第24話 ナイトランドの老人
アレクシア様とお茶を頂く時間も終わり、私はリチャードを伴って陛下の元へと戻る事にした。
帰参の報告だけなので、さほど時間を取る話ではないから、来客の合間にでもと思ったのだが……。
「ナイトランド大使との話し合いはまだ終わらんか」
警備の兵士にどうだと聞いたら、まだ会談中とのこと。
そろそろ終わる頃合いらしいが、どうしたものか。
そんな事を考えていると、ふいに声をかけられた。
「竜人を連れておられると言う事は、ロガ将軍では?」
……私の特徴はリチャードを連れていると言う一点だけなのか……。
まあ、でも、それもそうか。
知らぬ人間からすれば、それしか判別方法は無いのだろう。
それは分かるんだが……なんか、釈然としない。
そんな事を思いながら声の主を見やると、主要な来客の従者や小姓などが待機する待ち合い場の長椅子に座る人物であった。
宮中なのにフードを目深にかぶった小柄な老人。
はてと、ちらりリチャードを見ると少しばかり渋い顔をしている。
……珍しいな、リチャードがこんな表情をするのは。
「確かに私はベルシス・ロガですが……貴方は?」
「ナイトランドの大使の付き添いに来ておりますただの爺ですよ」
ナイトランド……つまりは魔王の配下である魔族か。
東部は色々ときな臭いが、帝国はナイトランドとだけは事を構えないように気を付けている。
竜人の国と戦ったと言う魔族の力を侮るほど、帝国は馬鹿ではない。
魔族が世界に仇なすと言うのであれば話は別だが、彼らは魔力に秀でた一種族に過ぎない。
魔王もまた、魔族の王を表す言葉に過ぎないのだ。
妄想世界では、もっといろいろな意味を持っていた気もするけれど。
――美少女とか、第六天とか付いていた気がするんだが……色々と相反している気がしてならない。
所詮は妄想か。
「ナイトランドのお方がどうなさいました?」
「いえいえ、正直大使の話が長く退屈しておりましたので、宜しければ爺の暇つぶしの相手をしてくれませんかな?」
えっと、随分と不躾だな?
ナイトランドではこれが普通なのか、大使の情報収集の一環なのか。
まあ、こちらも暇を持て余していた所なので良いですよと告げて、待ち合い場に置かれた長椅子に、老人と並ぶように腰を掛ける。
「ロガ将軍は何でも北西部に赴任されていたとか」
「ええ、つい先日まではそうでした」
そこまで分かっていると言う事は、次の任地も当然知られているのだろう。
今更あたふたと隠しても無意味だ。
「北西部の果て、ローデンと言う街はご存じで?」
「無論です。当初はそこの視察が目的でしたから」
「大変面白い宗教があるとお聞きしましたが、将軍から見てどうでしたか、あの地の宗教は」
「確かに一般的な
「……ロガ将軍の赴任中か、その前かは定かではありませんが、復活の道と呼ばれる経路を通った者がいるとか。何かご存じありませんかな?」
……さて。
この爺様は何処まで知っていて声をかけてきたのだろうか。
「はて……。なんぞ騒がしかった時期にそんな話もあったそうですが」
「そうですか……」
やましい事は何もないが、他言無用と言われているし、何より私自身も良く分からない事柄をペラペラ喋るものじゃない。
私の返答に何を思ったか老人は微かにうつむき考え込んだが、さほど時間も置かず陽気に告げた。
「いやいや、変な事をお聞きしましたな」
「何か宗教的なご研究を?」
「そんな所です。ナイトランドでは死霊術は忌避されておりませんので、その関係で……。ああ、無論、この爺が研究しておりますのは正道の死霊術ですぞ。オルキスグルブの如き邪道ではありませなんだ」
正直、死者を無理やり働かせる死霊術に正道、邪道の違いがあるのか良く分からない。
多分、それが顔に出てしまったのだろう。
ナイトランドの老人は、憤然と言葉を強めた。
「この爺はですな、契約とその遂行を誇りにしておりますぞ。死者の未練を聞き、その願いを叶える一方で知識の伝授や兵士、或いは労働者として働いてもらう。労働に対価をきちんと支払っております。されど、オルキスグルブの死霊術師めらは、対価も払わずこき使うだけ死者をこき使う、あれこそまさに邪道の極み――」
「いや、ご老人、申し訳ない! 私が不勉強でした。なるほど、労働に対価を払うのが本来の死霊術であったのですね、私はそれを知りませんでした、申し訳ない!」
言葉がヒートアップしていきそうだったのと、本当に私は知らなかったことで素直に頭を下げて謝罪した。
確かにそういう意味では、老人の言う通りならばオルキスグルブの死霊術師は邪道だ。
あの謎めいた王国に死霊術師がいるとは知らなかったけれど。
何せ異大陸バルアドの帝国領から最も離れた所にある王国だったからな。
風習や宗教も独自だと聞いていたから、死霊術師もその一環で変わっているのか?
「や、これは失礼しました。爺も少しばかり言葉を連ねすぎました。どうも旗色が悪い研究をしておりますと過剰になってしまう」
「ご老人のように、正道を行かれる方は目立ちませんからな。どうしても悪しき道を行く方が目立ちます」
軍人であれ、役人であれ、死霊術師であれそれは変わらないと言う事か。
まあ、悪党が目立つのは当たり前なんだけどね。
「本当に、そうですな……。いやはや、今少し有意義な会話をする筈が、この様な愚痴まがいな話になってしまい申し訳ない」
「いえ、私も一つ賢くなりました。死霊術師であるからと偏見を持たず、せめて邪道か正道かは見極めたいと思います」
私がそういうと、ナイトランドの老人は嬉しそうに頷きを返して、片手を差し出してきた。
「お近づきのしるしに、握手でもいかがでしょう? ロガ将軍」
「私などで宜しければ」
敵意はなさそうなので、素直に握手に応じる。
……随分とごつごつとした手だな。
まじまじと見るのは失礼にあたると思い、じっくり見るような真似はしなかったが、その感触は骨と皮だけと言うよりは骨だけ……。
「おお、大使の会話も終わったようですぞ。ロガ将軍、良き暇つぶしでした」
「え、ええ。お話ありがとうございました」
「……偏見無く教育できたものじゃな、竜人」
「若の個人的な素養がそうだと言うだけだ、魔族」
最後に老人はリチャードに挑むように言い、リチャードは鼻を鳴らして言い返した。
おいおい、数百年前の遺恨をまだ引きずっているのか?
……まあ、おいそれと消えないか。
「時代は変わりましたぞ、ご老人がた。ロガ卿が困っている、若者をあまり困らせないでいただきたい」
響いた第三者の声に、私は驚愕した。
まさか、陛下自ら声をかけてくるとは……。
「……確かに。ゾスの皇帝にそう言われては立つ瀬がないですな」
「これは陛下……。仰せの通りでございますな」
老人二人の声を聴きながら陛下の声がした方に視線を転ずれば、ナイトランド大使と思しき人物とバルハドリア陛下が並んで外交の間から出てきたところだった。
私は片膝をつき、首を垂れると陛下が面を上げよと声を掛けられ、私の顔をその静かな瞳で見つめると。
「……男の顔つきになったな。東部でのそなたの働き、楽しみにしておる」
と言葉をかけてくださった。
「御意にございます、陛下。ご期待に応えられるよう、励みます」
そう返答を返した。
二、三言葉を交わして陛下に別れを告げ、ナイトランドの大使やご老人にも、挨拶の言葉を交わして私はリチャードを引き連れてその場を離れた。
東部の国、カナトス王国の国境沿いに赴任する事になっている私は、思いのほか早く帝都に戻る事になるとは、この時は思ってもいなかった。
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