第21話 流れる月日
捕縛令を出してから数カ月の時間が無事に過ぎていく。
まあ、グレッグもファリスも捕まっていないので無事と言えるのかとは思うが。
その間には、カナギシュ族と交渉を行い、ボレダン族の女子供の返還や相互不可侵の境界線の設定などに精を出した。
ボレダン族の騎兵たちも、個別に生き延びた者が徐々にローデンの街の門をたたき、傘下に加わり最終的には五百騎ほどに膨れ上がった。
これでも、元の勢力を考えたら少ない、何せ十分の一ぐらいの数だ。
あとは死んだか、カナギシュに囚われ売り払われたか。
どうやらカナギシュ族は奴隷を用いる制度がないので、捕えた男は売り払う事が多い。
女、子供は別の用途があると言うが、まあ、あまり聞きたい類の話ではないだろう。
さて、この返還要求には当然いくつかの裏がある。
一つは文字通り、私を逃がすために死力を尽くしたボレダン族に対する義理を果たすためだ。
だが、もう一方で……カナギシュの内部争いの誘発と言う目的がある。
カナギシュ族は族長のほかに有力者が幾人かいると言う。
そんな彼らが一度手に入れた戦利品を、人であれ物であれ手放すだろうか?
ましてや数年の間、族長の指示通り屈辱に耐え、そしてそのうっ憤を一気に爆発させた後で。
カナギシュ族の族長は切れ者だが、だからと言って全ての有力者の心を支配は出来まい。
その証拠に私がゼスらボレダンの男たちを助けに向かった際は、一部のカナギシュ族は逃げずに攻撃してきた。
あれは足止めの
だから、相互不可侵の境界線の設定を譲歩し、ボレダン族の女子供の返還に応じれば物品を提供すると伝えた。
ファマルならば乗るであろうと考えた提案は、返答に時間を有した。
これが私の予想を裏付ける物か、相手が上手で策を練る時間にあてたのかは分からなかったが、結局ファマルはこちらの提案に乗った。
ボレダン族の女子供千数百名がローデンの街に寄越され、こちらは約束通り品物を送り届けた。
荒れ麦や飼葉と言った馬の餌や、遠く東の地より流れてきた絹の織物などのぜいたく品。
彼らはそれを使って西方諸国から金を巻き上げ、軍備を増強するだろう。
こちらはボレダンに対する義理を果たす一方で、彼らは将来的な力を手にした。
族長ファマルと各有力者の間にくさびを打てたかは分からない。
だが、将来に向けた力を、軍備力を増強するには時間はかかる。
私は敵に利を与えて、時間を稼いだ。
これは、今にして思えば少し考えが甘かったかと思わぬでもない。
※ ※
援軍は初夏のころ合いに到着した。
リチャードも一緒に。
再会を懐かしむ間もなく、私は援軍の兵と警備隊との合同訓練を行ったりとせわしなく働いた。
結局、軍事力が揃ってしまえばカナギシュは大人しくなり、私は北西部での日々を無難に過ごした。
北西部の統括指揮官に任命されてから更に1年ばかりの時間が過ぎた頃、第二皇子レトゥルス殿下に帝都に戻る様にと陛下から命が届く。
北西部での軍事的な仕事が私の仕事であるならば、外交的な仕事は殿下の仕事だった。
西方諸国の不満を和らげる為に、時には宥め、時には脅しつつ相手にも相応の利を与える。
殿下はその辺の扱いが得意なようで、西方諸国の帝国に対する不満は以前よりは無くなった様に見えた。
そもそも第二皇子が出張って来たのだから、彼等の態度も軟化せざる得ない。
自分達は帝国にとってそれほど重要だと思われている、そう思わせる事が出来たのだ。
西方諸国が不満をため込まなければ、カナギシュに余計な物資は流れない。
そう結論付けたからこその帰還命令だろう。
ローデンから帝都に続く街道で殿下をお見送りする。
護衛として赴いていたロギャーニ親衛隊の一員ウォードとギェレも戻る事になった。
「では、ロガ卿。私は一足先に帰るが、達者でな」
「殿下も道中はお気をつけて」
「あと、トルゥドの所のが書いた手紙だが、確り陛下にお渡しするので安心してくれ」
「お願いします。証拠としては弱いでしょうが、牽制にはなりますので。それと、ウォードとギェレも兵の鍛錬に付き合ってくれてありがとう」
「竜人殿には敵いませぬが」
「リチャードの場合は鍛錬を付けるとかそういう話でなくなるから……」
「違いありませぬな」
ウォードはそう笑い、ギェレは竜人殿には我らが稽古をつけて頂いたなどと感謝していた。
※ ※
殿下をお見送りして、また暫く時間が経つとアニスが面白い情報があるとにやにや笑いながら居室にやってきた。
彼女がこんな風に笑っている時は、碌でも無い事を考えている時か、本当に愉快だったときだけだ。
「どこから?」
「帝都のマグノリアから」
アニスは帝都で彼女が良く伝達する女魔術師の名をあげた。
「何だって?」
「レグナルと言う貴族の慌てふためきよう」
「――殿下はお見せになったんだな、あの手紙」
アニスが言うには、レグナルは顔を赤くしながら必死に弁明を繰り返したそうだ。
ちなみに、クラーの当主は呼び出され問い掛けられた際に、顔を青くして一言もしゃべらなかったとか。
「レグナル卿の方が胆は太いわな」
「陛下の沙汰は、半年の領内謹慎だってさ」
「――沙汰が出たのか」
「娘を失ったに等しいトルゥドが陛下に洗いざらいぶちまけたらしいよ」
……娘?
「閣下、気付いてなかっただろう? あの副官様は女だったんだよ」
「――へ?」
マジで? 全然気づかなかった……。
いや、女性でも帝国では様々な職に就けるけれど、軍人は少ない。
伯母上ぐらい豪胆な女性ならば、それもありだろうが……。
「貴族の息子がいやいや軍務についていたのかと思った……」
「本当に足もとには気を付けるんだよ、将軍閣下」
お前は私の姉か何かかと言う感じな一言を添えてから、彼女は思い出したように付け加えた。
「で、クラー家当主はその座を親族の誰かに明け渡すか、断絶だって」
今回の首謀者はそれで明白となった。
言いたい事を言い終えれば彼女は居室を出て行く。
魔術師である事を隠さなくなったが、メイドの仕事は続けているから忙しいのだ。
陛下が彼女を送ったのは、当初はローデン家の偵知の為かと思っていた。
だが、ガレント殿は陛下より彼女の存在を聞かされていたそうだ。
つまり、ローデンを巡るきな臭さは外部の工作とそれに引っかかった内部の人間であると最初から目星を付けていたのだろう。
カナギシュの野望は一旦潰え、賄賂に転んだ警備隊長グレッグの存在も炙りだされた。
暫し、平和が続くのならばこの任地でのんびりするのも悪くないかと思った矢先、私は東部への任地の異動を命じられた。
ローデンについてから二年と数カ月が過ぎ、成人である十七歳を迎えて割とすぐの事であった。
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