第23話 茶会の席
第一夫人アレクシア様に誘われて、宮廷の一室についていく。
「私のいない間に、そのような事が」
「ゾスの宮廷に在っても、竜人の存在は稀有。故によく目立っておりました。幾人かの貴族がロガ卿の示す安い賃金で働くならば、うちに来ないかと誘っていたようですが……彼らは忠誠心と言う言葉をご存じないと見えて」
私はその道すがらに皇后様にリチャードと顔見知りだった理由などを問いかけたら、私は北西部に旅立ってから、援軍を呼ぶまでの約一カ月ほどの間に知り合ったらしい。
安い給金で私がリチャードを雇っている事は有名だったみたいで、私がリチャードを置いていった事を幸いと声をかけていたのだそうだ。
「条件は良かったのだろう?」
「されど、若と違って禄の半分を渡すと言う剛毅な方もおりませんので」
剛毅か? 私が提示できるのはそれだけだっただけなんだが。
「そうそう、わたくしが出会った時も、丁度そのような物言いでお断りされていたわね」
「恐縮です」
おお。
リチャードが本当に恐縮したように頭を下げる様子を見るのは久々だ。
そんな会話をしながら、アレクシア様が良くお茶を飲むのに使う一室にたどり着く。
帝都の南側が一望できるその部屋は、東の果ての国カユウの織物や焼き物が置かれており、美術品とは無縁の私にも凄い部屋だと言う事が分かった。
だが、それらはただ高い物を集めたと言うよりは、一つの信念を感じさせる力強さも感じさせた。
「カユウの絹織物は何度か見た事がありますが、これは……力強い色彩ですね。命の強さを感じさるような……」
「まあ、ロガ卿は審美眼も優れていらっしゃる。絹織物にも職人の個性が出ます。それはカユウのある職人の作で、彼は自然の力強さを表現していたと言われていますね」
アレクシア様は嬉しそうにお笑いになられ、織物の説明などしてくれた。
良い物に触れるのは、それこそ悪い事ではない。
美術品の良さと言う奴は、そういう所にあるのだと分かった気がした。
「……所で、トルゥド。そんな所に立っていないで、入ってくれば宜しいのでは?」
「お、奥方様。それでは、失礼いたします」
線の細い、力強さとは無縁そうなトルゥド卿は、私を伺うようにしながらアレクシア様の茶室に入ってきた。
「ロガ卿に言うべきことがあるのではなくて?」
「ロガ閣下……。この度は娘が……いえ、私も含めて大変な無礼を致しました事を、心より謝罪いたします」
「ご息女一人の所為にしていたら、その謝罪はお受けできませんでしたよ、トルゥド卿」
まあ、死にかけた訳だから謝罪はされてしかるべきだとは思う。
思うんだけれど、この人に謝られるのは、何だか罪悪感を感じる。
何と言うか、不幸が良く似合いすぎてて……ねぇ。
そんなこと思うのは大変失礼なんだけどさ。
「誠にご無礼を」
「内部争いは得意ではありません。ですから、その謝罪はお受けいたします。以降はお気になさいませんように」
「宜しいのですか、ロガ卿?」
「今日、出会ったのも何かのご縁ですから」
アレクシア様の問いかけに私は頷きを返した。
折角おいしいお茶が飲めそうなのに、ここで事を荒げても意味はないし、何よりファリスは進んで私を害そうとしていた訳ではなかったように感じているからだ。
もっときちんと会話を交わしていたら、彼女は企みを話してくれていたかもしれない。
怒らせたと思っていた私自身が、実は彼女を追い詰めていたのかもしれないと今ならば思える。
「……ですから、ご息女に出していた捕縛令を取り消しても良いですよ」
「若、それは流石に」
「大きな力で従わされていた者にまで、その非を鳴らす事もあるまい」
「閣下……あ、ありがとう、ありがとうございます……」
「ロガ卿はお優しいですね。ですが、度を過ぎては付け込まれます」
少し困ったような笑みを浮かべられてアレクシア様が仰せになったので、私は肝に銘じますと頭を下げる。
私は甘いのだろうか? いつかこの決断を後悔する日が来るのだろうか?
分からない。
ただ、この親子は共々苦しんだであろうから、もう良いだろうと思うのだ。
真の敵対するべきは、権力を笠に着て悪事を強制させる輩だ。
例えば、レグナルやクラーのように。
クラーは当主は変わったと言うが、クラー家の内部では前の当主が権力を握っている事は想像に難くない。
……お飾りの当主か。
きっと、内心は面白くはないだろうなぁ。
そこを突けば、力を削ぐことは出来るだろう。
問題はレグナルの方だ。
どう対処するべきか……。
どこかで許しを与えないと、報復が延々と繰り返される恐れもある。
或いは、やる時は、一気呵成に、徹底的に、報復など出来ないように。
「何をお考えです、ロガ卿?」
「……つまらない事を少々」
アレクシア様に不意に問いかけられて、ドキリとして私は少しだけ慌てて告げた。
丁度、給仕係がお茶を運んできたところだ。
さわやかな柑橘系の香りが漂ってくれば、なるほど、確かに策謀などと言う物はつまらない事だ。
我ながらあまり間違ったことは言っていない訳だ。
「この香りはシトラーの香草ですか?」
「よくご存じですね、ロガ卿は」
「ロガの地によくありましたので、我が家でお茶と言えばシトラーのハーブティーでした」
ガト大陸の南に生えるこの香草は、繁殖力が強く、人間より長生きすると言われている。
長寿の薬とも言われているが、お茶にした際は蜂蜜を垂らして飲むと美味い。
蒸らしすぎると青臭さがお茶に出てしまうのが難点だが、簡単に手に入り手ごろな価格で買えるので、庶民にも人気のお茶だ。
「シトラーのお茶の味がわたくしの好みなのです。カルバのお茶はすっきりするのですが、どうも薬の様で……」
アレクシア様がシトラーのお茶を飲むの確認してから、私とリチャードも口を付ける。
蒸らし加減も蜂蜜の量も的確で、非常に美味い。
ほっと息を吐き出して、恐縮したっきりのトルゥド卿に私は声をかけた。
「私からあと言うべき事があるとすれば……二度目は止めにして頂きたい、それだけです。ですから、そのように恐縮なさらずに……」
「当事者が良いと言った以上は、陛下も程なく捕縛令を解除されましょう。ロガ卿に感謝するのですよ、トルゥド」
「はっ、はい! ロガ閣下、奥方様、ありがとうございます!」
平身低頭するトルゥド卿に居心地の悪さを覚えながら、ふと気になった事をアレクシア様に問うた。
「トルゥド卿とは、どのようなご縁で?」
「遠い縁戚ですよ。ですからね、ロガ卿。わたくしからもお礼申し上げます」
そう告げながら私に軽く頭を下げたアレクシア様に、お気になさらずと声を掛けながら、内心私はビビっていた。
あ、あぶねぇ……。
ここでトルゥド卿の謝罪を突っぱねてたらどうなっていたんだ? と。
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