第27話 カルーザス

 まさかの援軍である。


 まさに青天の霹靂と言う奴だと、回らない頭でも驚く私の眼前で、カナトス騎兵が討たれていく。


 いかにカナトス白銀重騎兵が精強とは言え、馬を降りていた騎兵と、馬に乗って攻めてくる騎兵では勝負にならない。


 カナトス騎兵の重装がここでは逆に足かせとなる。


 徒歩で攻めていた以上は馬を矢の届かぬ位置に置いて置かねばならず、カナトス騎兵は馬まで急ぎ戻らねばその自慢の破壊力を発揮できない。


 矢を跳ね返す胸甲の重さが、ここでは致命的となった。


 要害に籠った私たちはカナトス騎兵に挟まれていたが、今度はカナトス騎兵の一部が私たちとカルーザスの部隊に挟まれる形になった。


 戦の基本は各個撃破。

 

 カルーザスの部隊は見事な統制で的確にカナトス騎兵を討っていく一方で、カナトスの馬を解放していく。


 馬と言う足を奪われた騎兵は、徒歩の戦いに慣れていない分、歩兵に劣る。


 なにより馬を奪われると言う事は、騎兵にとっては精神的に凄まじい打撃を受ける物の様だ。


 戦意を失うカナトス騎兵を見やりながら、眠い頭で私は思う。


 そうか……戦場で戦う前に幾らでもやり様はあったのか……、と。


 私は考えが足りていなかった。


 自身の劣勢を認め、いかに戦わずに勝つかを考えなくてはいけなかった。


 カルーザスが来なければ、私はここで敗死していただろう。


 何と無様な事か……ああ、カルーザスに大きな貸しを作ってしまった。


 そんな私の感情とは余所に、周囲の兵士たちはカルーザス率いる部隊の活躍に沸きあがっていた。


※  ※


 カルーザス率いる深緑騎兵部隊の活躍により、カナトス白銀重騎兵は撤退を余儀なくされた。


 カナトス王アメデは騎兵を率いていたので、彼自身も撤退せざる得なかった。


 王が撤退したのだから、バーレス城砦を包囲していたカナトス軍も兵を退くはずだが、カルーザスはそんな暇を与えなかった。


 今度はバーレス城砦を包囲するカナトス軍の司令部に背後から突撃を仕掛けたのだ。


 混乱したカナトスの包囲軍の様子に気付いたバーレス城砦側も、反撃に転ずればカナトスの包囲軍も這う這うの体で逃げだした。


 カルーザスの恐ろしく決断的な戦術が功を奏したのだ。


 私には決して真似ができない戦い方であり、兵の動かし方だった。


 カナトスのと戦いはカルーザスが援軍に着たその日に終わってしまった。


 私が友と呼ぶあの男は、まさに天才なのだとつくづく感じた私は、彼が八大将軍になるべきだと言う思いを強くした。


 一人欠員が出た事だし……そこまで考えて、流石に故人に失礼かと思い頭を軽く左右に振っていると、戦装束のままカルーザスが馬を寄せてくる。


「ベルシス、苦労したようだな」

「カルーザス……助かったよ、ありがとう。でも、どうしてここに?」

「開戦の報告を帝都で聞いて、急ぎ部隊を動かした」


 ええと、それはつまり、カルーザスは私が負けると考えたのか?


「カナトス王アメデとベルシス、君とでは経験に差がある。それにゾス帝国はカナトスとの戦い自体が久々だ。白銀重騎兵を甘く見るかもしれないと踏んだ」


 私の視線に何を感じたのか、カルーザスは淀みなくそう言葉を続ける。


 甘く見て会戦を挑み、敗北するところまで見透かされていたわけか。


 馬鹿にするなと思う気持ちすら湧かない。


 私自身が自身の敗北をそう捉えていたから当然だとしか思えなかった。


「……君の言う通りだ、カルーザス。私はカナトスを甘く見ていた。補給経路を抑えて、バーレス城砦でカナトス軍を釘付けにするだけでも良かったと言うのに……功名心にはやってしまったようだ」

「隘路に手を加えて要害として立て籠ったのは良かった。そうでなければ間に合わなかった」


 そう告げるカルーザスの声は幾分沈んでいた。


「気になる事でも?」


 その沈んだ声が気になる問いかけるとカルーザスは少し迷ってから言葉にした。


「多分、ガザルドレス、パーレイジには負けるだろう」

「馬鹿な……。パーレイジとの国境付近を預かるのは私より経験豊富なカールツァス卿ではないか」

「故にだ。パーレイジの歩兵運用に大きな変化がみられると言う。嘗ての運用の仕方を覚えている方がかえって危険だ。それにペール卿の代わりにガザルドレス方面へ向かった新たな指揮官が問題なんだ」

「……ベルヌ卿かカイネス卿ではないのか?」

「君は知っているか、コンハーラと言う人物を」


 その名前に心当たりはなかった。


 いや、待て、記憶のどこかに引っかかっている。


 何処だ? どんな場面で聞いた名だ?


「コンハーラ・レグナル。あのレグナル卿の息子だ」


 カルーザスの言葉に私は何処でその名を聞いたか思い出した。


 レグナルと初めて会った時、奴隷売買に手を染めようとして失敗した奴が私に意趣返しをしようとした時の事じゃないか。


「確か、ロスカーン殿下のご友人とか……」

「そうだ。殿下の遊び相手だけでは飽き足らず軍務にも顔を突っ込んできた」


 カルーザスの語る言葉には嫌悪が混じっている。


 この男にしては珍しい。


「思う所が?」

「ないでもない」

「――だから私を最初に助けたのか?」

「そういう訳でもない。カールツァス卿もコンハーラも私の手助けを断るだろうからな。ベルヌ卿に無断で部隊を動かした以上は戦果をあげねばならん」

「今さりげなくとんでもない事を言ったな……無断で動いたのか?! 大丈夫か?」


 助けてもらった身の上だ。


 弁護ならいくらでもするぜと言うと、カルーザスは少しだけ可笑しそうに笑った。


「君はまず、ベルヌ卿より此度の戦の反省を促されるのではないかな」


 そう言われては返す言葉もない。


 言葉に詰まった私を見やり、カルーザスは可笑しそうに笑いながらさらに続ける。


「だが、そうだな……。カールツァス卿に連絡を付けてはもらえないか? 卿が歩兵戦術の変遷を感じ取っているのならば良し、駄目ならば手助けに向かわねばならない」

「一応聞くが、わが軍団からも兵員を割くか?」

「いや、君の軍団はこの地の守りに尽くしてくれ」

「分かった。ともかく、魔術兵に頼んでカールツァス卿に連絡してみる」


 そう言うと、カルーザスは頼んだと頭を下げた。


 腰の低い男だ。


 結局、カルーザスは数日と滞在せずにパーレイジ方面へと部隊を進ませることになった。


 カールツァス卿はパーレイジは相変わらず重装歩兵を頼みとした戦術だと言ってこちらの話を聞かなかったからだ。


 私は、カルーザスの身を案じていたが、それが杞憂だったことが直ぐに証明される。


 カルーザスは、東部の戦線を北上し、パーレイジ、そしてガザルドレスとの戦いの勝利に多大な貢献をしたのだから。


 彼の声望は否応に高まったが、それが新たな火種となってしまった。


 カルーザスを排除しようとする一派が蠢きだしたのだ。


 ……私の命を助けられたばかりか、多くの将兵の命を救ってくれたカルーザスの為に、今度は私が成すべきことを成さねばならない。


 彼は帝国軍の宝なのだ。

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