだめ、ローデンの借りている部屋に戻った。


 色々と考えることが多すぎる。


 少しばかり思案の為に時間を貰い、出した結論。


 それは、陛下にお伺いを立てるために魔術師を紹介してもらわねばと言う事であった。


 何故に魔術師かと言えば、彼らだけが遠隔地にあっても会話できるからだ。


 その日の戦況を報告して私が一つの軍団を取り仕切ると命が降ったと言う報せを鑑みればローデンに伝達、ないしは投影が可能な魔術師がいると言う事だ。


 伝達は術者同士が遠隔地にいながら会話できる術であり、投影は遠隔地の出来事を目の前で起きているかのように映し出すことが可能な術だ。


 前者よりも後者の方が難しい、らしい。


 古来より戦場での使用が何度となく検討されていたが、戦は命の危険が付きまとう場所であり、並々ならない騒がしさの最中でも魔力を集中して他の術者と会話出来る者は殆どおらず、戦場でそれが可能な者は稀有な才能だとされている。


 歴史の名を残す大魔術師でも、扱う魔術の分野が違えば伝達や投影は全く使えないと言うので、魔術と言うのも何でもありと言う訳でもない。


 ちなみに、兵科としては魔術兵と呼ばれるエリート兵がいるが、彼らは魔力で作られた火矢や石の飛礫を投擲、或いは状況さえかみ合えば戦地に小規模爆発を起こす遠距離戦のエキスパートだ。


 私は未だ指揮した事が無いが、上手く嵌れば圧倒的火力で敵を蹂躙できるのだと言う。


 もちろん、逆も起こりえるが。


 と、まあ、そういう訳で今回の報告と編成の許可は魔術師がローデンにいたので帝都の魔術師と伝達しあった結果だろう。


 今回、具申すべき内容は兵力の増強だ。


 私が北西部の警備隊を取り仕切り軍団を編成しても現状では兵数が不足している。


 ボレダンとカナギシュがしのぎを削り、帝国に余計な手出しをしなかった頃ならいざ知らず、北西部の平野がカナギシュの物となった今、倍の兵力は欲しい。


 ローデン、トネルシ、サラジアの三領の警備隊の総数は僅かに五千。


 カナギシュ族は騎馬民族だ、攻めるとなると北西部の三領の何処を攻めてくるのか分からない。


 そして、攻めてくる時は一点集中して一気に国境突破を図るか、三領を同時に侵略して警備隊を混乱に陥れるのか、全く分からない。


 機動力のある相手が攻めてくると言う事は、常に先手を取られると考えた方が良い。


 それらの予測から、五千の兵力ではこの三領を守るには足らないのだ。


 そう陛下に具申するため、魔術師を紹介して貰わねば。


 そう考えて自室を出ると、ちょうど私を訪ねようとしていた様子のガレント殿と鉢合わせた。


「いらっしゃいましたか。ロガ将軍、お忙しいとは思いますがお時間を頂けますかな?」

「……分かりました」


 言葉は柔らかな物であったが、何とも断れない空気を感じて私はガレント殿の後をついていく。


 辿り着いた先はローデン家の大き目な客間で、既に幾人かの先客がいた。


 赤い衣をフードのように頭から被ったような老婆と老人、それに中年の女。


 彼らには見覚えはなかったが、彼らの服装には見覚えがあった。


 色は少し違うが森で出会った少女の服装に似ている。


 それを知ってか知らずか、彼らが私を見る目は厳しい物があった。


「ローデンの地には少し変わった信仰があるのはご存じですかな?」

「多少は聞き知っておりますが、詳しくは……」


 ガレント殿の質問に答えた後に、椅子を勧めらた。


 座りながらも、何だか非常に居心地が悪い。


 これはもしかして、軍団編成とか言っている場合じゃないのではなかろうか?


 私が座るや否や、老婆が口を開いた。


「何処から、墓所に入られなすった?」

「墓所?」

「あなた様が騒ぎを鎮める前に出てきた場所ですじゃ」

「ああ……あそこは墓所か。それは大変失礼した。何処よりと言えば……森の奥にある石造りの建物の床に据え付けられた木戸より」


 私が答えると三人の来客は驚きを露にした。


「まさか……」

「森に分け入って辿り着く可能性……万に一つもあるのでしょうか……」

「とはいえ、この方は知っておる……祭祀の入り口を」


 一体どういう事だとガレント殿を見やると、彼は難しい顔で口を開いた。


「神官たち……目の前の彼らですが、神官たちは将軍が街にある入り口から墓所に入り込み、そこから再び出て来たのではないかと考えたのです」

「じゃが、街から入った場合は祭祀の入り口にはたどり着けん。その様なまじないが掛かっておる」

「いや、そもそも私はボレダン族に囚われていたんだが?」


 一体何を言っているのか分からなかった。


 私がボレダン族に囚われていたのは明白だし、墓所に態々入って出てくるとか訳が分からない。


 それにあそこが墓所だと言われても全く実感がわかなかった。


「それに墓所と言うが、あそこはどちらかと言えば神殿」

「それは他言無用に願いますぞ!」

「……分かった」


 私の疑問は老人の強い言葉で立ち消えた。


 それにしても……一体彼らは何を気に掛けているのか分からないが、あの少女の事は言った方が良いのだろうか?


 赤い衣の少女の事は。


 私がどうしたものかと悩めば、何を言うのかと視線が集まる。


 結局、周囲の視線に促されるようにして私は少女の事を告げる事にした。


「お歴々が何を気にされているのか分からない。ただ、森の奥の入り口にたどり着いたのはあり得ない偶然と言う訳ではない。赤い衣を纏った少女に導かれたんだ」

「赤い衣の少女?」

「あなた方の服装に似ているが、その色はより深く落ち着いていた赤い衣を纏った……年のころは十歳くらいの少女だ」

「……」


 客間に奇妙な沈黙が落ちた。

 

 何とも落ち着かないと周囲の顔を盗み見るが、彼らの顔に浮かぶのは聖地に無断で入ったことに対する怒りとか、敵意ではなく、何というか戸惑いの様なものを感じた。


「巫女に導かれ、将軍は復活の道を通られた。そう判断するより他はないでしょう」


 いつの間にそこにいたのだろうか、あるいは最初からいて私が気付いていなかっただけか、あの少女と同じ色味の衣を纏った若い女性が窓辺に立っており、そう告げた。


「しかし、今代こんだいの巫女はニア様、あなた様一人……」

「恐るべきかの王国には、複数の巫女がおりましょうが……そうなると我ら秘密を知られたことに……」


 ニアと呼ばれた女性は窓辺に立ったまま瞳を閉じて沈思し、開けば私を見やって問いかける。


 その瞳の色は、あの少女の瞳の色に似ていたが……こちらの方が薄い。


「ロガ将軍、その娘は何か言っておりませんでしたか?」

「……輝ける大君主シャイニング グレート モナークの化身について語っていた。不浄を焼き払う日を待っているとも」


 私は、隻眼のウォーロードと言う名には触れなかった。


 自身がそうだと聞いた等と言えば、それこそ不敬にあたるだろうから。


「――分かりました。……ガレント様、ロガ将軍はお忙しいでしょうからお仕事に戻っていただいてください」

「巫女様、それでは……?」

「このお方は何も画策しておりませんし、運命に導かれて復活の道を通られました。我ら信徒は協力こそすれ、このお方を害なす事は許されません」

「心得ましてございます。……それでは将軍、どうぞこちらへ」


 私は何も納得できないまま、ガレント殿に連れられて客間を出た。


 そして、今は魔術師の居場所を教えてもらい進んでいる訳だが……。


 これって、場合によっては生きて帰れなかったりしたのか? そう思い至って体が震える。


 か、勘弁してくれよ……。

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