第26話 策、不発

 私はカナトスの古い地図を入手する幸運に恵まれ(無論、間者を送っての事だが)カナトスの補給経路を割り出していた。


 おかげで前段階の補給路の妨害は成功していた。


 あるいはそれが良くなかったかもしれない。


 国境警備軍団の駐屯地であるバーレス城砦を出て、カナトス軍に会戦を挑んだ。


 そして、結論から言えば、戦いと呼ぶには一方的な全面敗走に至ってた。


 軽々と兵を動かす軽率な人物と評されているカナトス王アメデは、兵を簡単に動かす分、戦慣れしている。


 カナトス自体、帝国との戦いは久々でも、兵士は戦慣れしている。


 いかに東部が危険とは言え、ゾス帝国が表立って侵攻されるなど久方ぶりの事。


 東部の駐屯軍団もそこまで戦慣れはしていなかった。


 そして私も、カナギシュ族との睨み合いに終始して、多くの戦闘経験を積んでいたわけではない。


 経験に差がある私達が、機を見て負けた振りをする? 下手に動けばまず簡単に見破られてしまうと言うのに。


 今にして思えば、私は策に窮していた。


 だから無謀と思える考えを実行してしまったのだ。


 機と言う奴は経験か天性の感覚でもない限りは、早々に分かる物ではないと言うのに。


「カナトス白銀重騎兵きます!」


 カナトスの重騎兵の突撃の破壊力は凄まじい。


 帝国軍はかつて辛酸をなめたその破壊力をまざまざと思い知らされている。


 今も正に歩兵の戦列が食い破られる所だった。


 私は戦列を立て直そうと歩兵陣で指揮を執っていたが、持ち堪えられそうになかった。


「撤退せよ! 今はともかく城砦に逃げ込むんだ! 散開して逃げろ!」


 カナギシュ族の敗走の仕方を思い出し、叫びながらも私自身は少数の兵を従えて殿を務める。


 私にできる事は、精々が敵の攻撃の気を逸らす事だけだったが、やらないだけマシだ。


 私と言う明確な武勲と、散開して逃げる兵士たちにどう対処するかカナトス側にも迷いが出たようで、どうにか兵士たちはバーレス城砦に逃げ込めた。


 それは良いのだが、敵は標的を私に定めて追ってくる。


「逃げ足ばかり速い帝国軍め!」


 背後でカナトス騎兵の野次が飛ぶが、気にしていられるか。


 捕まるわけにはいかないからな!


「将軍、この先には予定していた隘路があるが」

「バーレス城砦から離れて逃げたら、運よく辿り着いたか……」

「運が良いのか分かりませんが」


 だよなぁ。


 距離はじりじりとこちらが引き離している。


 いかに名馬の産地とは言え、いかにその破壊力が高いとはいえ、重装の兵士を乗せた馬が、それよりは軽い兵士を乗せた馬より早いと言う事はあまりない。


 こちらの軍馬とて、相応の馬を揃えているのだから。


 ついでにいえば、私が今、指揮しているのはボレダン騎兵が大半だ。


 騎馬民族の馬の扱いは、決してカナトスに劣るものではない。


「あんな馬の使い方があるとはね、世界ってのは広い」

「連中、弓を使えないのが幸いですな」


 そんな言葉が聞こえてくる。


 そう、その位喋る余裕が出てきた。

 

 純粋な速度比べならば、我らに利がある。


「手筈通り、隘路に逃げ込む」

「手筈通り?」

「いや、まあ、完全な敗走だけれども!」


 数年共に任務を務めた者達だ、こんな時は茶々の一つもいれてくる。


「カナトスを舐めていた……私の責任だ」

「馬の扱いには俺たちも自信があったんですがね、流石に連中のような戦い方は思いつかない」

「族長に率いられて個別の武勇を発揮するのが俺たち騎馬民族ですからな」


 ゼスや他のボレダン族に慰めめいた言葉を投げかけられた。


 本当に慰められるべきは、白銀重騎兵の矢面に立った歩兵たちなんだろうが……。


 何人死んだのだろうか、私の思い付き、油断で多くの兵士を死なせたのかもしれないと思うと、私が死にたくなってくる。


 戦は怖い。


 私が死ぬことも怖いが、私が死なせる事の方がもっと怖い。


 カナギシュに逆襲した時の様な高揚もないままに、戦に参加するとそんな事を考えてしまう。


 将軍、向いてなかったんだろうか……。


 だが、弱気を見せる訳にはいかない。


 笑え、ベルシス。


 逆境でこそ笑わねば、兵まで弱気になる。


「参った、参った! だが、私たちが戦場と定めていた隘路にたどりつけると言う事は、天の采配! まだまだこれからだ!」


 そう笑って見せたが、リチャードが傍にいてくれたらなぁ。


 でも、あいつ、ガタイが良いから馬が辛そうでね……。


 リチャードのいるバーレス城砦は何とかなると思う。


 万が一、歩兵や弓兵に包囲されていたとしても、魔術兵がそこに加わっていたとしても。


 城塞の方こそ長年の備えがあるし、多くの兵力が集まっている。


 魔術兵もアニスを筆頭に待機しているから。


 問題はこの隘路で戦う私達だ。


 隘路ならば騎兵の威力は死ぬが、単純に数千対数百の戦いを強いられるのだ。


 まあ、隘路だし下準備で要害化してあるから、マシだと思うんだが……。


 援軍の当てがないからなぁ……。


 ともあれ、私たちは要害化した隘路に逃げ込んで、交戦の構えを取った。


※  ※

 

 隘路に逃げ込んでから数日が経つ。


 食料は備蓄してある。


 物資もまだまだ余裕はある。


 だが、疲労の蓄積だけはどうしようもない。


 敵はいっぺんに攻めて来られない分、休息を取りながら攻めてくることが出来るが、数に劣るこちらはそうはいかない。


 ボレダン騎兵は馬を降りて、弓でカナトス騎兵を射るが、その分厚い胸甲を貫くことは難しい。


 ましてや、ほとんど寝る時間もない今となっては。


「くそっ、連中……休みなく攻めやがって」


 毒づく声が聞こえるが、全くその通りだ。


 私も弓を引き矢を射かけながら、内心大きく頷いていた。


 何せ機動力を用いられて、隘路の前後から攻められているのだからこちらは休む暇さえない。


 柵を設け、兵力を総動員して抑えているが、先は全く見えない。


 本来ならば補給路を断ち、カナトス騎兵を包囲殲滅する作戦だったが、今では自分たちの死期をいたずらに引き延ばしているだけのように感じる。


 カナトスはバーレス城砦の包囲戦と並行して、孤立した私を討つ策に切り替えたのだろう。


 騎兵は攻城戦ではあまり役に立たないが、こうして馬を降りて少数を攻めるには立派な戦力だ。


 高地を取られていようとも、狭く攻めにくい地形であろうとも、私を討てばこの地方の戦いに勝ったも同じこと。


 だから絶え間なく攻めてくるのだ。


 一方のこちらは敵を退け続けながらも、何処に勝ちの道筋があるのか分からない。


 戦っても無駄ではないのかと言う徒労にも似た心境に陥る。


 もう何も考えず寝てしまいたい。


 眠たい目を瞬かせながら周囲を見やると、眠りかけた同僚を蹴飛ばして叱咤するゼスの姿が見えた。


 まだ、やる気か……。


 まあ、そうだな、寝たら死ぬしなぁ。


 何度か深呼吸を繰り返して、矢を射かけようと立て掛けてある柵から身を乗り出した所で気付く。


 カナトス騎兵の胸甲が煌めきを放つその向こうに、土煙が上がっているのが。


 よく見れば後方のカナトス騎兵たちが慌てているようにも見えた。


 まさか、援軍?


 バーレス城砦は包囲を解かれたのか?


 だが、方角が違う……?


 回らない頭で色々と考えを巡らせるが、敵か味方かすら私には良く分からなかった。


「事態が動く」


 それだけは分かったが……。


 ともあれ、私は弓を引いて矢を射かける。


 希望もわかない、絶望もない、ただ眠い。


 その眠気を吹き飛ばしたのは、土煙を上げる一団が掲げる旗を見た時だ。


 ゾス帝国の軍旗と共に掲げられたその旗こそ、最近功績を上げているカルーザス率いる深緑騎兵部隊の隊旗であった。

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