天才カルーザスと調整役ベルシス(青年期中期)

第22話 東部へ

 北西部からまずは帝都に戻り、その足で東部の国境沿いに赴任する事になった。


 北西部の守備隊は殆ど、後任で同じ八大将軍であるゴルゼイ・ダヌア将軍に引き渡すため、彼の到着を待ってからの出立が決まった。


 ガレント殿やローデンの街の人たちは随分と別れを惜しんでくれたが、いずれまた戻るさと、こちらが宥めるような感じになったのは不思議な感じがする。


 グレッグもファリスも当初は目撃例などあったが、西方諸国にでも逃げたか、全く音沙汰もなくなった。


 ゴルゼイ将軍は頭髪の薄い、しかし、厳めしい猛将で帝都ではあまり接点はなかった。


 だが、彼が着任する事の意味は明白だ。


 帝国はカナギシュ族の支配地を狭めていくつもりなのだ。


 不可侵の協定なんてものをお互いが死ぬまで守るなんて考えていない。


 私は時間を稼ぎたくて、カナギシュは物資を欲して応じたまでに過ぎない。


 ゴルゼイ将軍……ダヌア卿を北西部に寄越すと言う事は帝国はカナギシュに対する備えを終えたと言う事だろう。


 伝達で伝えられた任地移動の報告から約一ヶ月後、ダヌア卿が北西部統括駐屯地にやって来る。


 私達は儀礼に則って、ダヌア卿は辞令の書かれた羊皮紙を私に、私は北西部警備隊を指揮していた指揮杖をダヌア卿に手渡す。


 その儀礼の際に、壮年で厳ついダヌア卿が私のいつぞやのローデン警備隊に対するの処遇について一言告げた。


「ロガの若造、あれは聊か甘い。お主が死ぬところだったのだ、今少し重い刑を与えよ」

「そう申されますが、若い私があまり強権を振いましても……」

「……誰も権力を笠に着ろと言うておるわけではない。正すべきを正さぬと兵たちも間違えた道を進む」


 甘くしすぎても駄目な事は分かっているが、あれでは甘いか。


「心得ましてございます」

「……ふん」


 ダヌア卿は鼻を鳴らして踵を返した。


 さて、怒らせたかなと私も儀礼の場を去ろうとすると、ロマンスグレーと言うのか、私のそれよりも見事な灰色の髪の老年の武官が声をかけてきた。


 ダヌア卿のお付きの武官だ。


「閣下、お気を悪くしないでください。ダヌア卿はロガ卿を心配故に忠言いたしました。ただ、不器用ゆえ」

「ギーラン、余計な事を言わんでよい!」


 去りかけていたダヌア卿が少し顔を赤くして語気を強めて言うと、ギーランと呼ばれた老武官は微笑を浮かべて、怒られてしまいましたと屈託もなく告げた。


 ギーラン、その名は聞いたことがあった。


 彼がダヌア卿の懐刀と呼ばれている策士か……。


 私は頭を下げるとギーラン殿も主の後を追うように踵を返した、が直ぐに足を止めてん私を見やる。


「そうそう、ロガ卿の同期と申して良いのか……ベルヌ卿の元で共に勉強していたカルーザス殿は随分とご活躍ですよ」

「おお、それはめでたい! 彼は私を上回る能力があると踏んでおりましたが、やはりそうでしたか!」

「無邪気に喜ばれる。八大将軍の座を脅かされると噂する者もおりますが」

「彼であれば私の代わりを務めるどころか、私の仕事を凌駕するでしょう。もし」

「これはこれは……ロガ卿は、ちと自己評価が低い。確かに今少し強権を振るっても良いかもしれませぬな」


 今度は苦笑を浮かべてギーラン殿は灰色の瞳で私を見据え重々しく告げる。


「ロガ卿も欠けてはなりませぬ。当然我が主たるダヌア卿も。ベルヌ卿、カイエス卿も欠けては困りますな。そうなると、残りは四人……一人くらい欠けてカルーザス殿と」

「ギーラン! 妙な事をロガの若造に吹き込むんじゃない!」


 微かに笑みを浮かべたまま、語り出したギーラン殿の言葉を歌か何かのように聞き入っていた私は、ダヌア卿の怒声に我を取り戻した。


 お、おっかねぇ……。


 人のよさそうな笑みを浮かべながら何を語ろうとした? この爺さんマジでおっかねぇ。


「別に何かを吹き込むつもりでもなかったのですが。八大将軍も老人が多くて」

「お前が言うな、お前が。ロガの若造、こいつの言う事を真に受けるな」


 困った男でなと笑いながらそう言って私に告げるダヌア卿は、やはり器がでかいと思う。


 才能は色々な形で現れるものだ。


 私も臆することなく人を扱う事をしっかり覚えないとなぁ。


※  ※


 ともあれ、この様にして引継ぎは完了した。


 ほとんどの兵士はダヌア卿の元で引き続き北西部の警備を行う。


 だが、ボレダン族からなる一部騎兵部隊とブルーム率いる歩兵部隊、および魔術師一人が私と共に東部に赴くことになった。


 リチャードは軍属ではなく私に仕えているので無論一緒だ。


 来る時とは違い、帝都に戻る道のりはそれなりに大所帯になった。


 おかげで少しばかり日数を消費したが、無事に帝都にたどり着く。


「ここが帝都ホロン……」

「ゼスは初めてだったか」

「ああ……なるほど、確かにまるで違う」


 会話を交わしているのは騎兵隊長のゼスと歩兵隊長ブルームだ。


 ブルームとゼスはベルシス・ロガ個人の親衛隊を気取っているようで、同じ意識を持つ仲間だからか仲が良かった。


「アニスは帝都勤めじゃないのか?」

「東部でも閣下の通信を一手に引き受ける形だよ。一層、困難らしいけれどね」


 何故か相変わらずメイド姿のアニスに声をかけると、肩を竦めて返された。


 東部は魔術師に対する妨害も強いらしい。


 北西部のように常に伝達や投影が可能と思わない方が良いとも釘を刺されている。


 色々と肝に銘じようと思いながら、私とリチャードは部下たちと別れて宮廷に赴いた。


 陛下やその他のお歴々に挨拶するためだ。


 ところが間の悪い事に、陛下は他国の大使と話し合いの最中らしく、少し待つことになったと言われてしまった。


 宮廷も久々だから見て回るからよいと恐縮する警備の兵士に伝えて、私の使っていない執務室に向かっていると……。


「くどいですよ、トルゥド。あなた自身が蒔いた種ではありませんか」

「確かに、確かにその通りでございます。されど、奥方様からも口添えを頂き」

「なりませぬ。陛下の為さるまつりごとに口を出すなどと出来るはずもありません」

「そこをどうにか!」


 なんだ? 身分の高そうな老婦人と貴族っぽいのが話をしている、と言うか、ご婦人が縋られている。


 首を傾ぐとリチャードがこの声は第一夫人のアレクシア様ですなと呟く。


 そりゃ、お前、皇后様ではないか。


 思わず声の方を二度見すると、ちょうど向こうもこちらに視線を向けている所だった。


 おっと、やばい……。


 視線を逸らそうとすると、アレクシア様がリチャードを見やり、それから私を見やって笑みを浮かべた。


「竜人リチャードを連れていると言う事は、貴方がロガ卿ですね。――本当にお若いのに、見事な働きをしておいでで」

「と、とんでもありません。私の仕事がつつがなくこなせているのは、陛下のご威光あってこそ」

「謙遜するものではありませんよ。帰参の挨拶に参ったのですね。確かに陛下は今はナイトランドの大使と会っておりますからね。……そうだ、手持無沙汰であればお茶をご一緒してくださらない?」


 突然の申し出であったが、確かに暇は暇だ。


 少し考えてから、分かりましたと頷くとリチャードが私にだけ聞こえる声でつぶやいた。


「若は時々、非常に豪胆ですな」


 うーん……そうかな?


 皇后様のお誘いを断るわけにもいかないし、トルゥド卿の動向も気になるしねぇ。

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