第25話 三王国の侵攻
東部に国境を接する国は数多あるが、中でも気を付ける国が三つある。
東部の南に位置し、白銀重騎兵と呼ばれる独特の騎兵を擁するカナトス王国。
東部の中央に位置し重装歩兵に力を入れるパーレイジ王国。
そして、東部の北に位置し精強な魔術兵を誇るガザルドレス王国。
この三つの国が、東部におけるきな臭さを増長させている。
私が向かうのはカナトス王国との国境沿い。
東部のきな臭い理由の一つは、この国や気を付けるべき国を含めて、東部の国々が潤いだしているからだ。
兵馬を集める金があり、食料も安定して供給できているので若者も増えてきている。
ならば、農地なり、国の威信なりを求めて戦争を始めると言う寸法である。
小国から切り取っても、リスクが低い代わりにうまみも少なく、ある程度の国力の国ならば、西の大帝国から奪い取ろうと思うようだ。
正直どうかと思うが、戦争はこうして豊かになるか、飢餓に陥るかすると起きやすい。
カナギシュやボレダンも馬に食わせる餌が豊富に手に入ったからこそ、色々と欲目が出てきたのだ、東部の国々にもそれは同じことが言える。
さて、私が国境を守る相手の国、カナトスとはどんな国で、どんな王が治めるのか。
カナトス王国は独特な騎兵、白銀重騎兵を擁する国だ。
この白銀重騎兵は恐ろしく精強な騎兵の集団だ。
カナトス自体はそれほど大きな国ではないから、最盛期でも白銀重騎兵は三千騎がいたのかどうか。
だが、その三千前後の騎兵が恐ろしい。
過去には、数万の軍勢を打ち破っているのだ。
我がゾス帝国の軍勢も何度か痛い目に合わされている。
散開していた筈の騎兵が、急に肩が触れ合うくらいに密集して突破を計って来る独特の戦闘ドクトリンは話を聞くだけで恐ろしい。
散開後に密集と言う機動は厳しい訓練を潜り抜けた猛者以外にはできない芸当だし、その破壊力とか考えたくない。
そもそも、このドクトリンは、当初は魔術兵対策で考えられた戦い方らしい。
密集した状態で攻撃魔術の爆発を放たれてしまえば大ダメージを被るが、散開してから標的の直前で密集することで、散開中に攻撃を受けても被害を抑えられる。
そもそも散開した機動力のある相手に爆発の魔術を使うのは燃費が悪すぎる。
そして直前で密集する事により破壊力を増した突撃で、魔術兵が術を放つ間もなく蹂躙する。
これは弓兵にも言えるが、遠距離攻撃と言う奴は基本的に密集した相手に攻撃を加えるからこそ高い威力を発揮する。
カナトスと言う土地は馬の産地としても有名であるからこそ、この様な戦い方が生まれたのだろう。
そう言う意味で、カナトスの白銀重騎兵は騎馬民族とは違った意味で危険極まりない敵である。
だが、いかにカナトスの騎兵が危険だとは言え、戦争状態にならねばさほど気にせずとも良いのだが……。
今のカナトス国王アメデはどうも軽率に動く人物らしく、注意が必要だと帝国内では言われている。
この場合の軽率な人物とは、僅かでも利があると察すると平気で兵を放ってくる人物の事だ。
例えば、先ほども述べたと思うが今の東部は豊かであり、武器も補給物資も揃えやすく、二、三十年前に比べれば若者も増えている。
そんな状況下で、ゾス帝国の八大将軍の一人が事故死して、成年になて間もない息子が自国との国境沿いに赴任してくるとなれば……?
動くだろう、軽々と。
そこに逆撃を加えて、帝国の力は何も衰えていないことを示さねばならなかった。
ならなかったのだが……着任してから半年は冬季と言う事もあってか大した動きはなかった。
問題は春を迎えようと言う矢先に、別の場所で生じてしまう。
※ ※
東部の北の国、ガザルドレス王国との国境沿いに駐屯していた帝国八大将軍マロイノフ・ペール卿がお亡くなりになられた。
殆ど親交は無かったが、老齢であったので最初は寿命かと思った。
だが、発表された死因は陣中での病死。
きな臭い、多分、暗殺だったのだろう。
それと言うのも、ガザルドレス王国がペール卿の死と前後して国境を侵し始めたと言うのである。
見越していたかのようなあまりにも早すぎる対応。
そして、その動きに呼応するようにカナトス王国、パーレイジ王国がそれぞれ動き出した。
春は戦争の季節等と皮肉られることも多いが、今の状況は正に、だ。
これは、三王国で示しを合わせて行動を開始したと思うべきだ。
どの国を相手取るにしても一苦労だが、よりにもよってカナトスの白銀重騎兵が相手か……。
カナトス国境沿い駐屯軍団に戦闘の準備指示を出しながら、私はいかに戦うかを悩んでいた。
真正面から戦いを挑んでは勝てるかどうかわからない。
勝てたとしても、その損害はひどい物だろう。
兵力差はカナトスを上回るが、数万の軍勢を打ち破った事のある白銀重騎兵相手だと流石に、流石に……。
そんな状況で私の悩みに拍車をかけるのが、駐屯軍団内でも意見が真っ二つな事だ。
「決戦し、即座にカナトスを挫くことにより他方の戦場の助けとする」
「決戦して勝てればよいが、負ければ敵は勢いづく。ここは決戦以外の手を打つべきだ」
双方の意見に理はあるんだが、こうも真っ二つになると経験の浅い私には中々決断が下せない。
だが、戦に関しては即決せねば死ぬ確率が上がると言うのがリチャードの教えであったので、私も腹を括らねばならない。
でも、決戦して辛勝じゃダメなんだよなぁ……。
帝国の力を見せつけるには。
果たして私にそんな指揮が可能であろうか?
……無理だな。
軍事的栄光を求めて自滅するのは趣味じゃない。
私はカナトスの白銀重騎兵と戦った事すらない。
いや、軍団内でも余程のベテラン以外は戦った事が無い筈だ。
知らない敵と戦うと言うのは怖い物だ……。
先の戦いでは一気呵成に司令部を急襲し、指揮系統を無力化したと言う。
彼等の戦闘ドクトリンの完成度の高さに……。
指揮系統の無力化?
――思いついた。
でも、それは賭けだ。
負ければ普通に負けるより性質が悪い負け方だ。
それに、相手が私をどう見るかにかかっている……が、カナトス王アデンは軽々に動く人物……。
成功する確率は高い気がする。
私が指揮して真っ向から白銀重騎兵を打ち破るよりも。
少し煮詰めてから、兵に周知せねばならない。
彼等にとっても下手すれば不名誉な事になりかねないからだ。
何、私の策は簡単だ。
敵に敗走して見せるだけのこと。
タイミングと逃げ場所、それにそこに対する備えと補給路の把握さえきっちりできれば。
って……それが簡単に出来れば誰も苦労はしない!
農村に損害を出さずに事を進めないといけないし、やっぱり止めようかなぁ……。
だが、若輩の将軍が重騎兵の突撃に驚き慌てて逃げると言う筋立ては悪くないと思う。
絶対にカナトス側は驕りが生まれると思うのだ。
ベルシス・ロガは大したことのない小僧だと。
その小僧が敗走しながらももたついていれば、絶対に首を挙げるか人質にするべく急行するはずだ。
その際に兵を分断して包囲してしまえば……散開するほどのスペースを与えなければ……。
上手く行くか? タイミングも、場所も、少しの間、寡兵で持ちこたえるための備えも、補給路を脅かして長期戦は不味いと思わせ、判断を誤らせるための補給妨害も、全てが上手く行ってこその策だ。
決戦に至る前にから補給路を脅かし、決戦に至っては被害を最小限に抑えながら機を見て敗走、そして騎馬が追い付くかどうかという距離を保ちながら、隘路に誘い込み、包囲戦を仕掛ける……。
必ず綻びは出ると思うが……こいつで行くか、迷う時間は然程ない。
問題が起きたら、それは次善の策で対応するしかないのだと、半分自棄気味に私は覚悟を決めた。
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