第20話 捕縛令
尋ねた魔術師は、メイド服を着ていた。
「よぉ、将軍閣下」
「……なんで魔術師がメイドを? と言うか、もしや……」
「陛下の目となり耳となるのが私の務めさ」
そう言って笑ったのはローデン家のメイド、アニスだった。
元より陛下は間者を放っていたわけだ。
そして、怪しい動きがあるが尻尾を掴ませないグレッグが慌てるように私を派遣したのか?
「一応、安全を確保したうえでの出向だったんだけどねぇ、閣下は混沌に魅入られているよ」
「そうかい?」
「ボレダンに売り払われ、そのボレダンを懐柔して戻って来るだけでも相当だと思うけど?」
まあ、確かに。
それにどうもローデンの信仰に絡んだ何かをおこなってしまったらしい。
それについては何も言わなかったが、きっとこの間者は知っているのだろう。
私は挨拶もそこそこに帝都に打診したい事があると持ち掛け、増員の件を伝えると彼女は微かに笑いながら頷いて伝達の魔術を使ってくれた。
だが、既に殿下が増員を要請していたのか、八千の兵士が此方に向かう準備をしていると帝都の魔術師は告げた。
初めて間近で見た魔術師の伝達は、魔術師のみが思念的なものでやり取りするのではなく、まさに会話のやり取りを遠い場所にいる相手と行っているのだと気付く。
帝都の魔術師の声は私にも聞こえるし、その背後の騒がしさまで聞こえていた。
感心しながら伝達が終わるのを待ち、アニスに礼を述べてから借りている居室へと戻る。
戻りながらも考える事は実に多い。
殿下が既に先手を打っていたのであれば、援軍到着までにカナギシュが攻めてきても対応できるようにせねばならなかった。
カナギシュが第二皇子レトゥルス殿下や私を人質に、帝国と優位な交渉を行おうなどと考えないとも限らないし、最悪殺して帝国の力を削ごうと思うかもしれない。
私の死はさほどでもあるまいが、殿下の死は帝国を揺るがす。
最も、そんな事をすれば確実に帝国による報復が行われるだろうが。
強大な軍事力を持つ帝国が必ず反撃するからこそ、周辺諸国は大人しくなる。
それはカナギシュが相手でも同じことだ。
帝国の平和を守るためには報復は絶対に必要だ、人が新たなシステムでも構築して遵守できるようになるまでは。
最も、これは強大な軍事力を持てる帝国だからできる事だ。
他国でこんな事をすれば、すぐさま戦火に飲まれるだろう。
まあ、まともな思考の持ち主ならば、一時の勝ちは拾えても、その先がない戦い方をする筈はない。
だが、私の考えを上回る策士や天才が相手ではどうなのだろうか?
分からない。
カナギシュ族の今の族長は切れ者だ、私の予想を超えた行動に出る可能性が高い。
八千の援軍が到着するまでが、この地を守る最初の試練だ。
考えなくてはならない。
敵がおいそれとこちらに手を出せなくなるには……。
……内部争い、これしかないか。
しかし、どうやって……。
「おい、閣下!」
「うぉっ!」
考え事をしていた私の背後をどんと小突きながらアニスが声を張り上げた。
「ど、どうした!」
「何度呼びかけたと思ってるんだ? ったく、歩きながらそこまで考え込むな」
声を掛けられていたのか……それは全く気付かなかった。
「す、すまない。それで、どうした?」
「忙しくて忘れてるようだから釘をさしておくが、副官様はどうするんだ?」
「――ああ、すっかり」
忘れていた。
そう言えば、副官のファリスはグレッグと何やら話していたのを目撃されている。
問い質すしかないな。
「足元を疎かにするんじゃないよ、まったく」
「考え事が多くてつい……」
「従者でも連れてくればよかったのに。一人くらいはいるんだろう?」
「いや、いるんだが寒さが苦手だからさ……」
「気遣ってやるのは良いけどねぇ、閣下の事が気になって夜も寝れないんじゃないの? これからはここだって暑くなる、増援と一緒に来れるか打診しといてやるよ」
「ああ、そうだよな。ずっと寒い訳もないか……すまない、助かる」
アニスは従者の名はと問い、私はリチャードの名と特徴を告げる。
「竜人? そりゃ凄いじゃないか、さすがはロガ家と言ったところだねぇ」
「そう、かな? まあ、そう言う訳で疲れると思うけれど頼むよ」
そう言うと、アニスは片手をひらひらと振り、気にするなと伝え去っていった。
細かく周囲を見ている所は流石に間者になるような人物だと感心しながら私は居室へと向かいがてら、ファリスの部屋を訪ねる。
そう言えば、ボレダン族に囚われて以降、全く姿を見ていない。
その存在を忘れていた私が言うのもなんだが、非常に怪しいな。
さて、どう問うた物かとファリスの居室の扉を叩くも返答はない。
さては逃げたか? それともボレダン族に囚われた時点で帝都に戻ったか?
だが……そんな事をしてもファリスにそこまでの得はない、職務放棄は罰則が厳しいからだ。
「ベルシスだ、ファリス、いるか?」
声をかけて扉を叩いてもやはり応えはなかった。
とりあえず、扉を押してみるがビクともしない。
「閣下、居室は全て廊下側に引いて開けます」
「え……、ああ。ありがとう」
通りすがりのローデン家の使用人にそう言われて、私は気恥ずかしさを覚えながら扉を引いた。
すると難なく開いてしまった。
……こっぱずかしい。
ともあれ、部屋に入ってみると部屋は乱雑に散らかっており、慌ただしく逃げ出したようだと分かった。
窓辺に置かれた机には書きかけの手紙が置いてあり、悪いと思いつつも読めばそこには後悔と恐怖が綴られていた。
『ロガ閣下が蛮族に囚われました。そう手引きしたのはグレッグと言う警備隊長ですが、私は彼にレグナル様の言葉を伝えました。警備隊長のグレッグはレグナル様のお墨付きを得たと喜んでおりますが、私はただただ恐ろしいのです。ロガ閣下は全てを見通しているに違いないのです。あの目が、静かな薄青の瞳が、私を苛むのです。確かに閣下は蛮族に囚われ、グレッグの指示で警備隊は領主の館を取り囲んでいるので助けに行くことはないでしょうが……。ともあれ、私は恐ろしい事に加担してしまいましたが、これでお家は安泰――』
ここまでは落ち着いた文体で書かれていたが、急に筆跡が乱れていた。
『あの声は……! ありえない! でも声がする! 名乗りが聞こえる! 窓の外には――ロガ閣下が兵を従えて……』
……何かこう、怪物でも見たかのような物言いだな。
私が帰ってこないと思い込んでいたが、帰ってきた私を見て恐怖に駆られて逃げ出したか。
どうも嫌々、家の為にやっていた事のようだが……素直に打ち明けてくれればやり様はあったんだが、逃げ出してしまったのではなぁ。
――仕方ない、グレッグと同じように手配するしかないな。
あるいはグレッグと共に逃げ出したかもしれないし。
私は小さく息を吐き出すと、初めてついた副官であるファリスを見つけたら捕まえるようにと通達を出すべく、踵を返す。
部屋を詳しく探すのは、そういうのが得意な連中に任せよう。
この手紙だけでも十分な証拠ともいえるが、まだまだ弱いからな。
……しかし、宮中の敵ははっきりした。
レグナル卿とクラー卿か、まあそうだろうと思っていたが、ここまでやるんだったら私にも考えがある。
先に矢を射かけてきたのはあちらだ、ぐうの音も出ないように叩かねば二の矢三の矢が飛んでくるからな。
カナギシュの相手で忙しいけれど、連中に次の手を打つ暇を与えず黙らせるには……。
この手紙を陛下にお渡しするよりほかはないか。
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