第18話 軍団の編成

 ボレダン族の生き残りと再会できたのは、空が白んじてきた頃合いだった。


 ゼスや私に声をかけた男たちは、逃亡したカナギシュの野営地に捨て置かれていた。


 縛られ、取り残されたゼス達に対面すると、ゼスはにやりと笑って言った。


「存外に早かったな」

「戻ると言ったからな」


 そう言って私も笑うと、ボレダン族の生き残りは静かに頭を下げて感謝を示した。


※  ※


「カナギシュの奴ら、よほど慌てたと見える」

「ローデンの住人が馬の事を教えてくれねばこうも上手く行かなかった」


 私は縄をほどかれたゼスと並びたち、朝日に照らされたカナギシュの野営地を眺める。


「馬の事を? まさか、発情期か?」

「騎馬民族には常識なんだろうがね、私は馬にそこまで詳しくなかった」


 だから、助かったのだとゼスに話しながら、有益な情報を教えてくれた老人の顔を思い出す。


 ブルームら警備隊を率いてボレダン族を救うためにカナギシュへと攻撃しようとしたあの時に、遠巻きにこちらをうかがっていた住人たちの中から老人が遠慮がちに声を掛けてきた。


 曰く、カナギシュを相手にするのならば、今の時期は発情期だから牝馬ひんばを走らせればよいと。


 カナギシュもボレダンも軍馬には牡馬おうまをつかっているから、必ず統制が乱れると言うのだ。


 これ良い事を聞いたと、ローデンの街から牝馬を集めるだけ集め、徴用することにした。


 心苦しいがと徴用を願い出た所、不思議とガレント殿も反対せず、街の者達も嫌がらずの協力してくれた。


 難色を示す者にも、街の者が何やら耳打ちすると態度が改まったので、少しばかり気になるところだが。


 ともあれ、何とか二百ほど集めた。


「夜陰に紛れて歩兵部隊で強襲を仕掛けるくらいしか思い至ってなかったから、助かった」


 私の言葉にゼスは肩を竦めて見せたが、何も言わなかった。


 私は実の所、牝馬の存在を知って戦いにはならないだろうと考えた。


 カナギシュ族の族長は頭が切れるから、二百の騎馬をこれ見よがしに突撃させれば、それが牝馬であると思い至るだろうと踏んだのだ。


 もし、牝馬に気付かず、誘い出されるようならば、私も覚悟を決めて次の段階に移行するだけだ。


 騎兵を突撃させる前に少し離れた場所に歩兵を伏せて置き、カナギシュ族が誘い込まれた場合は、騎兵が歩兵の傍まで退避してから馬から降り、牝馬の群れをカナギシュ族に放つと言う物だ。


 そして、混乱が生じればカナギシュ族に矢を射かける。


 これでかなりの痛手を与えられえるだろう。


 ただ、突っ込ませた牝馬も失う事になる。


 だが、このかき集めた牝馬達はローデンの街にとっても重要な労働力、徴用したからとおいそれと失いたくはない。


 だから、放たずに済めば何よりだった。


「しかし、カナギシュ族の族長は退いたが、カナギシュの全てが退いた訳じゃなかった」

「だろうな、ファマルは切り替えが早いようだからな。しかし、他の者はそうじゃない」


 小さく息を吐いて告げた私に、ゼスは頷き付け加える。


 そう、全軍で逃げてくれれば良いのに、カナギシュの一部が二百の騎兵に誘われてしまった。


 一応そういうケースも想定はしていたが、果たして上手く行くのかと不安だった。


 日中ではなく夜半の作戦行動は、それも少し複雑な作戦は非常に難しく危険を伴う。


 それでもやるしかないと腹を括って、騎兵に反転命令を出した。


 敵が少数誘い出された場合も、騎兵は歩兵が伏せた場所に逃げるのは同じだったからだ。


 伏せている歩兵の陣を注意深く抜けて騎兵は歩兵部隊の背後に回り、大きく迂回しながら再度敵へ向かう。


 一方で歩兵部隊は迫る敵騎兵を密集陣形に移行しながら迎え撃つ。


 この際に奮闘したのが皇帝の親衛隊ことロギャーニ親衛隊の二人、ウォードとギェレだ。


 彼らが突如雄たけびを上げて、身の丈ほどの剣を振り回せば、馬上と言えども容易に攻撃が届くのだ。


 それに勢いづいた警備隊の面々は汚名を返上すべく、士気高く奮闘し、勝敗はあっけなくついた。


 当初の想定では歩兵で足止めしながら、迂回した騎兵が側面から攻撃を仕掛ける物であったが、牝馬を戦場に突っ込ませる事もなく、カナギシュの隊長格は討ち取った。


 隊長格さえ倒せば、カナギシュ騎兵は散り散りに逃げていく。


 それが騎馬民族の戦い方だからだ。


 私が無い知恵絞って実行した、敵に騎兵の利点を発揮させないようにと行った陽動と伏兵による奇襲は、功をそうした。


 振り返ってまとめてしまうとこんな短い言葉でまとめられてしまうが、作戦途中は生きた心地はしない。


 夜に馬を走らせた時の視界の悪さや障害物への恐怖とか色々とあった……。


 そんな感慨にふけっていると、生き残ったボレダン族の殆どは助けられ、私の前に並んでいる。


 ただ、その数は百人ばかりで数は少なく、女子供の姿はなかった。


 そして、彼らは生き残れはしたが何処か悲壮な感じを受けた。


「ここは、戦闘の為の野営地か」

「だから早々に棄てたんだろう」


 傍らのゼスとそんな話をしていると、ボレダンの男たちは片膝を折って感謝を表した。


「ゾスの将軍ベルシス殿、お助けいただき感謝いたします」

「されど、我らは家族を奪い返さねばなりません」

「ゼスよ、我らの分まで頑張ってくれ」


 相変わらず悲壮な決意をみなぎらせて口々に告げる。


 家族を思う言持ちは分かるが、みすみす死なせるのも後味が悪い。


 傍らのゼスは、私に仕える旨を既に先ほど話していたので、何とも言えない複雑そうな顔を浮かべていた。


 ゼスにだって家族はいるだろうに……。


 そんな事を考えて言葉に窮していると、レトゥルス殿下が歩いてくるのが見えた。


 何度もお止めしたのだが、殿下も戦場に出て私の指揮を間近で見ておられた。


 その殿下が、ボレダン族を見やって一喝する。


「おい! お前さんたちはロガ卿に二度命を救われた! 三度捨てに行こうと言うのか! ……そいつはちぃと甘い考えじゃねぇかな?」

「で、殿下?」

「女房子供を救いてぇって気持ちは良く分かる! だが、たった百騎で何ができる! 助けるはずの女房子供諸共死ぬ気か!」

「戦う以外に道はありません!」

「甘い事抜かしてんじゃねぇぞ、騎馬民族! お前さんらはゾスの将軍ベルシス・ロガに救われた! 最早勝手に命散らせるなんて思うじゃねぇぞ!」

「っ」


 レトゥルス殿下は一見、線が細くて学者のような穏やかな風貌だが、お国言葉は帝都ホロン周辺のべらんめぇ口調で、そのギャップが著しい。


 ボレダンの男たちもまずはそのギャップに飲まれ、次に言葉の意味に絶句する。


 感謝を口にしながら、家族を助けるために、いや、騎馬民族の誇りの為に死のうとしているその行為が、殿下は気に入らなかったのだろう。


 ゾス帝国人の感覚では、誇りとは生き抜くことでより輝くものであるから。


「し、しかし」

「生き延びた同胞を集めるでもなく、カナギシュに突撃しようってのは許さねぇ。だが、家族の為に何かしてぇってんなら……ゾス帝国の軍門に降れ」

「……我らはわずか百騎、大帝国たるゾスが」

「馬の扱いに長けたボレダンの勇士が百騎、つまりはお前さんらだがこいつは大きな戦力だ。降れば女房子供を救うのに軍を動かしても良いし、ロガ卿なり俺っちがカナギシュに交渉しても良い」

「……あ、貴方は?」


 唖然と成り行きを見ていたゼスがそう問いかけると、殿下はああと小さく呟き、軽く天を仰いだ。


 そう言えば紹介がまだだったなと私も思い出して、居住まいを正しながら皆に告げた。


「このお方はゾス帝国第二皇子レトゥルス・ゾス殿下であらせられる」

「第二皇子!?」

「皇帝の一族……」

「俺っちを寄越すくらいには陛下は北西の状況を気に掛けている。……そうそう、ロガ卿。今回の件で決まったぞ」


 ざわめく周囲を無視して、レトゥルス殿下は陛下譲りの薄い青色の瞳で私を見据え告げた。


「――何がですか?」

「カナギシュ族とは長い付き合いになりそうだからな。ローデン、トネルシ、サラジアの三領からなる北西部軍事緩衝地帯を統括する軍団を編成する。その軍団長の任は八大将軍が任命される」

「まさか……」

「ああ、お前さんが最初の軍団長……つまり、ベルシス軍団の編成が許可されたわけだ」


 青天の霹靂とはまさにこのことだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る