第28話 士は士を知る

 私と言う人間は、用兵に置いてはカルーザスに及ばない事が明白だ。


 だからだろうか、ある時、三国の侵攻を退けたカルーザスに対して思う所があるのだろうと周囲に見られている事が分かった。


 部下の中にもそう考えている輩がいるらしく、そんな噂がちらほらと耳に入りだしたのだ。


 先日は、魔術師のアニスにまで本当の所はどうなんだいと問われた。


 私がカルーザスに思う事は一つだ。


 あいつが味方で良かった、と言う一点に尽きる。


 それにカルーザスは命の恩人である。


 だから、私の功績を横取りしたとは思わないし、彼が栄誉を授かるのは当然だと思う。


 カナトス王アメデは、今の私がかなう相手では無かった。


 その相手と戦い生き残れたのは、一も二も無くカルーザスのおかげだ。


 だと言うのに、私がカルーザスの存在を闇雲に恐れていると言うような風聞ははっきり言えば迷惑この上ない。


 どうした物かと頭を悩ませていると、帝都よりお呼び出しがかかった。


 ……先の戦では反省すべき点が山の様にある。


 将軍降格だって起こり得る事だと盛大な溜息をついた。


 今回の損害はカナトスとの国境を守る駐屯軍の二割弱が死傷している。


 その補充の兵と新たな将が来るまで待機したのちに、帝都に戻れ都のお達しを諾々と従う事にした。


 その一方でカナトス軍の補給経路から敵の食糧、飼葉等の輸送ルートを再度洗い出し、代わりの将に活かしてもらおうとその精度を高めておいた。


 そして、短い期間ではあったが争いが起きた為に破壊されたインフラの修繕などに力を尽くした。


 その他にも輜重隊が用いる荷車の車輪の軸を見直したり、ズレが無いか点検させたりして過ごしていると補充の兵と代わりの将が来る日を迎えるのはあっと言う間だった。


 代わりの将はカルーザスであったが、驚いた事に役職はあくまでベルヌ卿の補佐であった。


 私はその事が納得できずにいたが、ともあれ引継ぎは無事に終わらせて、彼に問う。


「一軍を指揮できるのは良いが、何故八大将軍ではないのだ?」

「ちょっとやそっとの功績じゃ、その座には付けんよ」

「私はてっきり私と入れ替わるのかと思ったのだが……いや、そうでなくてはおかしいだろう?」

「人には、生まれと言う物がある」

「待て待て、私よりも君が采配を取るのが何よりも上策だ。……陛下に掛け合ってみる」

「やめろ、ベルシス。俺は今のままで良い」

「駄目だ、信賞必罰は武門の寄って立つ所だ。私はそれを蔑にはできない。私は降格し、君は昇格してしかるべきだ」


 私の言葉は思いがけなかったのか、その場にいた隊長クラスの兵士達は皆驚いていた。


 カルーザスの連れてきた者達も同様に。


 だが、私は彼らが何を驚いているのか、皆目わからない。


 組織は、正しく運用せねば淀み腐る。


 栄えあるゾス帝国の一員としてそんな事は避けねばならない。


「だがな、ベルシス。お前が降格となると他にも処罰されねばならない方が……」

「仕方あるまい、共に処罰を受けて貰おう」


 私の返答を聞いてカルーザスは絶句していたが、リチャードは部屋の隅でくすくす笑っていた。


 良く見れば、ゼスやブルームも肩を微かに震わせていたので笑いをこらえているのだろう。


 失礼な奴らだ。


「そうは、言うがな」

「ともかく、陛下に掛け合ってみる」


 その様な会話を交わして、私たちは別れた。


 帝都にお呼び出しがかかっているのは事実だからな。


※  ※


「すると、そなたは自身の罪は降格を持ってあがなうと?」

「その通りでございます、陛下。私は自身と敵の力量を読み違え、無謀な策を行いいたずらに兵を損ないました。勝負は水物みずものと申せども、この罪は」

「待ちたまえ、ロガ卿。罪の有り無しを決めるのは陛下である」

「はっ、出過ぎた発言をいたしました」


 帝都にて、陛下にお目通りして開口一番に私は降格を申し出た。


 陛下は考え込む様子を示された後に、傍らのベルヌ卿を見やると、ベルヌ卿は大きく嘆息した。


「確かにロガ卿の戦いは無謀と言えましょうが、されども、戦とは言ってしまえば全てが無謀。此度のカルーザスとて独断専行を行っておりますことを鑑みれば……」

「さりとてロガ卿は降格を申し出ておる。また、カルーザスに座を明け渡したいとも……」


 ふと、私は違和感を覚える。


 陛下は通常、家臣の名を呼ぶ時はその姓を呼ぶ。


 だが、カルーザスに対してのみその名を呼ぶのは何故だ?


 彼には姓が無いのか?


 生まれがどうこうと口にはしていたが……。


「……カルーザスを将軍の座に昇格させるのは、他の者達が黙っていないでしょう」

「彼は才豊かな貴重な人材です」

「それは分っておる」


 ベルヌ卿が何を渋っているのか、私には分らなかった。


 むっとしてカルーザスの才能を主張しようとしたが、分っていると言われては次に何と言えば良いのか……。


「誰かの副将にとは考えておりましたが……」

「ベルヌ卿、カルーザスの才能をお認めになられているのに、何故に将軍へと推挙なさらぬのですか?」

「ロガ卿、君のおおらかさは尊敬に値するがこの場合はおおらかすぎる。カルーザスは謀反人の一族だ」

「恐れながら、親の罪が子に及ぶ連座制は我が国には」

「それも承知しておる」


 うーん、にべもないなぁ。


 親族がどうであれ、カルーザスは帝国に忠誠を尽くしているのだから、その忠誠は報われるべきだ。


「のう、ロガ卿。そなたから見てカルーザスは如何なる人物だ?」


 私とベルヌ卿のやり取りを見ておられた陛下が不意に問いかけを発せられた。


「人との付き合いは不器用ですが、その用兵は他の追随を許さぬ一流の将帥の物です。取っつきにくい所もありますが、根は良い奴です」

「仲が良いのだな」

「ベルヌ卿の元で共に学んだ仲ですから」

「……アレの母親は謀反騒ぎに巻き込まれて死んだ。余の力不足だ。余の力を持ってしても、後宮と言う魔境にまではその手が及ばなんだ」


 ……ん? 後宮?


 すると……まさか……。


「感づいた顔をしておるな、そうだ、カルーザスは余の息子。十六年前に謀反人の娘と責められ自害して果てた第三夫人エステリナの忘れ形見」

「……なんと。だから、彼は咎がどうとか口にしていたのですか……」

「後宮は余の妻達をもってしても抑えが利かぬ魔境。エステリナの死をアレクシアも嘆いておった。連座などと言う古い制度は若き日の余が廃止したと言うのにな」


 ……第一夫人のアレクシア様が遠い縁戚のトゥルド卿を見捨てられなかった理由の一端が、そこにある。


 あの方は他国の連座制により一族の殆どを亡くされたのだから。


 陛下がゾスにはその様な制度はないと仰せにならねば、もしかしたらご自身も若いうちに亡くなられていたかも知れない。


「皇后さまのお力も及ばないのですか?」

「後宮の官女たちは多くは貴族の娘たち。皇帝に見初められれば、その家は外戚として権力を持つ……。後宮などと言う物を何度無くそうと計ったか……。そのたびに失敗を繰り返して、あそこをどうにかするのを半ばあきらめた。余が不甲斐ないばかりに妻たちも苦労しておる」


 ……後宮、やべぇ……。


 でも、まさか……カルーザスの昇格を阻む者の一つとは……後宮の勢力?


「後宮のみならず貴族の一部も確実に反発する。そうなると帝国の政治に停滞を巻き起こしかねんのだ。これが私が陛下にカルーザスを推挙できずにおる理由だ」


 ……なるほど。


「しかしながら、国の行く末を思えばカルーザスは得難き人材。ならば、私が彼らを説得して回りましょうか?」

「何か、手立てが?」

「後宮については自信がありませんが、各家の勢力争いが大元と言う事であれば、打つ手はあるのではないかと」

「……ロガ卿、そなた火中の栗を敢えて拾うか?」

「私はカルーザスに命を助けて頂いたのです。その恩の仇で返すわけにはまいりません」


 ベルヌ卿は難しい顔で私を睨んでいたが、大きく嘆息をこぼせば陛下に向けて言った。


「ロガ卿は頑固者ゆえ一度言いだすと聞きません、やらせてみるより他はないかと……」

「分かった。ロガ卿、決して無理をするなよ? 貴族の勢力争いと言う奴は伏魔殿だぞ」

「その一端は既に味わっておりますので……」


 そう言うと陛下はそうであったなと微かに、お笑いになられた。

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